100万円のデスケジュール帳

ちびまるフォイ

義務感にもとづく予定消費行動

「あーー、君ちょっといいかな」


「は? なんなのおっさん。キモいんですけど」


「これをあげよう」


「なにこれ。スケジュール帳? 今どきスマホで……」


「これを埋め続ければ、君は幸せな人生を送れるはずだよ」


「はいはい。受け取ってあげるからどっか行って」


「いいかい、明日のぶんからすぐに埋めるんだ。

 そうじゃないと幸せは訪れないよ」


「わかったって」


スケジュール帳にはすでに中古らしく前のスケジュールが書かれていた。

フリマで売るつもりだったのに、中古だと売れない。


やっぱり返そうと思ったがすでにおじさんは消えていた。


それから数日。

スケジュール帳は家に放ったままだった。


「暇ね……」


暇にかまけてスケジュール帳を開く。

過去のページにはびっしりと予定が書かれている。

予定がある日しかない。


「忙しい人だったのかな」


ひるがえって自分はというと、やることなく時間を持て余している。

それはなんだか負けた気がするので手帳へ書き込み始めた。


「私だって、予定がいっぱいの人気ものなんだから!」


といって書き出した予定はせいぜいが「買い物」だとか「映画」だとか「友達とカフェ」だとか。

いつでもできちゃう予定しか書き込めないのがむなしかった。


その翌日。

買い物の予定を入れた日のこと。


「予定はいれたけど……めんどくさいなぁ……」


これから化粧をして、髪を整えて、服を選んで……。

その工程を考えるだけでもうめんどうになってくる。


「……やっぱりキャンセルしよう」


ドタキャンに罪悪感が出ない程度には回数を重ねていたので平気。

スマホをつけると、画面の上の方に通知が飛んできた。



《 100万円が入金されました! 》



「……は? なにこれ詐欺?」


口座の残高が見たこともない桁数になっていると目を疑った。


「え!? どういうこと!? 私なにもしてないのに!?」


心当たりはひとつしかなかった。

スケジュール帳を見て、おじさんの言葉が蘇った。


「幸せが訪れる……。そうか、きっとおじさんがお金をくれたんだ」


このお金はありがたく今日の散財のための軍資金として使うことにした。

ショッピングモールで友達と合流すると、欲しい洋服を片っ端からかごに詰めていく。


「ちょっと、そんなに入れて大丈夫!?」


「へーきへーき。今、私ちょっと稼げてるの」


「え、まさかパパ活……?」


「今どきそんなことしないよ。最近はスケジュール活動、略してスケ活でお金がもらえちゃうの」


「物好きな人もいるのね……」


「男なんて、鼻かんだちり紙にお金を出すような生物よ。

 私のようなうら若き女子大生のスケジュールを盗み見ることに

 お金を出す人がいても不思議じゃないわ」


大量に買い込んだ洋服は、普段使わない郵送サービスで家に送った。

帰り道はタクシーを呼んで快適なセレブライフ。


「スケジュールを埋めるだけでこんな生活が手に入るなんて。ほんっと幸せ!」


すると、タクシーの運転席の背中についているテレビのニュースに目がいった。



『昨夜、自宅で男性が死亡しているのを発見しました。

 男性は死後数日経過しているようで、警察は死因を……』



「うちの近くじゃない……こわっ……」



『男性の名前は〇〇さん、45歳』


顔写真が出たとき「あっ」と声が出た。

かつて自分にスケジュール帳を渡したその人だった。


「うそ……死んじゃってるじゃん……。

 それに死後数日って……じゃあ誰が入金してるのよ」


タクシーが到着するや家にかけこんでスケジュール帳を開いた。

スケジュール帳を受け取ったのは数日前。

おじさんが死んだ人近い。


そして、スケジュール帳は受け取った日から翌日がまっさらだった。


その前のページではびっしり1日欠かさずかかれているのに。


「まさか……予定がなくなると、死ぬ……?」


すでにこのスケジュール帳がまともなものじゃないことはわかっていた。

ノーリクスで100万手に入るのであれば、死の危険があってもおかしくない。


「なんでこの若さで死ななくちゃいけないのよ!

 まだやりたいことだってたくさんあるのに!」


スケジュール帳を開いてまだ予定が入ってない場所へペンを走らせる。


「とにかく埋めなくちゃ。あさってと、その次も買い物の予定にして……」


同じ予定を埋めようとしたが、何度書いてもインクが紙に乗らない。

いくらペンを変えても同じだった。


「なんでよ! なんでかけないのよ!!」


まるでスケジュール帳が書き込むのを拒否しているよう。

「買い物」以外の予定にすると、すんなりと書けてしまった。


「どういうこと……。同じ予定は書けないの……?」


映画を見る、という予定もすでに使用済み。

スケジュール帳には書き込めなかった。


かぶりなく予定を埋め続けて1年分のスケジュールを使い切った。


「これで……これでもう1年は死なないわ」


翌日、再び100万が振り込まれた。

けれど最初ほど大喜びはできなくなっていた。


「この100万も……未来の予定のために使われるのかぁ……」


1年の予定をかぶりなく埋め続けるのは容易ではない。

後半ネタ切れになると「豪華クルージングの旅」などを書き始めていた。


そうなると毎日の100万じゃ足りなくなってくる。


「お金がなくなったら予定の選択肢がなくなっちゃう。

 もっと節約して、これまでにない予定を作らなくちゃ……」


その日はスケジュール帳で予定されていた場所へ行った。

こんな状態になる前にかねてから訪れたい旅行先だったはずなのに、

今はまるで義務感のように行っていた。


「旅行ってこんなにつまらなかったっけ……。

 はあ、早く帰って1年後の予定考えないと……」


翌日も翌々日も色んな場所へ行き、初めての体験をいくつもこなした。

ナイトプールの予定をこなした翌日のことだった。


「げほげほっ! うそ……風邪……?」


起きた瞬間、体がだるくでまともに歩けなかった。


「そんな……今日は……動物園の予定があるのに……」


今の自分の体調で行けないことは明らかだった。

それでも予定に背く行動をした場合にどうなるか想像したくなかった。


予定がなくなると死ぬ。

では、予定をブッチしたら……?


ーーどちらも同じ結論だろう。


「そ、そうだ、予定を変更して……病院の予定にしよう……」


しかし、スケジュール帳を開いて過去に自分が通院という予定を使っていたのに気づく。

逃げ道はない。


「タクシーを呼んで……動物園だけ見たら帰ろう。

 それなら予定には背いてないし……」


タクシー呼ぶのすらだるく、なんとか乗車しても運転手が心配するレベル。


「お、お客さん大丈夫ですか? 動物園なんか言ってる場合じゃ……」


「いいから!! はやく動物園へ行って! げほげほげほっ!」


タクシーが動物園の前に停まる。

ここから入園口まで歩くのが万里の長城より遠く感じる。


「い、行かなくちゃ……スケジュール通りに……」


しかし、すぐに歩いた瞬間に地面に倒れてしまう。

地面から起き上がることができない。


「ママー。女の人が倒れてる」

「大丈夫ですか!?」


かけよってきたのは子連れの親子だった。


「すぐに病院へ行きましょう!」


「だめ……動物園へ行かないと……」


「こんな状態で行けるわけ無いでしょう!?」


「動物園へ行かないと死んじゃうのよ! ごほごほっ!!」


「はあ!? 何言ってるんですか!」


事情を説明する体力も残っていない。

このままでは半強制的に病院へ搬送されてしまう。


八方塞がりだと思ったとき、手はふいにスケジュール帳へ伸びていた。


「こ、これ……」


「なんですか? スケジュール帳?」


「あげます……受け取って……」


「わかりました! 受け取るから早く病院へ!」


動物園は結局行けないまま病院へと運ばれた。

1日入院となったが、翌日に病院で目が覚めたときは嬉しかった。


「私……私、まだ生きてる!!」


動物園の予定をキャンセルしたが、

スケジュール帳の持ち主が親子に切り替わった。


なので、罰せられる対象が変わったのだろう。


「よかった……少なくともあと1年ちかくは予定が入ってる」


それに親子ともなれば予定なんていくらでもあるだろう。

自分のかわりに次の予定を書き続けてくれれば、もっと長生きできる。


それでいてもう自分は予定に縛られた生活からも解放される。

毎日100万もらうよりも得られた自由のほうが嬉しかった。


「あの、もう大丈夫ですか……?」


喜びを噛み締めていると、親子が病室にやってきた。


「おねーちゃん、もう元気?」


「うん。ありがとう、すっかり元気」


「よかったね! ご本もありがとう!」


「本?」


子供はゆずったスケジュール帳を嬉しそうに手にしていた。


「この子ったらスケジュール帳を見るのがはじめてで。

 すっかり気に入って毎日書き込んでるんですよ」


「それは幸いです。私も長生きできそうです」


「長生き?」


「あ、こっちの話です。それで? どんな予定を書いたのか、見せてくれる?」


「おねーちゃんにだけとくべつだよ!」


子供は嬉しそうにスケジュール帳を開いてみせた。

スケジュール帳に区切られている枠にはそれぞれびっしり描かれていた。


「え、これ……」


言葉が出なかった。

親は恥ずかしそうに話した。


「この子、まだ字が書けないんですよ。

 スケジュール帳の意味もわからなくって。

 だから絵だけ書いてるんです。お恥ずかしいです」


今日の予定のところには、小さな花っぽい絵がかかれていた。


「これなんの予定にもなってなーー……」


言いかけたところで、心臓がぎゅっと苦しくなった。





「せ、先生! 101号室が心肺停止してますーー!!!」

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