かーどしゃーく

それは例に漏れずある日のこと。俺と彼女がまだ想いを伝え合って間もない頃の話。





「勝負しましょう、凪沙」

「……どうしたの?突然」


ソファーに背を預け何やら難解な本を読んでいた凪沙と向かい合って正座をすると、トランプを取り出して、俺は固い口調で勝負を挑む。

目を丸くしてきょとんとこちらを見つめた凪沙は本を置くと、行儀悪くも伸ばした長い脚で俺の膝に意味も無くご機嫌にうりうりちょっかいをかけてくる。やめい。


「先日、『藤堂家だよ!集まれドキワクカードゲーム大会(命名:母)』がありまして」

「なぁにその聞くも愉快な催し。呼びなさいな、私も」

「勝った人は負けた人に一つだけ何でも命令していいというやつなんですけど」

「呼びなさいな!!!私も!!!!」


蹴られた。


まあ、恐らくはまだちょこっとぎこちない俺と母の親睦を深めようとする、父さんかすーちゃんの気遣いなんだろうけど。いや、もしかしたらこの人も実は入れ知恵しているのかもしれない。ありがたくもあるが、急かさないでほしくもあったり。そうでなくとも、あの人の母子コミュニケーションは少々過激だというのに。


とはいえ。


「そこは今どうでもいいんです」

「良くない!出たかった!私も!したかった!お願い!!」

「どうでもいいんです」

「ひん剥きたかった!兄妹!!」

「うん?一気にどうでもよくなくなったぞ??」


ソファーの上で幼子の様に駄々をこねながら、幼子には到底思い付かない悪行を口にするやんちゃな危険人物。いなくて良かったと、心より思いまする。


「剥いた兄妹を侍らせたい、銅雀台に…」

「何を魏王みたいなこと言っているんですかね」


心より、思いまする。


「大体、凪沙は藤堂ではないでしょう……と」

「してるもん……内定……」


拗ねたお子ちゃまは膝を抱えると、そのままころんとソファーに横になる。

大変迂闊にもポロッと口から零れ落ちてしまった俺のアレな発言に気づいている様子は無いので、これ幸いと俺はちゃっちゃとテーブルにカードを配ることにする。この人程の流麗さは無いが、何度も付き合わされている分、手慣れたものだ。


「あ」

「……」


と思った瞬間、ぶつかって崩れる山札。生暖かい視線を物ともせず、俺は何事も無かったかの様にシャッフルを再開。特に気にすることも無く、最低限手札を見えない様にして隣り合って座り込む。


「イカサマはしないでくださいよ?」

「失礼な。まるでイカサマ常習犯みたいじゃない、私」

「常習犯やないかい」


何なら小さい頃から勝率操作してた疑いあるやないかい。

おかげで自分が博打に強いのか弱いのかさっぱり分からなくて不安になる有様やったんやぞ反省せい。


背後のソファーに妖艶にしなだれ掛かり、何とも気怠そうにこちらを見つめるその姿に油断してはいけない。既に勝負は始まっているのかもしれないのだから。


「俺は今一度、己の実力というものを知らなければならないんです」

「生意気にも大海を知りたくなったということ?井の中の蛙風情が?」

「知らん内に誰かさんによって心地の良い水槽で飼い殺しにされてましたからね」

「お手」

「はい、じゃなくて」


徐ろに差し出されたたおやかな手につい反射的に手を重ねてしまい、慌てて跳ね除ける。

というか、凄いさらっと心抉ること言ったねこの人。当人はそこはかとなく傷ついた俺のことなど気にも留めずに何やら深刻そうに考え込み始めたけど。


「……改めて考えると、君を飼ったところで別に誰にも言われないのよね、文句…」

「俺が言いますけど?」

「君に飼われても文句無いけど?私。着ける?首輪」

「着けませんけど!?」


何故か首輪を胸元からずるりと取り出した恋人殿に奔る戦慄。一体、どちらに着けるつもりで潜ませていたというのか。

…もういいから始めさせてほしい。そんな、恋人に首輪なんて……、ちょ、ちょっと見るだけなら見てみたい気はしなくもないけど。


じゃなくてっ。


「…話を戻しますがっ」

「はいお帰りなさい」

「その大会、誰が勝ったと思います?」

「…お義母さんでしょう?どうせ」


つい先日の苦い記憶を思い出してか、何とも口惜しそうに吐き捨てる凪沙の姿を見て、俺はカードで隠した口角を歪めてしまう。

そう、あの母を知る者であれば誰だってそう思うだろう。俺だって話だけ聞いたら同じことを思う。


だが、実際はそうはならなかった。ならなかったのである。




「すーちゃんです」

「―――――え」

「すーちゃんなんです」




「……そう。意外ね」

「でしょう!?」


凪沙がカードを引きながら、ぽつりと。動揺を隠し切れていない、どこか幼い声色で。


そう、あの翠が。カードはおろかテレビゲームもろくに上達せず、凪沙にリベンジを挑んではいつもこてんぱんにのされて最終的には半べそかいていた翠が。Sっ気を発動して生きるか死ぬかの瀬戸際でじわじわなぶり続ける凪沙の悦に浸る恍惚なお顔を見ていつも顔を青くしていた翠が、あの無敵の母に華麗に勝利してみせたのだ。


「勝った……すーちゃんが…」

「はい」

「………ふーん」


あの時の母の丸くなった目といったら。生まれてこの方見たこと無かったかもしれない。あの人はいつだって泰然自若だから。ただの傍若無人とも言えなくもないが。


「………つまり君はひん剥かれたということ……?あのすーちゃんに?」

「ひん剥かれてない」


それは凪沙の願いでしょうが。何で頬赤らめてるのかな。

カードを場に出す。ハートのツーペア。残念ながら別に良くも悪くも無い。


「ひん剥かれて牝馬の様にあひんあひんいってひひぃんってこと?」

「ひんひんやかましいな!」

「まさかのすー×れん……そういうのもあるのね……」


玄人の眼差しでこの人は一体何を言っているんだ。

凪沙もまたカードを出す。同じくツーペア。引き分け。…流石に細工無しならこんなものか。


他愛ない話をしながらも、勝負は淡々と続いていく。

俺が良い手札を出せば彼女もまた同じく。時には勝って、時には負けて。

互いに鎬を削る珍しい…と言えば珍しい好勝負。中々どうして俺も出来る方らしい。やはりあの二人が異常なだけか。…父さん?うん。まあ、……ね?


「で、まあ、勝者は命令を一つだけ出来る訳ですが」


そこはかとなく自信がついたところで姿勢を崩すと、改めて話を戻す。


「ひん剥「かない」ひーんつれない」

「で!」

「ぉ…」


明後日に向き始めた話題を意地でも元に戻すべく、困ったちゃんの両手を取って広げさせると真っ正面から向かい合う。相変わらず頬を赤らめているし、何故か視線が泳いでいる。ふう、わざとらしい。またブラフか。


「すーちゃんのお願いが、『家族皆で鍋を突きたい』なんですけど」

「そ、そう。何と言う細やかな願いなの……天使ね、やはり」

「それはそう」


その天使に追い剥ぎという悪魔の如き所業を行わせようとしていたことは他所に置いておいて、間違いなくその通りではあるんだけど、ちょっと、ちょいっと、ちょこっ〜とだけ、まだハードルが高くないかな〜なんて。いくら家族団欒とは言え、半家出状態の出戻り小僧が果たして共に笑顔で仲良く鍋を突けるかというと……ねえ?


「……凪沙、来ます?」

「こら」


ぽかり。


「人を潤滑油代わりに扱わないの」


頭に拳骨。『お前何のための願いなのか分かっとんのかい』、そんな呆れがひしひし込められた優しい拳骨だった。


「…すみま「ローションプレイがしたいならしてあげるから、今度」せんって程でもないっすね」


『お前何の話しとんねん』そんな呆れをひしひし込めてチョップすれば、彼女は子供の様に目を瞑ってくすくす笑っている。こんなちょっとした触れ合いも今の彼女にとっては楽しくてたまらないらしい。同時に、ちょっとした事でも有言実行するから、暫く風呂が怖い。気付いたらマットとか置いてありそうで。


「お誘いは凄く嬉しいけれどね」


チョップした手を取ると、凪沙は徐ろにその手の甲に口付ける。まるで騎士の誓いの様な仕草。大変様になっているがこそばゆくて仕方ない。


「…やめておくわ。勿論、他の相談なら乗ってあげる。ただし逃げない方向で、ね」

「………」

「また数年後にでも誘ってちょうだい。私が『藤堂凪沙』になった後にでも」

「……善処します」

「ふふ。…うん、頑張って……ううん、頑張ろうね」


私達のことも、家族のことも。


二つの意味が込められたその言葉を噛み締めて、また勝負を再開する。

与えられた手札に悩む俺を微笑ましく見つめるその目がくすぐったくて、柔らかい空気がどうしようもなく心地良かった。












カードを片付ける彼の背中を眺めながら、小さく息をつく。

手を翻して取り出した一枚のカードを、私は何気なく彼の背後へと滑らせた。


「………ま、『イカサマするな』とはいわれたけど、『させるな』、とは言われていないものね」

「何か言いました?」

「一枚落ちているわ、そこ」

「あ、本当だ。いつの間に…」


そして私に出来るのだから、きっとお義母さんだって。

すーちゃんに花を持たせたかった、ということだろうか?いや、もしくはすーちゃんが何を願うのかを最初から読んでいて、これ幸いに利用させてもらったのかもしれない。


憧れて、散々真似してきたからか、何となく分かってしまうのだ。

それはかっこつけたがりで素直になれない母親の、子供の様な姑息な手段。けれど、そこに込められたのは間違いなく家族の愛。


「………ふふ、可愛いかも」


ちょっとした意趣返し…でもないけど今度会ったら、つついてみようか、それとなく。なんて。

堪らず肩を揺らす私を見て、彼は母親によく似た顔をきょとんとさせるのだった。

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2024年12月24日 05:00

高嶺の花が入り浸る ゆー @friendstar

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