第10話 結びの口上を謹みて 🪗




 かくて、晩年にわっと大輪の花を咲かせた夏子は、亡父&亡兄のもとに旅立った。

 圧倒的な輝きを発する作品群と同じく、結末の見えないエンディングのまま……。


 ちなみに、一葉の代表作にして不朽の名作ともなった『大つごもり』(貧しい叔父夫婦に育てられた娘は、病床の叔父のために奉公先の抽斗から紙幣を抜いてしまう)『たけくらべ』(やがて廓に入る運命の美少女・美登利と彼女を取り巻く少年群像)『にごりえ』(廓で朽ちていく女への未練を断ちきれない所帯持ちの男)『十三夜』(婚家から実家に逃げて来た女は、懇々と父母に諭されての帰路、俥屋稼業に就いている想い人に再会する)は、いずれも、下町の住民の哀歓を丹念に織りあげている。




  。。。。。。。。。。。。  the ending  。。。。。。。。。。。。




 お峰が引出したるはただ二枚、残りは十八あるべきはずを、いかにしけん束のまま見えずとて、底をかへして振へども甲斐なし、怪しきは落ち散りし紙きれにいつ認めしか受取一通「引出しの分も拜借致し候 石之助」。さては放蕩かと人びと顏を見合せてお峰が詮議はなかりき。孝の余徳は我れ知らず石之助の罪に成りしか、いやいや知りてつひでに冠りし罪かも知れず、さらば石之助はお峰が守り本尊なるべし。後の事しりたや。のちのこと知りたや。             (『大つごもり』)


 龍華寺の信如が我が宗の修業の庭に立ち出る風説うはさをばそのままに封じ込めて、此処しばらくの怪しの現象さまに、我を我とも思はれず、ただ何事も恥ずかしゆうのみありけるに、或る霜の朝、水仙の作り花を格子門の外よりさし入れおきし者ありけり。誰の仕業と知るよしなけれど、美登利は何ゆえとなく懐かしき思ひにて、違い棚の一輪ざしに入れて、淋しく清き姿をめでけるが、聞くともなく伝え聞く、その明け方の日は信如が何がしの学林に袖の色かえぬべき当日なりしとぞ。     

                             (『たけくらべ』)


 諸説みだれて取り止めたることなけれど、恨みは長し、人魂か何かしらず筋を引く光り物の、お寺の山といふ小高きところより、折ふし飛べるを見し者ありと伝へぬ。                       

                              (『にごりえ』)


 空車引いてうしろ向く、其人それは東へ、此人これは南へ、大路の柳月のかげに靡いて、力なささうの塗り下駄の音、村田の二階も原田の奥も、憂きはお互ひの世におもふこと多し。                            (『十三夜』)


 

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 なほ、当初は一葉日記を最後まで拾ふつもりで意気ごんでいたが、進行につれ至難が増して来たので、夏子の晩年の作品同様ぽんと投げ出すかたちになつたこと、何卒ご海容あれかし。願わくは、つぎの資料によりそれぞれの一葉像を結ばれんことを。




 *参考文献:『樋口一葉 日記・書簡集』(筑摩書房)

       『新潮日本文学アルバム 樋口一葉』(新潮社)

        ほかにインターネットを参考にさせていただきました。




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