バーカウンター6(オリジナルカクテル:男性客編)
Danzig
第1話
(柊が一人店に入ってくる)
バーテンダー:
いらっしゃいませ
(黙って、いつもの席につく柊)
この男は私立探偵、柊 廉也(ひいらぎ れんや)
仕事で、プライベートで、彼はよくこの店を使う
特に仕事終わりにこの店で酒を飲むのが日課のようになっている
バーテンダー:
いらっしゃいませ
何になさいますか?
柊:
ジントニック
バーテンダー:
かしこまりました
(ジントニックを作るバーテンダー)
バーテンダー:
柊様、今日は何かあったのですか?
服装がいつもの雰囲気とは違いますが・・・
柊:
あぁ、ちょっとね
バーテンダー:
お待たせいたしました、ジントニックです。
柊:
あぁ、ありがとう
バーテンダー:
どこかしら余所行きの雰囲気といいますか
珍しくちゃんとしているといいますか・・・
柊:
おいおいw
バーテンダー:
はは、失礼しました
柊:
今日はお見合いだったんだよ
バーテンダー:
お見合いですか?
柊:
あぁ、お見合い
バーテンダー:
お見合いって、あの『お見合い』ですか?
柊:
他にどの『お見合い』があるんだよ
バーテンダー:
そうですね、失礼いたしました。
でも、柊様って婚活していらしたんですか?
柊:
いや、そうじゃないんだ
実は、ある人に頼まれてね
バーテンダー:
そうだったんですか
柊:
俺は乗る気じゃなかったんだけど、その人には借りがあってね
断れなかったんだ
バーテンダー:
あちこちに借りを作っているから、そうなるんですよ
柊:
ははは、ちがいないな
バーテンダー:
でも、柊様もそろそろ身を固めた方がいいのかもしれませんね
柊:
いやぁ、当分はこのままでいさせて欲しいな
バーテンダー:
それで、お見合いのお相手はどんな方だったんですか?
柊:
それがさぁ、京都の名門のお嬢様。
それを、お見合いの場所で知らされて、もうびっくりだよ
バーテンダー:
それはそれは
柊様も、玉の輿に乗れそうですね
柊:
いやぁ、俺は玉の輿とかには興味ないし、京都の名門とか堅苦しいのも苦手だしな
バーテンダー:
なんだか勿体ない話ですね。
それでは、お断りになるんですか?
柊:
あぁ、もう断ってきた
バーテンダー:
え? お見合いは今日だったんですよね?
柊:
あぁ、そうだよ
バーテンダー:
そういうのは・・・特に断るというのでしたら、数日経ってから返事をするのが礼儀なのでは・・・
柊:
そうなの?
バーテンダー:
格式のある方々の間ではそうだと聞いたことがありますが・・・
柊:
そいつは知らなかったなぁ
でも、もう断っちゃったし、二度と会う事もないような人種だから、いいだろう
バーテンダー:
そうですか・・・
(一人の男が店に入ってくる)
バーテンダー:
いらっしゃいませ
(店の中を伺う男)
(誰かを探しているようだ)
バーテンダー:
お一人様ですか? それとも、どなたかとお待ち合わせでしょうか?
橋本:
いや・・・そういう訳では・・・
バーテンダー:
左様でございますか、では、こちらの席に・・・
橋本:
あ・・・いた
(店内に柊を見つけ、近づく男)
橋本:
柊さんですね
柊:
ええ、そうですが? あなたは?
あぁ、ええと、確か・・・
橋本:
私は、詩織お嬢様の付き人をしております、橋本といいます
柊:
そうですか、あなたも今日の会場にいましたよね
橋本:
ええ、私はお嬢様の付き人ですから
柊:
その橋本さんが、私に何か?
橋本:
柊さん、今日のお見合いを断られたそうですね
柊:
ええ、お電話で直接
橋本:
何て事をしてくれたんですか
柊:
どういう事ですか?
あ、やっぱり直ぐにお断りをしたのが失礼だったという事ですか
それは申し訳ない事をしました
橋本:
そんな事じゃない
柊:
では、どういう・・・
橋本:
あなたがお見合いを断った事ですよ
あなたに断られて、詩織様はショックを受けているんです
まったく、何て事をしてくれたんですか
(バーテンダーを見る柊)
(バーテンダーも首をかしげている)
柊:
え・・と
それは申し訳ない・・・
あの・・・ひょっとして、詩織さんは結婚を望んでいたという事ですか?
橋本:
違います
柊:
え?
橋本:
そんな訳ないでしょ
お嬢様があなたなんかとの結婚を望む訳がありません
そもそも、家柄も雲泥の差なのに結婚できるわけがない
(少しあきれた表情になる柊)
柊:
では、どうして
橋本:
今回のお見合い、あなたにも事情があったようだが
我々の側にも事情があって、このお見合いに出向いたのです
柊:
そうですか・・・
しかし、双方が望んでいないのなら、破断でいいのでは?
橋本:
だから、そういう事じゃないんですよ
そもそも、このお見合いは我々の方から・・・
いや、詩織お嬢様があなたに対して断りを入れるというのが、本来の形なんですよ
柊:
本来の形?
橋本:
そうです
家柄を見ても、人間の格から言っても、詩織お嬢様の方があなたよりも数段上のお方
あなたから断るなんて、してはいけない事なんです。
それに、我々藤原家は、お見合いの段取りをされた一柳家に対いて、お断りを入れる日取りを調整していたんです。
それを、あなたの方から、それも当日に、しかも本人に断りを入れるなんて
あなたのような、こんな場末のバーにいるような人間がですよ。
まったく、なんて失礼な事をしてくれたんですか
段取りも分からないような下賤(げせん)の人間に断られたと、お嬢様は非常にショックを受けておいでなんです。
柊:
はぁ・・・そうですか・・
(ますます呆れた表情になる柊)
橋本:
今からでも構いませんから、詩織お嬢様に謝罪を
バーテンダー:
あの、客様
お取込み中、大変失礼なのですが、何かご注文を
橋本:
いや、私は・・・・
バーテンダー:
ここは場末でも、一応バーですので
ご来店のお客様には、何かしらご注文をいただきたいと思っております・・・
橋本:
あぁ、そうか、すまない
それもそうですね。
私はこういう所は不慣れなので、わからないのですが、どうすればいいですか?
バーテンダー:
なんなりとお申し付けください
何となくのイメージでも結構ですから
橋本:
なるほど、
では、詩織お嬢様のイメージで何か作ってくれませんか
以前、シンガポールのラッフルズホテルのバーに詩織お嬢様と行ったときに
お嬢様のイメージでカクテルを作ってもらったんですが
それは見事に彩(いろど)られたカクテルを出してくれましたよ
バーテンダー:
左様でしたか
かしこまりました
では、少々お待ちください
(カクテルを作るバーテンダー)
橋本:
柊さん、話が途中になってしまったが、謝罪の件についてですが・・・
バーテンダー:
お待たせいたしました
当店のオリジナルカクテルです。
カクテルを出すバーテンダー
橋本:
これがお嬢様のイメージ?
ただうす緑色のカクテルじゃないですか
ラッフルズではもっと・・・
バーテンダー:
このカクテルの名前は『ブブ』
アルファベットでBBと書いてブブと読みます。
アメリカの大女優ブリジットバルドーを題材にしております。
橋本:
ブリジットバルドーには詳しくありませんが、確かマリリンモンローと並び称された女優ですね
そういう事であれば、詩織お嬢様に・・・
柊:
くくくく・・(聞こえるように堪えた笑いを演出している)
橋本:
なんですか、柊さん、失礼な
柊:
いや、可笑しくてさ
橋本:
何がですか
柊:
ブリジットバルドーという女優はね、大女優でありながら『お金で買えるものに価値はない』と言って
アクセサリーで着飾る事なく、既製品を使ってファッションの最先端をけん引した女優さ
つまり、BBとは、どこかの金持ちのお嬢様への皮肉なのさ
橋本:
な!
柊:
それに、ブリジットバルドーは確かにBBだが、愛称は『べべ』だよ、ブブじゃない
橋本:
それじゃ何を
柊:
ブブってのは、あんた達、京都の人間のよく知ってるブブ
そう『ブブ漬け』のブブだよ
橋本:
な!
柊:
つまり、『もう帰れ』って意味さ
橋本:
し、失礼な!
柊:
なぁ、橋本さん
優しくされたいなら、ラッフルズのロングバーみたいなメジャーなバーに行くといい
場末のバーって所は、どこも一癖あって、一筋縄じゃいかないんだぜ
特に、お高く留まっている奴らには優しくしてはくれないよ
橋本:
まったく、失礼な人達だ
柊:
今回は、あんた達のしきたりとやらを知らずに悪い事をしたと思っているよ
だが、俺は俺のやり方でしか生きるつもりはない。
悪いが、今更、謝罪するつもりはないよ
柊:
ただ、今回は詩織さんを嫌っての断りじゃない。帰ってお嬢様にそう伝えてくれ
橋本:
くっ・・・
失礼する!
(店を出ていく橋本)
柊:
やれやれ
マスター、ジントニックをもう一杯
バーテンダー:
かしこまりました
(ジントニックを作るバーテンダー)
バーテンダー:
お待たせいたしました、ジントニックです。
柊:
あぁ、ありがとう
バーテンダー:
しかし、柊様
柊:
ん?
バーテンダー:
どこの場末のバーでも、どんなお客様にもご満足いただけるように配慮しております。
あまり、場末を誤解されるような発言は・・
柊:
いや、そいつは、すまなかったな・・・・
でも、じゃぁさっきのやつは?
バーテンダー:
あれは特別です。
たまには、あぁいう事もありますよ
特に場末はね
柊:
ははは、やっぱりそうでなきゃね
しかし、最高に洒落の効いたカクテルだったよ
バーテンダー:
恐れ入ります
完
バーカウンター6(オリジナルカクテル:男性客編) Danzig @Danzig999
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