赤雪

ねこみゅ

第1話

「…変なこと、言ってもいいか?」


 長く付き合ってきた親友が、全くらしくない、深刻そうな顔で俺の目を真っすぐ見つめて聞いてきた。


「もしチリで1人になったら、お前はどうする?」


 きっと、これは本当に、本当にただの思いつきだったのだと思う。


「どうするって言われてもなぁ…やっぱ警察でしょ」


「じゃあ、警察もいなかったら?」


「警察がいないってなんだよ笑、まあそれだったら周りの人に聞くよ」


 この時は、バカなこと聞くなぁくらいにしか思ってなかったんだ。


「周りに誰もいなかったら?」


「チリはそんな世紀末みたいな所じゃねぇよ笑、まあ…」


「その時はお前を探すよ。お前なら、吹雪の中でも見つけられるような気がするんだ」


 あまりにもクサいセリフだったが、勝手に口から漏れ出やがった。




「…ふっ、ははははははは!!!!」


「うっせ…笑ってんじゃねぇよ」


「嬉しいこと言ってくれるじゃんか!いいぜ!じゃあ俺も迷ったらお前のこと探すよ笑笑」


「………クソが」


「ははは!!そんな照れんなって!」

 いつもの調子で、カルロスはそうやっておどけてみせた。何年もラグビーを続けている体だ。俺の肩をバシバシ叩かれると明日には腫れ上がってんじゃねぇかって思うほど痛い。


 俺らは大学でラグビーをやっている。そんで、今回はチリで国際試合をさせてもらえるってことらしい。外国行くのなんか初めてだし、メンバー諸共見事に盛り上がっている。


 特に盛り上がっていたのは、女の話だった。チリに美人が多いというのは有名な話だ。全員が全員、狂ったように髪型やら服やらを整えていた。今整えたところで変わらんっつうの…。


「チリってかわいい子多いかなぁ」

 カルロスは彼御自慢の天パった髪の毛をいじりながら呟いた。


「さあ?ウルグアイと変わらんだろ」

 チリもウルグアイも、顔立ちなんてほとんど一緒に見える。ちょっと色が濃いか薄いかくらいの違いだけだ。それにしても、彼女もいるのになんて野郎だ。


「ウルグアイの女にはもう懲り懲りだよ…」

 どうやら、また彼女に説教でもされたらしい。全く、いつまでも懲りずに他の女と遊んでるからそうなる。むしろ、説教だけで済むんだから優しい方なんじゃないか。


「ルイス、カルロス、準備できたか?」


「お、センパイ!ちーっす!」

 先輩に向かってこの態度…。カルロスは誰に対しても平等と言えば聞こえはいいが、何というか、謙るという言葉を知らない。まあ、昔からそれは変わらないから慣れたんだが。


「アベル先輩。お疲れ様です」

 ラグビーチームのキャプテン、アベル先輩。プレイも上手く、人望も厚い。おまけにイケメンなので、大学では1•2を争うくらいの人気がある。


「おう、まだ飛行機に乗ってもないのに疲れたぜ。お前らも疲れたろ?なんか買ってやるよ」


「え、い、いや、俺達は大丈…」

「マジすかー!?あざーす!」

 カルロスは俺の声を遮ってデカい声で礼を言うと、こっちを見てニヤリとした。


(コイツ……………)

 遠慮を知らないコイツは、今まで何回も失礼な奴だと怒られたはずなのに何も変わらない。


「ほらよっ」

 いつの間に買ってきたのか、先輩は缶コーヒーを投げ渡してきた。突然すぎて落としそうになるが、なんとか両腕でホールドしてキャッチした。


「えー!これ俺が一番好きなやつじゃん!先輩分かってんねぇ」

 あの反応からして、カルロスが気に入っているもののようだった。それは俺に渡されたのと違っていて、俺の腕の中にあるのは、俺が一番好きな種類だった。


「これ……」

「お前、これいっつも飲んでるから好きかなって思ってさ」

 先輩はそう言うと、にっと目を細めた。男の俺でも胸の辺りが熱く照らされるようで、つい顔が赤くなってしまう。これは…女が惚れるのもよくわかる。


「あ、ありがとう…ござい…ま……す………」

 なんだかぼーっとしてしまい、口から抜けるような声が出た。多分、かなりのアホ面をしていたと思う。

 そんな俺を尻目に、先輩は「じゃ、俺コーチのとこ行ってくるから」と言い残して行ってしまった。

 早くなった鼓動と、顔の熱さをどうにかしようとして、一旦深呼吸をしていると、突然背中をドンッと叩かれて、心臓が飛び出そうになった。バッと後ろを振り返ると、兄のぺぺが目を輝かせて立っていた。


「ルイスー!頑張れよ!」

「い、いってぇな……やめろよ…………」

「こんくらいで痛がってどうすんだ?これから試合だろ!?しかもチリで!!外国で!!!」

 目の奥に星が輝いてるのが見える気がする。まあ…それも仕方がない。彼は俺に夢を託してくれているのだ。


「ま、俺の分まで頑張ってこいよ!な!!!」

「わーったよ……ぺぺこそしっかり見とけよ」

「当ったり前だ!兄ちゃんはお前のことずっと見てんだぜ?」

「気色悪いこと言うなよ………」

 そうやって兄としょうもない話を続けていると、妹のルシアが兄の後ろから顔を出した。少し顔が赤くなっている。きっと周りに人が多くて恥ずかしいのだろう。


「ルシア…お前もう15だろ?いい加減人見知り直せよ」

「しょ、しょうがないじゃん…大人がいっぱいいるんだから………」

 いつもは兄に似てお調子者だが、こういう時は俺に似て極度の人見知りを発揮する。


「えっと……まあ、頑張ってね」

「お、おう」

 それだけ吐き捨てて、またぺぺの後ろに隠れてしまった。耳が真っ赤になっていたのを、俺は見逃さなかったぞ。いい加減、人見知りを直すきっかけが欲しいもんだ。


 それからぺぺの昔話を延々と聞かされていると、コーチのでかい声が響き渡る。


 どうやら、もう出発時刻のようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤雪 ねこみゅ @nukonokonekocha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ