第11話  田楽狭間①

「くそっ、何なんだ。」

 周りを鎧武者に囲まれている男は悪態をつく。何体の鎧武者を打ち倒したのか見当もつかない。

「ご主人様、ここは一旦撤退いたしましょう。先程からレーダー及び重力センサーにノイズが観測されています。なにか異常な事態が発生している可能性があります。」

 オペレーターの緊迫した声。

「そんなこと言ったって、こいつら何とかせにゃ逃げれんがー。」

 男は火力を自機の前面に集中させた。細い道が前に開かれていく。

「ヨッシャ。このまま行きゃー。」

 機体はバーニヤをふかして加速する。鎧武者が後ろに置いていかれる。30秒ほど経ったろうか、細い道が突然切り開かれ視界の先の小高い丘の上に何かが居た。

「ご主人様、前方に敵ユニット確認。ノイズがひどく詳細情報は不明。」

「アイツを倒してジ・エンドだぎゃ」

 進路変更する必要もなく一直線に目標に向かって突っ込んでいく男は、次第に目の中で大きさを増す敵の姿に違和感を覚える。敵は鎧武者に担がれた輿に乗っている。目を凝らすと輿の上に乗っているのは公家だ。液晶画面でしか見たことがない、教科書にちょこっと載っている挿し絵そのままの公家だ。

「なんだありゃ」

 つぶやきがもれる。バーニヤの火は小さくなり機体にブレーキがかかる。公家はニヤッと笑った。

 雅な着物が破れていく。そして中から胸白の鎧が現れる。烏帽子はいつしか金色の五枚兜に替わっていた。その様を男はただじっと見ている。公家だった鎧武者は輿から降りた。顔に浮かんだ笑いは憎悪に代わっている。

「ご主人様、早く退避を!」

 悲鳴にも似たオペレーターの絶叫が男に届いたのか届かなかったのか知る由もない。機体は壱尺八寸の太刀によって唐竹割にされた。

 後に残ったのは点滅する明かり”LOST”



 晴れた日だった。特に変わったこともなく普通に出勤していく。箱の中も平和なもんだった。フォレストガーデンが実装されてから十日程経つが(日本標準時)、明らかにINしているプレイヤー数が増えている。もう家を購入したプレイヤーも出ている。俺もいずれは買おうかなとボンヤリ考えている。

 とりあえず俺は箱の中で戦闘に明け暮れていた。空間を突き抜けていくあの爽快感、群がる敵に突っ込み端から消していく様式美、まさにテトリス(古いなー)。退屈な日常を必死に埋めていた。ここが俺のリアルなのだと。充実した時間を過ごしていた。おっ、お金も貯まってら。



「なんか社長の面談があるらしいぞ」

 同僚が話しかけてくる。適当に応対しいそいそと帰宅する。日常の出来事にほとんど関心が無くなっていた。それから二日後、その時はやってきた。上司が呼ぶ。

「朝永、社長がお呼びだ。」

 へっ、ほんとに面談するんだ。俺は上司の後ろを特に考えもなく歩いて行った。その先に待っていたものは、

「君の営業職としての仕事は今月までだ。」という単刀直入な社長のお言葉だった。続けて今度はなんとも慈悲深き言葉が飛んでくる。

「倉庫管理員を新しく雇う予定がある。そのポストなら君が臨めば優先的に採用しよう。ただし三ヶ月の使用期間を経て正式契約を結ぶことになるが。」

「あの、それ以外の部署は・・・」

「そこしか空きがない。」

 これってリストラ?そう、リストラクチャリングなのだ!何秒沈黙したんだろう。やっとの事で出た言葉。

「・・・少し考えさせてくれませんか。」

「いいだろう。有給が残っているなら休んでもいいぞ。雰囲気を変えてみると色々考えが湧くだろう。」

 俺は続いて上司に呼ばれ少し話をし、有給休暇を申請し会社を出た。こんな時間に会社を出るなんて、初めてだ。今日は電車で来た。ぼんやりと歩いているとバス停が見える。あ、そうか。バスでも帰れるんだ。ちょうどやってきた。吸い込まれるように乗車口を登る。中は空いていた。時間帯的に逆方向が混むのだろう。

 窓際に座り外を見る。見慣れない光景が次々とやって来るが、俺はそれを認識できなかった。頭が動いてない。突然降りたくなって【次止まります】ボタンを押した。降りると目の前は鶴舞公園だった。公園の中を歩いて行くと大きな噴水がある。ベンチに座り勢いよく水を噴き上げる噴水を眺めていた。ずーっと。

 ボーッとしていても腹はへる。体は正直だ。リュックを開けて朝買っておいたパンを出した。なんか必死に食べる。口輪筋がやたらと動く。刺激が脳に伝わる。ブドウ糖が血中に放たれ、これまた脳に至る。止まっていた頭がクルクル回り出した。

 リストラされたー!!!頭に響く声なき声。何度も何度も響き続ける。目は噴きあがる水を睨んでいる。いつまでも、いつまでも…

 どれくらい経ったかな。分かんないな。ゆっくり立ち上がった。足は自然と家に向かっていた。

「あら、あなた。今日は早かったのね。」

「あ、あ。」

「夕飯セットは冷蔵庫のなかにはいっているから、チンして食べて。洗濯機回してるから干すのお願い。今日から私、夜勤のバイトだから。協力よろしく。少し寝るわ。」

 そう言って妻は布団に入っていった。まだ夕飯には早い。テレビを点けるとすかさず妻の一言。

「ねー、私寝るって言ったわよね。聞こえなかった?」

「あ、ご、ごめん。」

 すぐにリモコンを操作する。部屋に低く響くのは普段は聞こえない冷蔵庫のモーター音。静かに服を着替え、そっと玄関を出た。どこに行こうか…なんとなく歩いていく。近くのスーパーに入りジュースを買ってイートインに座る。

「箱に入りたいな。」

 まだ妻が寝てる。早く夜勤に行ってくれないかな。すぐにでも箱に入り空を飛びたかった。スカッとしたい。

 なんとか時間をつぶし家に帰ると子供たちも帰ってきていた。夕飯セットを食べている。

「今日は学校どうだった?」

「別に。特にないよ。」

 そっけない返答。

「明日試合で長久手行くから電車賃ちょうだい。」

「お母さんにいいな。」

「寝てるじゃん。」

 はーしょうがない。財布からなけなしの千円札を取り出す。

「ほら。もっていきな。」

「はーい。」

 もらったらすぐに立ち上がり、自分の部屋へと帰ってゆく。息子はそんなもんだ。

 俺も夕飯セットを冷蔵庫から取り出し、レンジに入れた。1分後チーンと音がして。ターンテーブルが止まる。お皿を取り出して食事の準備。

 妻が起きてきた。

「なかなか寝れないわね。もうちょっと静かにしてほしいわ」

 俺は静かにしてる。息子たちに言え。

「洗濯物ほしてくれた?」

 あ、ヤバイ。忘れてた。でもお前寝てたからうるさくできないじゃん。気を遣って外に出てたんだよ。

「食べたら干してね。」

 無表情で告げられた。

「あ、電車代たてかえたから頂戴。」

「いくら?」

「千円」

「ほんと、毎回毎回電車代渡さなくちゃいけないなんて困ったわ。貯金ができないじゃない。あなた、たまには出してよ。」

 無理でしょ。給料そのまま横流ししてるのに。

「もっと稼ぎがないと苦しいわ。ねえ、副業する気はないの?」

 夜勤もあるのに副業は難しいだろ!そう思いながらご飯を食べる。妻はそれ以上何も言わず風呂場に向かった。あ、そうか。リストラされたんだ。副業どころか本業がなくなったんだ。

 妻は仕事に向かった。子供たちがテレビを見ている。俺も。ただし頭の中は、こいつら早く寝ろ!その思いしかない。

「お前たち、まだ寝ないのか。父さんもう寝たいんだけどな。静かにしてくれんか」

「まだいいじゃん。」

「明日部活の朝練じゃないのか。早く寝なさい。」

「はーい。しょうがないな。」

「しょうがないはないだろう。体がもたんぞ。だいたい運動部に…」

 無言で子供たちは立ち上がり自室に向かう。もう反抗期に突入している。小さいときは可愛かったのに、大きくなってきた息子はだんだん憎たらしくなってくる。口を開ければ腹減った、金ちょうだい。お前たちは単語数がたりないのか。

 息子たちの動きを気にしながら、そそくさと和室に入り【箱】を取り出しセッティングする。待ち遠しい、【箱】の中が。早く、早くイータのコクピットに座りたい。跳びたい!!

 30分待った。とてつもなく長かった。ブリッジについた瞬間叫んでいた。

「愛李ー!スカッとする戦場だ。すぐに探せ。」

「畏まりました。マスター、GMからメールが届いております。戦場を検索している間に目を通しておいてください。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 FROM:GM

 件名:田楽狭間における異常事象のお知らせ

 プレイヤーの皆様にお伝えします。数日前よりバトルフィールド『田楽狭間』において重力波及びレーダ波の異常がたびたび観測されております。原因は目下調査中でございます。戦闘の際はお気を付けください。

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 なんともそっけないメールだ。だいたいGMってどこにいるんだ?なんて考えてるうちに、なんか腹が立ってきた。

「愛李、ここだ。田楽狭間に向かえ。」

「先ほどのGMからのメールにはなんと書かれていたのでしょうか。」

「なんか異常なことが発生しているらしい。」

「…原因は特定できているのでしょうか。」

「しらん。」

「マスター、よろしいのですか?スカッとする戦場にはならない可能性がありますが…」

「いい。行け。」

「了解しました。田楽狭間に進入します。」

 ばっかやろう。何が異常だ。俺の生活が十分異常だっちゅうの!!!ささくれだった、むしゃくしゃした気持ちが俺を突き動かす。あーくそっ。

 【田楽狭間】は今川義元が織田信長に打ち取られた場所として有名だ。桶狭間のほうが名前としては全国区か。豊明市と名古屋市緑区が我こそ古戦場跡であると争っているが 近仲良くなったとかどうとか。

 とにかく歴史の分水嶺的な由緒ある場所がバトルフィールドになっている。侵入するとそこは桶狭間古戦場伝説地(公園)だった。

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