[6] 泉
そもそも妖精とは何なのか?
よくわからない。世間ではよくわからないものが起これば妖精の仕業にされるから、つまりはそれを引き起こしているのが妖精ということになる。
妖精使いによる理解もそれと似たようなもので明確に定義することは難しい。AでもなくてBでもなくてCでもなくて……と、だんだんと範囲をせばめていって残ったものを妖精と呼べるかもしれない。けれどもそんな方法で妖精の本質をとらえることができたと言えるだろうか。僕は言えないと思う。
村をまわって目撃証言を集めれば、それらはだいたい朝方に集中していた。
支部に一晩泊って翌朝、早速、件の泉に足を運ぶことにする。出発前に確認したところ、スケボウとフータは今日は出てこれるということ。その2匹が来てくれるならまあ逃げるのは問題ないだろう。ちなみに今日のキノスケはめっちゃおいしい粉で、朝食に振りかけたところギルドのばあさんがものすごく喜んでくれた。
森の間の細い道をたどっていけば、ほどなく泉に出くわす。斜めに差し込むきらきらとした朝の光に照らされて、半透明の羽の生えた魚が空気中を泳いでいた。
「よう」
気安く声をかけてみた。
前からの知り合いが道で偶然出会って挨拶をした、ぐらいの感じで。相手が妖精ならそのぐらいのテンションの方がいい。こちらが身構えると相手も身構える。
羽魚はその声を聞いてくるりと方向転換すると、僕の前まで泳いできた。
「よう。あんたは誰だい?」
「通りすがりの妖精使いだよ」
なんだか気取った風な答えになってしまったが、それが事実だから仕方がない。しかし事実を語ってそれがかっこよくなるとすれば、僕は案外かっこいい生き方をしているということになるのだろうか。わからない。
まあそんなことはどうでもよろしい。僕は同じ質問を羽魚に投げかけた。
「君こそ誰なんだい?」
「俺は魚だよ」
「魚には羽が生えていないし、空気中を泳ぐこともできない」
「言われてみればその通りだ。じゃあ俺は魚ではないんだろうね」
言われなくともそのぐらいわかるだろう、と思わなくもないが、妖精とはそういうものだ。他者との会話を通じてしか、基本的に自己を顧みることができない。
ギルドのばあさんが睨んだ通りだ。どうやら彼ははぐれ妖精らしかった。自らが妖精であると理解していない妖精はこの世界に長くとどまりはぐれ妖精になりやすい。典型的なケース。おそらく彼は妖精として生じたばかりで自分が妖精だと知らないのだろう。
普段ならここで慎重に考えるところだが報酬がたいしたことないと仕事は雑になるものだ。引き受けたからにはきちんとやれと言われるかもしれないが、そこまで僕は人間ができていない。細部においていい加減さが出てくるのはしょうがないと許してほしい。
すなわち単刀直入に僕は言った。
「君は妖精だよ」
この指摘でこじれることがあるが稀である。逆に言えば稀にだがこじれることがあるということでもある。まあなんとなくの感覚として今回はだいじょうぶだろうとは思っていた。
実際だいじょうぶだったようで羽魚はしばらくゆらゆらと尻尾を揺らしていたが不意にぴたりとその運動を止めて「そうか」とつぶやいた。
「俺はずっと魚で、魚だと思っていて、それで空を見上げていたのだが、空を飛びたかったんだ、羽が生えてればいいなと思っていて、水面をトンボが飛んでいって、憧れていて、いつか空を泳ぐことができたらなあと思っていたんだよ、そうか、俺は妖精だったんだなあ、妖精使いよ、妖精というのはいったいどうすれば、どうやって生きていけば、いいんだい?」
混乱した述懐の末に羽魚は質問を投げかけてくる。答えは簡単だった。
「妖精界に行くといい。そこにはたくさんの妖精がいるから」
「どうやらそれがいいみたいだな。なんとなくそんな感じがするよ」
羽魚の体が淡く光を発する。掻き消えていくその姿を見ながら、そう言えば確かにその羽はトンボに似ているなと、僕は思った。多分それは彼にとってよかったことだった。
妖精は誰に教えられなくとも妖精界に渡る方法を知っている。逆に僕に教えてくれと言われても困ったろう。妖精使いは妖精をこちらに呼び出すことはできるが帰る時は勝手に帰って行くだけで方法を知らないから。
ひときわ強い光を発しながら羽魚は言った。
「俺はトビマル。お前の名前は?」
「一条だ。君の名前を僕は忘れないよ、覚えていられる間は」
「俺もだ。お前のことは覚えていよう、忘れてしまうまでは」
その言葉を最後に羽魚――トビマルは消えていった。後には朝日を受けて光る小さな泉が残るばかりだ。
僕は一人大きく伸びをした。はからずも新しい妖精と友誼を結ぶことができた。彼に何ができるのか知らないがいつかどこかで助けてくれることもあるかもしれない。ないかもしれない。
ひとまずばあさんに結果を報告するとして――その後はどうしようか? 森の中を歩きながら自らの先行きについて軽薄に不真面目に考えることにした。
妖精使いは役に立たない 緑窓六角祭 @checkup
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます