3-3 魔法の鏡

「え、知らないとかマジで?」


「そう、知らないから教えてくれない?」


 商店街、本屋の出入り口前で、女子高生二人にスーツ姿の男性が話しかけていた。


 男性は茶髪で背が高く、ガタイがしっかりとしている。胸ポケットから警察手帳を取り出し、二人に見せた。手帳には犬神正宗と書かれている。


 二人は目を見合わせ驚くと、再び犬神の方を見て黙って頷いた。


 犬神はニコリと微笑み警察手帳を胸ポケットにしまう。続いてスーツのポケットからA7サイズの手帳を取り出しペンを握った。



「名前と学校名を聞いてもいいかな?」


「私は山田日向。鯉川高校です」

「佐藤結衣。私も日向と一緒の鯉川高校です」


「ありがとう。……魔法の鏡ってそんなに有名なの?」



「もうずっと前から有名な都市伝説ですよ。サーティーにもたくさん投稿されてるし」



「サーティー?」



 山田が犬神にスマホの画面を見せた。


 thirtyという、アプリアイコンに「30」と書かれた三十秒のショート動画を投稿できるSNSだ。ダンス動画や、歌・お笑い・知識系など多岐にわたる。山田は試しに魔法の鏡についてのショート動画を再生してみせた。



「願いを叶える鏡を見つけたものは、姿を消している? これってどういうこと?」



「噂によると、その魔法の鏡っていうのを見つけて、願い事をするとその願いが叶うんだって。でも鏡を見つけた人は行方不明とか失踪とか、とにかく姿を消しちゃうらしいよ」



 続いて佐藤も話し始めた。


「でもそんなのものが本当にあるのかは、ウチらも誰も知らないしフェイクかなって。私は全然信じてないかな」


「何でそう思ったの?」


 犬神は手帳にメモを取る。


「だってそんな鏡見たことないもん」


「そんな鏡ってことは、何か特徴や違いがあったりするの?」


「……確か、自分の姿が鏡に映んないって噂だよ」


「それって、鏡って言えるの?」


 犬神は笑いながら答えると佐藤と山田が顔を見合わせた。「それはそうなんだけど」と山田は呟きながらスマホを操作し始めた。


 佐藤は首を傾げて、何かを思い出そうと目を閉じ考え込んだ。


「何だっけ、自分の姿が映る時があるとかないとか、映る人とそうでない人がいるとかなんかそんな投稿も見たような気がするんだよねぇ」


「ある程度、条件がありそうだね」


「あっ、見つけた」


 山田は嬉しそうに犬神にスマホの画面を見せつける。


「これだよこれ、ほら」


 犬神はスマホを手に取りショート動画を再生した。


 動画にはこの世には不思議な鏡が存在すると言う文字と共に、鏡の画像が浮かび上がった。鏡は至って普通の手鏡のようなもので、おそらくフリー素材のものだろう。鏡の画像はそのままうっすらと背景となり、文字だけが次々と浮かび上がっては消えていく。



〔強い願いを抱く者が手にすると、たちまち鏡はその願いを具体的に映し出し、実現してくれる。だが、それがうまくいくかどうかは本人次第だ。鏡は普通の鏡と違って自身の姿を映しはしない。内なる秘めた心を映すのだ。願いを叶える代償は人によって異なる〕



「ありがとう、これすごく参考になるよ!」


 犬神は笑顔で答え、手帳に投稿者の名前をメモし、自身のスマホにthirtyのアプリをダウンロードした。


 山田と佐藤は頬を赤らめ、嬉しそうに微笑んでいる。


「普通だったらこんなの答えないけど、お兄さんイケメンで優しいから特別だよ、じゃあね頑張ってね」


「ありがとう、頑張るよ。二人も勉強がんばって」


 山田はにっこりと笑い、佐藤も軽く会釈して予備校へと向かった。


「さて、と」


 犬神は手帳のメモ書きを見つつ薇宛のメールを簡単に作成した。魔法の鏡について情報をまとめて送信し終えると、手帳とスマホをスーツのポケットにしまった。


「何だこの名前、読みにくいな」


 ふと顔を上げた目の前に、ポスターが貼られていた。公園らしき場所に設置されたベンチで、スーツを着崩した男性を女性が膝枕しているイラストが描かれていた。

 タイトルは〔夢見探偵〕作者の名前は〔尉鶲甘草〕と書かれ、イラストの下部には〔大好評につき重版〕と斜め書きされていた。



「ポスターのイメージと名前がギャップありすぎだろ」


 犬神は苦笑し、ポスターに描かれた男性を見つめていた。


「琥太郎」


 犬神は後方からの声にハッとして振り返る。


「課長……」


「うまくいってるか?」


 大神がビジネスバッグを持って微笑みながら佇んでいた。


「その呼び方、やめてくださいって何度も言ってるでしょ。あと気配消して後ろに立たないでください」


「すまんすまん」


 大神はニヤニヤしていた。


「魔法の鏡について少しわかりましたよ」


「さすが琥太郎だ。女子高生を容易く虜にする、聞き込みのスペシャリストだ」


「茶化すのやめてください。あと、犬神って呼んでください。……乙女たちは世界を知らなすぎるだけですよ」


 犬神はため息をついて、スーツのポケットから手帳を取り出した。


「じょうびたきかんぞうだ」



「へ?」



 大神はポスターを指差す。犬神が見ていた夢見探偵のポスターだ。



「作者の名前ですか?」


「そうだ。じょうびたきかんぞうだ。読めなかったんだろう?」


 犬神は苦笑した。


「読めませんでした。これ難しいですよ」


「今をときめく大ヒット作家だ。知らないことは罪深い。面白いぞこの小説」


「えっ課長、この小説読んだんですか」


 大神はバッグから本を取り出し、犬神へ本を手渡す。


「絶対に間違いなく面白い、捜査終わりに読むんだ」


「課長、激推しじゃないですか。引くんですけど」


「命令だ、読みなさい」


「……パワハラ事案ですよ、まぁ読みますけど」


 犬神は大神から本を受け取り、場所を移すため喫茶店へと向かった。

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