[5] 支部
街から歩いて3日ほどのところに村はあった。空気がのんびりとしていて故郷を思い出す。いや故郷はここよりもっとおだやかで退屈だったか。
支部を訪ねる。といっても普通の民家に看板がたててあるだけで、重い木製の扉をたたけば目つきの悪いばあさんが出てきた。見知らぬ人間に不審な目を向けてきたが、街のギルドから手紙を届けに来たと言うと、それをひったくってその場でざっと目を通した。
読み終わるとふんと鼻を鳴らして、「茶でも飲んできな。街の話を聞かせとくれ」と一方的に言い放って、家の中に入っていった。別段世間話がしたいわけではないだろう。いやそれもいくらかあるかもしれないが、常日頃から情報を集めておくのは大事だ。ギルドに所属する人間なら特に。
こちらもこのあたりの話にはうとい。互いの持ってる情報をうまいこと交換できればいいと思いつつ、ばあさんの後について家へと入った。
薄い茶を飲みながらとりとめのない話をする。近所の鍛冶屋が代替わりしただの、遠野さんが足を悪くしただの、南街道を整備する噂があるだの。何が重要かわからんのでひとまず思いついたことを適当に話題にあげていく。
「あんた、職業は?」
不意にばあさんが質問を投げかけてきた。
ここで「冒険者です」と答えるのはくだらない冗談である。1年目2年目はやりがちなやつだが、誰も笑ってくれない(実体験あり)。同業者なんだからそれはわかった上での質問だ。
「妖精使いです」
「妖精使い!?」正直に答えたら目と口を大きく開いて驚かれた。「まだ生き残ってたのかい」
ばあさんは妖精使いの存在を知ってたようだ。珍しいこともある。そもそも妖精使いの存在を知らない人は増えてきているし、会ったことがある人ともなればかなり少ない。
「ほとんど残っていないと思いますよ。僕も僕以外の妖精使いには師匠を除いて会ったことないですから」
「それも時代の流れってやつじゃあないかね。新しく生まれる技術もあれば今にも消えそうな技術もある」
「……かもしれませんね」
肩をすくめてみせた。
おそらくだけれど僕がこれから必死の抵抗をしたところで、妖精使いが消えていく流れを止めることはできない。わかってはいてもそれはそれとして若干の寂しさを覚えることは仕方のないことだ。
「まったく偶然というのはあるもんなんだねえ」
ばあさんは独り言のようにつぶやいた。その声量は全然独り言ではなかったのに、その言葉は半分ぐらいは自分だけに向けてるように聞こえた。
「最近、村からちょっといったとこにある泉に変なやつが現れるようになったんだよ。魚だの鳥だの言われてるがどっちが正体だかわからないね。あるいはそのどちらでもないのかもしれない。今のところはこっちに害を与えてくることはないようじゃが村人たちは不安がっとる。お前さん、ちょいと見て来てくれんかね。駄賃程度なら出してやれるよ。わしは"はぐれ"じゃないかと睨んどるんだが」
"はぐれ"すなわちはぐれ妖精。
妖精界に帰らず人間界をうろつきまわってる妖精のことだ。わりとそこらへんにいないようでいる、いるようでいない。実際どの程度"はぐれ"がいるのかははっきりしない。ほとんどの人間はそれが"はぐれ"だと認識していないから。
「"はぐれ"なら魔術でも消滅させることはできる。じゃができればそれはしたくなくてな」
言いながらばあさんはぬるくなった茶を飲みほした。
どうしたもんだろうかと僕は考える。時間ならある。むしろ明確にヒマだ。次の仕事も決まっていない。これからの行く先もあいまいだ。
仕事としての割はよくない。あまりにも格安。まともな冒険者だったら絶対に引き受けない。引き受けるのは相場を知らない新人か、あるいは困ってる人を見過ごせない余程の善人だろう。どっちにしろ周りに食い物にされて冒険者を長くはつづけられないが。
僕は僕のことをそのどちらでもないと思っているし、食い物にもされたくはない。けれどもこうして理屈を並べ立てていながら、僕はこの仕事を引き受けたいなと考えていた。妖精使いとしての義務感なんて持ち合わせてないし、目の前のばあさんのことが気に入ったわけでもない。
ばあさんつながりで師匠のことを思い出していた。
彼女は使命とかそういう考え方とはまったく無縁の人だった。もしかするとそうしたものをすでに通過してしまった後で僕と出会っただけかもしれないけど。少なくとも僕にそうした何かを押しつけてこようとはしなかった。
ただ自分がいたその場所にちょうど妖精使いの資質を持った少年が現れたから、老後の暇つぶしに持っている技術を伝えておこうというそれだけだったように思う。孤独であり退屈だったのだろう。もっともこれは今の僕がなんとなく推し量ってるだけで実際のところはわからない。
ここに来るまで僕とは、妖精使いとはなんなんだろうか? と考えていて、その先ではぐれ妖精に遭遇するというのは何か考えをまとめるのに重要な手掛かりになる――ような気がした。
一度だけならいいだろう。毎回格安で仕事してれば善人だが一度だけならただの気まぐれだ。僕はばあさんにその案件を承諾することを伝えた。
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