GIFT
西順
GIFT
『GIFT』と言うエナジードリンクを知っているだろうか? 界隈でちょっと話題になっているエナドリだ。その謳い文句は、
『このGIFTが、最高のあなたへ導きます』
と言うものだ。
俺も何度か試してみた事があるが、別に最高になんてなれなかった。界隈の噂では海外のGIFTは効くらしい。と言うので俺はそれを飲む事に決めた。
海外と国内で販売しているエナドリでは、内容物に違いがある。国内のエナドリは清涼飲料水だが、海外のエナドリは栄養ドリンク(医薬部外品)に相当するので、そのまま輸入するのも難しいのだ。
まあ、俺は飲むんだけど。俺が良く通う輸入食品販売店でGIFTが売っていたのだ。最近増えたよね、外国人が個人でやっている輸入食品販売店。普通にGIFTが売っていてドキドキしながら買ってみた。
飲んだ感想? なんだあの味? 小便みたいな味で、一度目は口に含んだ瞬間吹き出してしまった。だがまあ慣れたよ。美味いとは言い難いけど、その効能を実感すれば手放せなくなるものだ。
俺は漫画家をしている。最近の漫画家と言うのは孤独な職業だ。SNSにアップして、それに目を止めた編集からDMが届いて、二度三度DMでやり取りしたと思ったら、直接会ってその場で契約が進められるのだ。怖かったよ。ドキドキしたよ。
そんなこんなで始まった漫画家生活だが、アシスタントを雇えるなんて言うのは一握りで、だいたいの漫画家は人物も背景も一人で描いている。何せ金欠だからな。出版社や編集部にしても、現代の漫画家なんて掃いて捨てる程いるので、安く買い叩いて潰れるまで使い捨てるのが当たり前になってきているのだ。
それでも俺には己の承認欲求を満たせる方法がこれしかなかったので、俺はこの座にへばり付いて仕事をしている。
一度目は十回で打ち切りになった。流行りに乗った異世界チートものを、原作者付きで描いていたのだが、原作がつまらな過ぎてあっという間に打ち切りだ。
二度目は半年で打ち切りになった。これも原作者付きだったのだが、原作者が街中で少女に抱きついたとかで、強制わいせつ罪でしょっぴかれたのだ。漫画は好評で、これからもっと面白くなっていく。と言うところでの事件だった。俺は原作者に恵まれていない。
そんな訳で編集に自分の漫画で連載したいと言ったら、「君の漫画、つまらないんだよね」と鼻で笑われてしまった。
確かに絵を描く才能と、物語を紡ぐ才能は違う。もっと細かく分けるなら、イラストレーターと漫画家でも才能が違うのだ。美麗なイラストが描けるからって、面白くて躍動感のある漫画が描ける訳じゃない。
さて、GIFTの話に戻ろう。海外のGIFTを飲み始めてから、俺に対する周囲の評価はうなぎ登りとなっていった。俺の漫画をつまらないと一蹴していた編集でさえ、頭を下げて俺に漫画を描いて欲しいと懇願してきた。
俺は現在三本の漫画を並行して連載している。それもこれもGIFTのお陰だ。GIFTを飲むと頭がスッキリシャッキリして、アイデアがドンドン湧いてくるのだ。そしてそれをイメージした通りに漫画に落とし込む事が可能だ。
素晴らしい。正しく謳い文句に偽り無しだ。
しかも国内で売られているエナドリよりもカフェインの量が多いから、全然眠気を感じず、俺は二十四時間椅子に座って漫画を描いていられる。栄養ドリンクだからか、同じ姿勢でずっと漫画を描き続けた後でも、身体に疲れが残らない。なんて素晴らしいエナドリなんだ。
なんてGIFTを毎日のように飲みまくっていたら、うっかりミスでGIFTを切らしてしまった。冷蔵庫の中身はスッカラカンである。仕方ない。と一ヶ月振りに外に出た。
なんでか俺が歩いているだけで街行く人々が俺の方を見る。漫画家なんて顔の売れる商売じゃない。俺のいったい何がそんなに目を引くのだろうか。だが今はそれどころではない。あの輸入食品販売店へ行かなければ。
「君、大丈夫かい?」
すると警察官に声を掛けられたではないか。
「だ、大丈夫って? 俺はあそこの輸入食品販売店に用があるだけで……」
俺は大勢がそうであるように警官に動揺しながら、動揺を隠すように輸入食品販売店を指差した。
「あそこの? あそこの輸入食品販売店は、禁制品の輸入が発覚して、閉店になったよ」
何だって? じゃあ俺は、次からどこでGIFTを入手すれば良いんだよ!
「それより君、大丈夫かい? ちゃんと食事を摂っているのかい?」
食事? 何を言っているんだこの警官。そんなもの……そんな……もの……。あれ? 前に食事を食べたのはいつだっただろうか? 思い出したのは一ヶ月前に編集に連れられて行った焼肉屋だ。その後俺はあの輸入食品販売店でGIFTを爆買いして、その後……その後? 食べていない?
俺は自分の腕を見た。何だこの枯れ枝のような細い腕は。身体を触る。脚を触る。どれもこれも痩せ細くなっていた。我ながら生きているのが不思議だ。そう感じた瞬間、俺は気絶した。
目を覚ますとそこは病院のベッドで、俺は点滴を刺されていた。なんて事だ。俺は売れっ子漫画家だぞ。こんな場所に居て良い人間じゃないんだ。それなのに、それなのに……、あんなにも湯水の如く湧いていたアイデアが、まるで頭に霧が掛かったかのように何も思い付かない。起き上がろうにも身体に力が入らず、やっとの思いで上半身を起こすも、枝のように細い腕はぷるぷる震えている。これでは漫画なんて描けっこない。
ああ、短い栄光だった。
俺はもう一度ベッドに伏せり、涙が流れるのに任せるのだった。
GIFT 西順 @nisijun624
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