桃花の日常
「おはよう、桜井さん」
朝の登校時、桃花はいつものように校門で生徒指導の教師・
桃花は教師の挨拶に応えて、「おはようございます、井上さん」と返した。桃花は、教師の名前を呼ぶとき、「先生」ではなく「さん」をつけて呼ぶ。桃花は、
「『先生』って呼ぶと、なんか距離感が合って堅苦しいじゃないですか」と言い、教師を「さん」付けで呼ぶことにしているのだ。「さん」付けで呼ばれることに不満を抱いている教師もいるが、ほとんどの教師が、桃花の意見に賛同し、「さん」付けを認めている。
桃花は、学年カラーのスリッパに履き替え、自分のクラスへと向かった。途中で出会った同級生たちは、「おはよう、おじさん」「おじさん、今日も元気だね」「おじさん、昨日の時代劇は?」と声をかけてくる。桃花はそれに笑顔で応えていく。「おはよう」「そっちも元気そうだね」「昨日は『隠密忍者伝』だったよ」
桃花は自分のクラスに着くと、コンビニで買った昼食を見て、満足そうにうなずいた。この日の昼食は、ボリュームのあるカツ丼。
「桃花、また胃もたれしそうなもの買ってるな~」
桃花の隣の席の
「ちょっと心配だけど、まあ頑張るよ!」
桃花は肩をすくめながら笑って答えた。
「頑張るって何なの……」
裕太は、呆れながらも優しい笑みを浮かべた。
「おはよう~!ホームルーム始めるぞ~」
教室の戸がガラガラッと開き、兄貴感あふれる担任・
裕太は、左手で頬杖をつきながら、「おはようございま~す」とゆるめに担任の挨拶に応える。
「起立!」よく通る声で号令をかけたのは、このクラスの学級委員長の
――気をつけ、礼、の後に全員着席し、この日もとりあえずいい感じに朝のホームルームが始まった。担任からの諸連絡と、「今日も頑張ろう」的な一言の後、始まりと同様、美咲の号令で朝のホームルームは終了し、担任が退室した。
「よっしゃ今日も頑張るか~」
桃花は肩に手を当てて軽く腕を回した後、おもむろに
そのまま一気に飲み干し、「ふう~っ」と息をつくと、ふと裕太のほうを向いた。
「そういや1時間目何だっけ?」
「えっとね~、現代の国語」
裕太が答えると、
「あ~、そうだったそうだった!そういやメモしておいたんだったわ。やばい、最近ボケてきてるな~」
桃花は腕組みをし、「参ったな~」というふうに肩をすくめた。
「しっかりしなよ~」
裕太が苦笑いしてツッコむ。
――そんなこんなで授業開始を告げるチャイムが鳴り、2分ほど前からいた国語担当の教師が、「はい号令~」と合図を出す。そして、いつものように美咲の号令で授業が始まった。
授業中、桃花はまるで会議に出席しているそこそこ偉い(?)おじさんのように、時折うなずいたり、「む?」というような表情を浮かべたり、腕組みをしたりしながら、真面目に授業を受けていた。ノートもしっかりとっているが、あまりにも字が達筆すぎて、なんというか……渋いオーラを放っている。ノートが縦書きであることも相まって、明治~昭和あたりの小説家が書いてそうなアレ(原稿やメモ書きなどの類)に見えなくもない。
余談であるが、桃花は、芸術の選択科目では書道を選択しており、そちらの腕前もなかなかのものである。そんな桃花の実力を目にした生徒の間でいつしかついたニックネームは、「弘法大師」。そんなニックネームで呼ばれていると初めて知った本人は、「いや~、そんなあの方には及ばないよ~」と照れていた。その反応が桃花ファンの一部生徒に刺さったらしく、「カワおじJK萌える~!」とザワついていた。という、どこにでもありそうな(わけがねえ)青春エピソード。
――午前の授業も終わり、昼休み。
桃花は、美咲と一緒に教室で昼食をとっていた。
なんか周りがうるさい。
「委員長とおじさんのカップリング最高!」だの「美咲ちゃんかわいいうへへ」「桃花ちゃんのほうがかわいいだろ」だの「どっちも神」だの、美咲ファンと桃花ファンがざわついていた。この風景も日常茶飯事である。
「参ったな~、あたしってモテる要素あるのかね」
桃花が腕組みをして苦笑いする。
「桃花は気づいてないかもだけど、フレンドリーに接してくれるところが好きっていう人とかいっぱいいるよ~」
「いやあ、美咲ちゃんのほうがモテる要素あると思うけどねえ」
「え~、そんなことないよ~」
美咲は手をひらひらさせて謙遜した。
――そんなこんなで、おじさん度がレベチな女子高校生・桜井桃花は、今日も元気におじさん系女子をやっているのであった。
スカートを履いたおじさんが通ります。 月坂いぶ @Tsukisaka_ibu
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