破戒僧「覚超」物の怪退治 分冊版3
Danzig
第1話
破戒僧覚超の物の怪退治3
物の怪退治の後、村に報告に行くと、覚超の期待通り宴となった
朱火狐:よくも、あんなに騒(さわ)げるもんだな
朱火狐:覚超、俺はちょっと夜風にあたってくるぞ
建物から出て、少し離れた縁側に座る朱火狐
朱火狐:ふー・・・
朱火狐:酒は好きだが、
朱火狐:あぁいう雰囲気は好きになれねぇな・・・
お千代:朱火狐(あかね)様・・・
朱火狐:なんじゃ、お千代か、どうした?
お千代:お酌をしに、まいりました
朱火狐:こんな所にまでか?
朱火狐:俺は、夜風にあたっているだけだぞ
お千代:ええ、夜風にあたりながらのお酒も、風流かもしれません
朱火狐:・・・まぁいい
朱火狐:酒はそこに置いて、お前はもう行け
お千代:いいえ、お酌を・・・
朱火狐:俺は女が苦手だと、知っておるだろう
お千代:はい、ですから、朱火狐様のお手には触れませんので・・・
朱火狐:・・・・
お千代:まだ、キチンとしたお礼も、言っておりません、でしたので
お千代:是非(ぜひ)、お酌を・・・
朱火狐:礼なら覚超(かくちょう)に言えよ
お千代:いいえ、覚超(かくちょう)様だけでなく、朱火狐(あかね)様にもお礼を・・・
お千代:ですから・・・
朱火狐:・・・・
お千代:お願い致します
朱火狐:う・・あぁ・・うん・・それじゃぁ・・・
お千代:ありがとうございます。
お千代:では、こちらの湯飲(ゆの)みを、お使いください
朱火狐:あぁ・・・
お千代:さぁ、どうぞ
朱火狐:うむ
酒を飲む朱火狐
お千代:この度は、本当に有難うございました。
朱火狐:あぁ・・・覚超に騙(だま)されたからな
お千代:しかし、私が離れた後であれば
お千代:そんな話は無かった事にすれば、よかったではありませんか。
お千代:それなのに、覚超様と一緒に、物の怪を退治して下さいました
朱火狐:事情が何であれ
朱火狐:そういう話になってしまったのでな
朱火狐:まぁ、仕方がないさ
少し酒をのむ
お千代:ですが、
お千代:あれは覚超様が、朱火狐(あかね)様を騙(だま)したからではないですか
お千代:それなのに・・・
朱火狐:「事情が何であれ」と言っただろ
朱火狐:人であれば、それでいいのかもしれんがな
お千代:でしたら、朱火狐(あかね)様も、同じようになされば・・・
朱火狐:人は人、物の怪は物の怪だ
朱火狐:俺は俺の生き方で生きる
お千代:そうですか・・・・
朱火狐:そんなもんさ
朱火狐:ん・・・
湯飲みの酒を飲み干す朱火狐
お千代:お酒・・もう少し、いかがですか?
朱火狐:あぁ・・・
お千代:どうぞ
朱火狐:うむ
酌をするお千代
お千代:そういえば、朱火狐(あかね)様
お千代:一つお聞きしても、よろしいですか?
朱火狐:なんだ?
お千代:朱火狐(あかね)様はどうして、女性(にょしょう)がお嫌(きら)いなのですか?
お千代:嫌(きら)いというか・・・
お千代:腰が抜けるほどの・・・
朱火狐:そんな事を知ってどうする
お千代:覚超様のお話によりますと、朱火狐(あかね)様は、相当(そうとう)お強いとか・・
お千代:それほどお強い朱火狐(あかね)様が、どうしてなのかと思いまして
朱火狐:昔・・・・ちょっとあってな
お千代:ちょっと・・・ですか
朱火狐:あまり、いい話じゃない
お千代:そうですか・・・
朱火狐:あぁ・・・・
少しの間、黙る朱火狐
朱火狐:昔な、女に騙されたのだ
お千代:騙されたのですか? 朱火狐が?
朱火狐:あぁ、
朱火狐:騙されただけであれば、まぁそれでよかったんだがな
朱火狐:その女が、俗にいう魔性の女でな・・・
お千代:魔性の・・・
朱火狐:俺は生来(せいらい)、人の嘘というものが、大概(たいがい)分かる
朱火狐:いや、分かると思っていた
朱火狐:だが、その女は、嘘なのか、本当なのか、はたまた冗談なのか・・・
朱火狐:そういう事が全く分からん女だった
朱火狐:全部嘘だと思っていても、「本当かもしれない」・・・そう思わされてしまう
お千代:まぁ、そんな・・・
朱火狐:可愛い顔をして、やることは、大層(たいそう)えげつなく、残酷だ
朱火狐:そして、どんな残酷な事をしても、そいつは可愛く笑う
朱火狐:その笑顔からは、嘘のかけらすら見えん
朱火狐:人間の女とは、これほど醜(みにく)くて、怖いものなのかと思ったよ
朱火狐:それこそ、物の怪より、よほど恐(おそ)ろしいわ
お千代:そうでしたか・・・
朱火狐:それからだ、女に触(さわ)られると、背中に虫唾(むしず)が走って、
朱火狐:足腰がいう事を利かなくなるようになったのは・・・
お千代:物の怪よりもだなんて・・
朱火狐:物の怪ってのはな
朱火狐:生まれついての物の怪と、人間や動物が、途中で物の怪に化(ば)けるものがある
朱火狐:物の怪になるような、人間や動物ってのは、
朱火狐:大概、純真な心を持っていたり、一途な奴らだったりするのさ
朱火狐:その純真な思いが、惨(むご)く打ち砕かれた時に、魔(ま)に取りつかれて、物の怪になる
朱火狐:まぁ、それでも、物の怪になっちまったもんに同情はしないがな
お千代:そうなんですか・・・
朱火狐:だから、俺にとっちゃぁ、物の怪よりも、人間の女の方がよほど怖いな
お千代:そんな事が・・・
涙ぐむお千代
朱火狐:お千代、泣いておるのか
お千代:はい・・・
朱火狐:なぜ、泣く
朱火狐:
お千代:朱火狐(あかね)様に申し訳がなくて
朱火狐:なぜお前が謝るのだ
お千代:人間の女性(にょしょう)には、確かに魔性(ましょう)がありましょう
お千代:それに苦しめられていながら、私を助けて下さるなんて
朱火狐:それは何度も言っておるだろ、覚超が・・
お千代:いいえ
朱火狐:・・・・・
お千代:朱火狐(あかね)様
朱火狐にさわるお千代
朱火狐:な、何をする
朱火狐:俺に、さ、触るな
お千代:朱火狐(あかね)様、腰は抜けますか?
朱火狐:い・・いや・・・今は、大丈夫なようだ
お千代:やはり・・・そうですか
朱火狐:ど、どういう事だ?
お千代:私はまだ、男の方を知りません
お千代:ですから、朱火狐(あかね)様の嫌う、魔性もないのでございましょう
朱火狐:でも、昨晩は、お前に抱きつかれて、俺の腰は抜けたぞ
お千代:それは、おそらく
お千代:小姓(こしょう)の恰好をした私が、突然、女性(にょしょう)だと分かって
お千代:驚いたからではないでしょうか
朱火狐:そうなのか・・・
お千代:はい、おそらく
お千代:ですが、今は初めから私だと分かっているので、大丈夫なのだと思います。
朱火狐:そ・・・そうか・・・お、お前のいう事は、とりあえず分かった・・・
朱火狐:で、でも、あまり触(さわ)るなよ
お千代:いいえ、理由が分かれば、もう少し触(ふ)れても・・・
もっと触るおちよ
朱火狐:だから・・・・
朱火狐:あまり触(さわ)るなと・・
お千代:でも、大丈夫で御座(ござ)いましょう?
朱火狐:あ・・・あぁ・・・まぁ・・そうだが・・・
朱火狐:
お千代:やはり、私のような女であれば、朱火狐(あかね)様も、苦手にする事もないのですね
お千代:よかった・・・
朱火狐:お千代、それを覚超には言うなよ
朱火狐:くれぐれもだ
お千代:何故(なぜ)ですか?
朱火狐:何故(なぜ)って・・・
朱火狐:生娘(きむすめ)しか、受け付けられぬ物の怪など
朱火狐:あいつにとっては、格好(かっこう)の「からかい道具」にしかならん
お千代:そうなんですか・・・
朱火狐:あいつは、そういう奴だ
お千代:わかりました。
お千代:では、覚超様には秘密にしておきます。
お千代:ですから・・・もう少し・・
朱火狐によりそうように触れるお千代
朱火狐によりそうように触れるお千代
朱火狐:こら・・お千代・・ふざけるなって
朱火狐:そんなに・・・
朱火狐:おい、もう少し、はなれ・・
お千代:いいえ、もうしばらく
お千代:こうさせていて下さいませ
朱火狐:ちょっ・・・お千代
お千代:先日の夜、覚超様に言われ、朱火狐(あかね)様にしがみ付いた時も、そうでした。
お千代:朱火狐様からは、兄のような温(ぬく)もりを感じるのです
お千代:なんとも懐(なつ)かしいような温もりを・・・
お千代:ですから、もうしばらく・・
朱火狐:・・・・
お千代:朱火狐様・・・
朱火狐:どうした?
朱火狐:
お千代:朱火狐様は、女性(にょしょう)の姿をして、おいでですが
お千代:男性(だんせい)なのですか?
朱火狐:いや、俺は生まれついての物の怪なのでな
朱火狐:男も女もない
朱火狐:だから番(つがい)も持たぬ
朱火狐:ただ生きて、ただ死んでいくだけだ
お千代:そうですか・・・
もっと身体を預けるお千代
朱火狐:お千代・・・そう、くっついて来るな・・・
朱火狐:腕を外(はず)せ・・・
お千代:ダメです
朱火狐:ダメって・・・お前・・
お千代:私はいずれ、人の決めた、何方(どなた)かの元に嫁ぐ事になるでしょう
お千代:そうなれば、否が応でも、私は男の方を知る事になります。
お千代:男の方を知ってしまえば、もう、朱火狐様に触(さわ)れられなく、なってしまいます
朱火狐:・・・・
お千代:ですから、今だけは、こうしていさせて下さい。
朱火狐:うーん、
お千代:いけませんか?
朱火狐:覚超には、見られたくない姿だな・・・
お千代:うふ・・・朱火狐様ったら・・・
朱火狐:・・・・
しばらく寄り添う二人
お千代:朱火狐(あかね)様
朱火狐:ん?
お千代:朱火狐様は、明日、覚超様と、また何処(どこ)かへ行かれるのでしょ?
朱火狐:いや、覚超とは行かねぇよ
朱火狐:あいつとは、腐れ縁ではあるがな
朱火狐:別に相方(あいかた)という訳でもない
朱火狐:俺はただ、ここには酒を飲みに寄(よ)っただけだ
お千代:そうなんでか
朱火狐:時雨烏(しぐれがらす)も、もう俺の元には無いしな
朱火狐:覚超とは、また会う事があるかどうかすらも分からん
朱火狐:だから、あいつがどうするのかに関わらず
朱火狐:俺は今夜中に、ここを出るつもりだ
お千代:そうですから・・・
お千代:朱火狐様、それでしたら!
朱火狐:ん?
お千代:私も一緒に連れて行って頂けませんか?
朱火狐:どうしてだ?
お千代:先程も、申し上げましたように
お千代:私は、この村にいまても、人の決めた、好きでもない方と、添い遂げなければなりません。
お千代:もう、兄も父も、この村にはいませんし
お千代:いっそ、このまま朱火狐様に付いて行くのも・・・
朱火狐:ダメだな
お千代:どうしてですか?
お千代:私が足手(あしで)まとい、だからですか?
朱火狐:「足手まとい」というより
朱火狐:俺といても、お前はすぐに死ぬ
朱火狐:いつも守ってやれるとは、限らぬからな
お千代:それでも構いません
お千代:兄と父の仇を打てたのですから、もう思い残す事も
朱火狐:ダメだ
お千代:朱火狐(あかね)様・・・
朱火狐:もう・・・・
朱火狐:連れに
朱火狐:死なれるのは、かなわんのだ・・・
お千代:それは、昔、どなたかと
朱火狐:三百年も生きているとな
朱火狐:いろいろあるのだ
お千代:・・・・・
朱火狐:まぁ、その話は、もういいだろう
朱火狐:さて、俺はもう行くことにするよ
お千代:そんな・・・もう少し御傍(おそば)に、いさせてください。
朱火狐:これ以上いても、つまらぬ昔話を、させられそうだからな
お千代:申し訳ございません
お千代:もう、お聞き致しません
お千代:ですから、もうしばらく、ここに居てください
お千代:お願いいたします
朱火狐:いや、やめておく
朱火狐:お互い、情が移ると、後々面倒だしな
お千代:朱火狐様・・
朱火狐:お千代、お前とは、もう会う事もないだろう
お千代:そんな・・朱火狐(あかね)様
朱火狐:お千代、
朱火狐:俺は生まれついての物の怪だからな
朱火狐:人間の幸せってのが、どういうもんか、よく分からんが
朱火狐:まぁ、達者で暮らしてくれ
朱火狐:じゃぁな
お千代:朱火狐様!・・・
朱火狐が何処か闇の中へ消えていく
破戒僧「覚超」物の怪退治 分冊版3 Danzig @Danzig999
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