第2話
さっきまで持っていたはずなのに。落としてしまったのか。それともあの浜辺に起き忘れてしまったのだろうか。
姉は眉を寄せて、ラウラに言い聞かせる。
「後で取りに行けばいいじゃない」
「うん……」
姉との、おそらく最後となる思い出が、手の間からすり抜けてしまった。キューエに返そうなんて言ったのは自分だけれど、やっぱり自分たちのものにしておきたかった。キューエが本当に優しい妖精なら、もう一度取りに行っても許してくれるかもしれない。
家に帰って着替えると、ラウラはこっそり、外に出た。西側に溜まった雲に、太陽が遮られている。
ラウラにとって、どうしてもあの石が必要だった。石がないと、思い出せなくなってしまう。数年前にいなくなった飼い犬。去年までは鮮明に思い出せたのに、だんだんと輪郭がぼやけてきている。ぼやけた輪郭を違う記憶が補い、輪郭を歪めてゆく。本当の記憶は壺の底に沈んでいったように、取り出せなくなってきている。
あんなに好きだったのに、消えていく。壺の底は、ちゃんと塞がっているのだろうか。それとも、どこかに小さな穴が空いていて、その穴から、いずれ全てが抜け落ちてしまうのだろうか。
お姉ちゃんのことを忘れたくはない。
それでも記憶は完全じゃない。きっといつか忘れていく。もし私が忘れてしまうようなことがあっても、石が代わりに覚えてくれるかもしれない。繋ぎとめてくれるかもしれない。石があれば、きっと……。
「気付いたのはここだから、えーっと……」
ラウラは地面を見ながら注意深く引き返していく。すると、耳をあの音が掠った。
「あ……」
ラウラは立ち止まって、耳を塞ごうとした。でも、いつもと違うのに気がついた。風を裂くような音だったはずなのに、いつの間にかきちんとしたメロディーとなって響いてくる。
聴いたことのないメロディーだった。
笛が、泣いている。
ラウラはまた歩き出した。入江に着くと、そこにはもう誰もいなかった。天日干しにされたまま放っておかれた砂の山、干し魚になる運命を待っている、引き上げられた魚の匂い。この入江だけ、世界が隔絶されている。自分一人だけが存在しているような孤独感が襲ってくる。
二人で座っていたところに、あの色付き石が落ちているのを見つけた。ラウラは少ししゃがんでそれを拾うと、また耳を澄ませた。
ピューピュロロロロ……
穏やかだった湖が突然波打って、さざ波をたて始める。水がラウラの足元まで、押し寄せてきそうに思えた。
「おしまいまで聴いたら……?」
どうなるのだろう。
笛の音はどこから鳴っているのだろう。
ラウラは引き寄せられるように歩き始める。
湖沿いに進むと、メロディーが段々と聞き取れるようになっていく。やっぱりこの先に、音の中心がある。
しばらく進むと、方角が変わって、森の中から聞こえてくる。新緑の木の葉が風に揺さぶられている。このあたり一帯は、砂利道が敷かれて、手入れされているようだった。
その細道を辿っていくと、微風が吹き、白いものがはためくのが見えた。ラウラは息を飲んで立ち止まった。
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