4-1 天使と悪魔

 午前十一時十五分、カンナは付箋メモに書かれた通り、公園に向かっていた。公園の入り口に差し掛かり、一度公園内に入る前に立ち止まった。深呼吸を二、三度行ってから歩き出した。



 公園のベンチに目をやると、カラスと黒猫がカンナを見つめて座っていた。カンナは二匹を見つめながら近づき、声をかける。



「久しぶり。元気してた?」

 二匹はカンナの声を聞いても身動き一つ取らない。


「怒っているの?」

 いつものような相槌がなくカンナは困惑していた。


「隣に座っても良いかな?」

 カンナはバックパックを下ろしてベンチの側に置き、腰掛けた。二匹を見ることもなく、天を仰ぎ、しばらく空を見つめた。



「親友の、夏目リサって女の子が殺された。河川敷で血まみれになって倒れていた。刃物で斬られたみたいで、間に合わなくて助けられなかった。死に際、夏目さんが俺に言ったんだ、『鏡の悪魔はいる、壊せるのはカンナだけだ』って。よく分からない、何もかも。先生は何も教えてくれなくて、今日、午前中にこの公園に行けってメッセージがあった。だから来たんだ。君らに会いに」



 カラスと黒猫に目線を移し、カンナは二匹の様子を伺った。すると、黒猫がすくと立ち上がった。



「ついに始まったか」



「え? 今なんて?」



「カンナ、夏目リサは、鏡の悪魔に殺されたんや」



 黒猫が突然言葉を発した。カンナは目を丸くし、ベンチから立ち上がり距離を取った。



「やからな、鏡の悪魔や。夏目リサは鏡の悪魔が作り出した呪いの鏡、ミラーマスクに呪われて殺されたんや」



 カラスが羽を広げ、ベンチの背もたれに飛び乗る。



「おい、急に話し始めすぎだって。自己紹介しないとだろ? カンナは今、俺たちが話していることに驚いちまって話が入ってこない状態だぞ?」


「あぁ、すまんすまん」


 カラスと黒猫が人間の言葉をスムーズに交わしている状況に驚愕したせいか、何について話しているのかカンナには理解できなかった。


「何で、何で話せるんだよ。もしかして元は人間で、動物に化けてたりしてない?」

「そんなわけあるか! 僕はな、人間なんかやない。悪魔のネビロスや」


 黒猫はカンナに向かって叫んだ。関西弁を話す少々短気な悪魔なようだ。


「カンナ、俺はラグエル。今はこんなカラスだけど、天からの使いだ」

「……分かった、ちょっと落ち着くよ」


 カンナは深呼吸して、ネビロスとラグエルを交互に見つめた。


「事実は小説よりも奇なりって、このことか……」

 カンナは両手を腰に当てた。


「ネビロス、ラグエル。驚きすぎて何を言っていたか分かんなかった。もう一度いいかな?」

 カンナはベンチに再び腰を下ろし、ネビロス・ラグエルと向き合った。


「夏目リサは、鏡の悪魔に殺されたんや」

 カンナはバックパックから、夏目のノートを取り出し、表紙をめくった。


「夏目さんが書いていた小説の設定ノートに、ネビロスの言う、鏡の悪魔について少し書かれている。二人は何故、夏目さんが鏡の悪魔に殺されたって断言できるんだ?」


「夏目リサが死んだ直後の様子は覚えとるか?」

「死んだ直後?」

「夏目リサの左眼や。左眼の白目は充血して、黒目は白濁し、左眼の周りに血管が浮き出とったやろ?」


 カンナは夏目が死んだ直後の症状を思い返した。確かにネビロスが言っていた通りだった。


「その症状がどうしたって?」

「鏡の悪魔が作り出した魔法の鏡、通称・ミラーマスクが、人間に憑依した時の症状がそれや」


 カンナはノートを開いたまま、ネビロスとラグエルに見せた。


「そんなこと、ここには書いてないよ。魔法の鏡は、鏡の悪魔が生み出したもので、願いを叶える鏡だって書いてある」


「カンナ、えーか? の世にタダで願いを叶えるもんなんてないねん。ミラーマスクは願った内容によって代償が変わる」


「代償って?」

 ラグエルがカンナの膝に飛び降り、左胸あたりを嘴でつついた。



「例えば、……命とかね」



「ありえないよ、命を懸けてまで叶えたいものなんてないだろ?」

「人は、命を懸けてでも叶えたいものがあるんや。とんでもない生き物なんやで」

「それじゃあネビロスは、夏目さんが命をかけて叶えたかった願いがあるって言いたいのか?」


 カンナはひどい剣幕を見せる。ネビロスは黙ってカンナの膝に右前足を置いた。


「それは俺らには分からん」

「何だよそれ!」

「しゃーないやん。俺らも現場に駆けつけたときはすでに夏目リサは死んどったんや」

「ちょっと待って、あの現場にいたの?」

「ああ。カンナを尾行していたからな」

「尾行? 何で尾行なんかするんだよ」



「当たり前のことやで。契約したんやから」




「契約?」





「右手の薬指のそれだよ」





 ラグエルがカンナの右手の薬指にはめられているオレンジのリングを嘴でつついた。カンナはハッとして、保険医のリリコが言っていた『指輪を渡すのは独占欲や契約、魔除けのような理由でプレゼントする場合もあるのよ?』という言葉を思い出した。





「まさかそんな。何の説明も無しじゃないか。それで、その契約ってどういう契約なんだよ!」




「俺らと協力して、一緒にミラーマスクを破壊するってことだよ」

「破壊? どうやって?」

「簡単や、カンナには素晴らしい武器ある」



 ネビロスはベンチから飛び降り、地面に座った。



「何だよ、その素晴らしい武器って」

「やってみたらよう分かるわ」

「まぁカンナ、大丈夫だって。俺とネビロスも付いているし、ぶっつけ本番でもいけるよ」



ネビロスとラグエルが何を言っているのかカンナは理解出来ていない様子だった。自分にどんな武器があるというのだと、少し苛立ちさえも覚えているようだ。



「夏目リサのような二の舞はしたくないからなぁ」




ネビロスは「図書館に行くで」とだけカンナに呼び掛け、再び歩き出した。ラグエルはカンナの肩に飛び乗り、「行こうぜ図書館」とカンナの耳を軽く噛んだ。



「痛いっ! 分かったよ。とにかく図書館に行くよ」



カンナは立ち上がって勢いよくバックパックを手に取り、ネビロスの後を追いかけた。

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FACT 榊亨高 @sakaki_michitaka

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