エピローグ

 新商品を販売する翌日。BBQで気持ちをリフレッシュした私たちは、気合を入れて店をオープンさせた。


 宣伝に力を入れたとはいえ、今日は平日の木曜日であり、うちは自営業の小さな店でもある。


 開店前から行列ができることはないし、一気に人が押し寄せることもない。


 常連のおばあちゃんが朝一番に買いに来てくれるくらいで、いつもと変わらない休み明けの営業日という印象だった。


 しかし、新商品を販売する時は、徐々に客足が増える傾向にある。


 大人のどら焼きだけでなく、他の商品も手に取ってくださる可能性が高いため、準備を怠るわけにはいかない。


「今のうちに多めに作っておこう。もしも大量に売れ残ったら、エマの収納魔法に入れてもらえばいいから」


 新商品の反応は初日が大事なだけに、大丈夫かな……と心配しながら、調理場の作業に専念する。


 すると、少しずつ店内から賑やかな声が聞こえ始めたので、私は胸をなでおろした。


 いつものことながら、心臓に悪い。ようやく気持ちを落ち着かせて、作業に専念できるよ。


 ルンルン気分でデカ小豆を煮込み、順調にどら焼きの生地を焼き続けていると、ふとあることに気づく。


「……それにしても、賑わいすぎじゃないかな。平日の朝であることを考えると、そろそろ落ち着いてもいい頃なのに」


 普段なら、朝の忙しい時間が過ぎ去って、しばらくした後に昼のピークがやってくる。


 サラリーマンの方たちが昼ごはんを食べるついでに、接待で使う品を買いに来てくれたり、OLの方たちが甘いものを欲して立ち寄ってくれたりするので、昼間は客足が増えやすい傾向だった。


 しかし、朝に忙しい時間が続くのは珍しいため、不審に思った私は、そーっと店内に顔を出して覗いてみる。


「すみませ~ん。大人のどら焼き三箱と、みたらし団子を二つ」


 さ、三箱⁉ 試食も置いてないのに、初日から大量に箱買いするものだっけ?


「大人のどら焼き二つと、普通のどら焼き二つと、みたらし団子二つで」


 夫婦用と子供用と父母用かな? 世代によって求める味が違うので、和菓子店ではよくある注文だ。


「大人のどら焼き二つと、みたらし団子三つで」


 えっ、待って。どうしてみんな、みたらし団子を買っていくの? 大人のどら焼きが甘さ控えめと思って、みたらし団子の甘じょっぱさを求めてるのかな。


 っていうか、店内に人が多すぎない? お父さんとエマとノエルさんの三人も店頭に立っているのに、包装やら会計やら接客で、何とか機能している感じがするよ。


 お父さんとノエルさんはともかく、エマは大丈夫かな……。


「これ、近所のおじいちゃんのおすすめ」

「そうなのね。じゃあ、うちのおじいちゃん用にみたらし団子を一つお願いするわ」

「まいどありっ」


 お、お前の策略か~~~!! うまくやってくれているだけに、文句が言いにくい!


 そして、ポスターのモデルに採用した影響もあり、エマに魔の手が染まろうとしていた。


「ねえ、お姉さん。SNSとかやってるの?」

「……?」

「ハッハッハ、お父さんのSNSを教えてあげようか」


 よしっ、ナイスお父さん! SNSが何かも知らないのに、よく止めた!


 遅かれ早かれ、ノエルさんとエマくらい美人であれば、変な男から声をかけられる。


 店内にいる間は、私とお父さんでしっかり守ってあげないと……。


「すみませ~ん。抹茶のロールケーキ二つと、みたらし団子一つ」


 ハッ! 今は人の心配をしている場合ではない。このままでは、みたらし団子が売り切れになってしまう!


「大人のどら焼きも思ったより売れてそうだなー。初日から箱買いしてくれる人がいる分、足りなくなることを想定しておいた方がいいかもしれない。休み明けなのに、まさかこんなにも忙しくなるだなんて……」


 嬉しい悲鳴を上げていると、コッソリと覗く私の存在に気づいたみたいで、接客を終えたノエルさんが近づいてくる。


「胡桃ちゃん、思っていた以上に忙しいわ。このまま商品の販売を続けることができたら、土日の売り上げを超えるはずよ」

「そんな感じがしますね。まさか平日の午前中でここまで忙しくなるとは思いませんでした」


 早くも在庫がなくなりそうなショーケースを見る限り、今までの販売速度の比ではない。小さな菓子店では考えられないほどの大盛況だった。


 四人分の生活費を稼ぐという意味では、これだけ忙しい方が幸せなのかもしれない。


 しかし、一つ一つ手作りしているため、これだけ急に売れると困るのも事実である。


 新商品の販売当日に売り切れなんてできないし、なにがなんでも作らなければ……!


 そんな私の思いが伝わったのか、ノエルさんが優しい笑みを見せてくれる。


「午後の営業、いつもより商品を増やしても売れ残ることはなさそうよ。この感じだと、昼休みと夕方にお客さんが殺到すると思うわ」

「わかりました。まずは午前中に新商品を切らさないように頑張ります」


 気合いを入れた私は、厨房に向かって走っていく。


「うおおおっ! 異世界旅行のためにも、しっかりと稼ぐぞー!」


 まだ見ぬ異世界の景色と妖精たちに思いを寄せながら。







――――――――――――


【あとがき】


本作はこちらで完結とさせていただきます。


続きを書くこともできますが、あまり人気が出なかったことや兼業作家で時間がないこともあり、本編をまとめることにしました。


最後までお付き合いいただきありがとうございます……!


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女神の使徒に選ばれた私の自由気ままな異世界旅行 ~王都の観光や探索をして、モフモフや妖精と一緒に人生を謳歌する~ あろえ @aroenovel

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