3-2 魔法の鏡

 七月五日水曜日午前十時、カンナは学校を休み、ベッドでひたすら眠り続けていた。


 夏目が死んでから、一週間が経過し、食事はほぼ水しか飲まず、気力を失っていた。



 カンナはトイレに行こうと、力を振り絞って起き上がった。部屋を出る前にメッセージボードをチラリと横目で確認した。


 メッセージボードには先週の水曜日から昨日まで、付箋のメモ書きが途絶えていたが、新しい付箋が貼られていた。



〔7月5日水曜日、リサのノートを持って、午前中は公園に行き、午後は約束通りに図書館へ〕




 カンナは目を疑った。図書館に行ったところで夏目リサはもういない。何かの見間違えかと、付箋をメッセージボードから剥がし、もう一度メモ書きを確認した。


「先生、夏目さんはいないんだよ。もう会えないんだ」


 付箋をゴミ箱に捨て、トイレに向かおうとしたが、ゴミ箱の中で付箋がひらりと裏返り、裏面にもメモ書きがあることに気がついた。



 メモ書きには〔事実は小説よりも奇なり。魔法の鏡は実在する〕と書かれていた。


 カンナはトイレに向かいながら呆然とメモ書きの内容について考え始めた。


 トイレから戻り、自室に放置していたバックパックの中から夏目のノートを取り出す。


 カンナは夏目が死に際に話した言葉を思い返していた。夏目が死んだショックでノートを見る余裕がなく、触れることがないまま一週間が経過した。一体何が書いているのだろうかと、ノートの表紙を開く。



「何だこれ」



 ノートの表紙と一ページ目の間に、手のひらサイズの手鏡が挟まれていた。


 手鏡の鏡面は真っ黒でひび割れている。鏡面の黒さは濃く、自身の顔が映らないことに違和感を覚えた。黒い塗料で鏡面の上が塗りつぶされているのかもしれないが定かではなかった。カンナはそれを手に取り、様々な方向からまじまじと観察する。



「平野さんから渡された時、何で気づかなかったんだろう」



 手鏡を机上に置き、ノートの一ページ目に書かれた内容を確認した。



〔魔法の鏡は、鏡の悪魔が生み出した。願いを叶える鏡。鏡の悪魔は内側に潜み、常に、共に、存在する。だが、今は、深く、暗い、闇の中で、眠っている。いつ、目覚めるのか〕


〔魔法の鏡が世に放たれた。すでに魔法の鏡は各地に点在する。欲望に駆られた人間の手に渡る〕


〔姿を消す者、願いを叶える者、全ては自らの魂が導くようだ〕


〔壊す以外の方法はあるのか〕



 二ページ目をめくると、走り書きのメモがあった。


〔天使と悪魔。介入と救済。血の契約〕


 三ページ目以降は全て白紙だった。くまなく確認したが何も書いていなかった。カンナは改めて机上に置いていた手鏡を手に取り、鏡面を覗き込んだ。


「まさかこれが魔法の鏡だなんて言わないよな。冗談じゃない」


 手鏡とノートを机上に置いて、カンナはベッドに再び横になるが、カンナはなぜ先生がノートを持って公園と図書館へ行けと言うのか、理由を考え始めた。



「先生は、この物語を夏目さんと考えていた。二人の想像した物語だ」



 カンナは眉間に皺を寄せて首を捻った。


 カンナは身を起こし、もう一度机上に置いたノートを手に取り、書かれた内容に目を通す。



「違うな……、何だろう。そもそも考えながら書いていないよな、この書き方は」


 ノートに書かれた文章を何度も読む。


「まるで、そうだ……。メモ書きみたいな、そんな感じなんだ。先生がよくやる、物語を作るときに調べて、書き溜めているやつと同じだ」


 カンナは、机上に山積みになったB5のレポート用紙を四、五枚抜き取り、書かれているメモ内容に目を通す。夏目のノートに書かれた文章と同じように疑問系で簡潔に書かれている。


「やっぱりそうだ、調べて書いたんだ」


 机上に紙を置き、ノートを見つめた。


「調べたということは情報源があるはずなんだ。情報源があるとすれば」


 ノートを閉じて、机上に置き、深呼吸をした。


「全部、事実かもしれない」


 カンナの頭の中で、一つの答えが導き出された。


「この鏡は本物……だった?」


 カンナは机上に置かれた手鏡を見つめて、動悸が激しくなった。


「鏡が原因で、何か事件に巻き込まれたって考えるのが妥当だ。つまり、それを先生は知っていた? このノートに書かれたことを調べろってこと? じゃあ何で、公園と図書館なんだ……」


 カンナの頭の中で公園でいつも会う、カラスと黒猫の姿が浮かんだ。


「そうか……そりゃそうだよな。普通に考えたらおかしいことだらけだ。知らなきゃいけないんだ」



 カンナは公園に向かうため、身支度を整え、ノートに手鏡を挟み、スマホ、タブレットと共にバックパックに入れて、家を後にした。

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