[4] 黙考

 敗北という言葉がある。

 古来より敗れたものは北の地へと追いやられてきた。冷たく凍った痩せた土地へと。

 僕もまたパーティーから追放されてむなしく北の門から出ていこうとしている。

 ――なんてでたらめをふと思いついた。


 出発前にギルドに立ち寄れば、手紙を届けるよう頼まれる。

 報酬はたいしたことない。これ単品だけ受けていては割に合わない。

 移動のついでの小遣い稼ぎといったところ。あとはまあギルドの人の心象がよくなるぐらいか。

 わりと大事なことではある。そういう細かいところが後々響いてくる、かもしれない。


 森の間をぐねぐね縫う道をとくとく歩いていたところキノスケが話しかけてきた。

「お前やりたいこととかねーの?」

 実にもっともな疑問だ。僕という人間を近くで眺めていれば、百人が百人、同じ疑問にたどり着くだろう。もちろん僕に一定の興味を持っているという条件付きだが。興味がなければ何の疑問も抱くことはない。

 時間もありあまっていることだし僕は自分の思っているところをゆっくりと彼に語っていくことにした。


「そう、それが問題なんだよ。これまでの人生の中で僕は何も選んでこなかった、なんてことはなかったけど、どれもこれも与えられた選択肢を受け入れるか跳ねのけるか、そのぐらいの選択しかしてこなかった。ばあさんに向いてるって言われたから妖精使いになったし、木崎にいっしょに行こうぜって言われたから村を出てきた。いや人の一生における選択なんて突き詰めればその程度のものかもしれない。誰だって変わらない。あるいは僕は恵まれている方かもしれない。さておき、そうした生き方がよかったとも悪かったとも思っていないよ。でもこうして後は自由にしてくれと投げ出された時にどうしていいかわからなくなっているのは、あんまり好ましいとは言えないだろうね」


 我ながら随分ながながと話したものだ。ただし要約してしまえば話は簡単で『よくわかんない』ということでしかないけれど。

「まあ歩きながらのんびり考えればいいんじゃないか、結論を急ぐこともないし」

 あきれたような口調でキノスケはそう返してきた。それなりの分量語ったつもりだったのに感想がそれだけとは少し寂しい。まあこちらの技量が足りなかったせいだろうが。


 代り映えのしない風景の中を歩く。思考は自然とその先へと流れていく。

 自分のもとにある手札を見返してみた。

 残念ながらそこから考えを発展させていくのは難しい。なぜなら日によってその手札が変化するからだ。

 できることからやりたいこを考えるという方法がある。そのできることがふらふら変わるのだから、やりたいことの方が定まらなくても仕方のないことかもしれない。

 それでももっと大きな、ある種ぼんやりとした目標なら、建てることができるんじゃないか?


 木崎のことを考えてみた。自分とは違った生き方をしている人間の例として。

 彼の目指すところは明瞭だった。この剣でもって名をあげたい、それだけだ。

 単純明快。街にやってきていろんな人間に会ったが彼ほど善良な輩はいなかった。

 だからこそ僕は彼についてきた。その判断は間違ってはいなかった、多分おそらく。


 自分の今やっていることについて。

 冒険者という仕事は嫌いではない。それは多分気性の問題だ。

 この職業によくいるタイプで血の気が多くて喧嘩っ早い、僕はそういうのとはちょっと違っている。

 けれども僕は僕のことを冒険者に向いた人間だと思っている。いくらか消去法的な意味で。


 執着が少ない、いい意味でも悪い意味でも。根無し草。

 どこか一か所にとどまって同じことを繰り返すには、なんらかのものに対して執着を持つ必要がある。

 僕にはそれを持つことができない。

 飽きっぽい。流れられるものならどこまでも流れてしまう。そういう人間だ。


 街道脇で野宿する。くたびれてきたので、なるべく何も考えないようにしながら焚き火を眺めた。

 こんな時に限ってキノスケはしびれ粉を出してくれた。どんな食べものでもおいしく食べられるようにする粉ではなくて。

「そんなこと言われたってこっちで制御できることでもないし」

「だいじょうぶ、わかってるから。わかってるんだけど」

「わかってるって言うような顔じゃねえんだよなあ」


 そんなこと言われたってこっちこそ困る。

 納得いかないといった表情になっているのは、もちろんキノスケがおいしい粉を出してくれなかったこともいくぶんか影響をおよぼしているけど、ほとんどは彼の投げかけてきた「お前やりたいこととかねーの?」という質問によるのだから。

 もしかすると彼自身すっかり忘れてしまっているかもしれないけど。妖精とは、いやきのこの妖精とは、いやキノスケとはそういうやつだ。


 なんだかバカらしくなってきた、思考を強制的に打ち切る。

 薪を加えるのをやめた。横になって消えていく火にあわせて、自分の意識をゆっくりと落としていった。

 目覚めてまだ考えたいというのなら、つづきを考えるとしよう。

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