罪の告白

三鹿ショート

罪の告白

 感情に身を任せて行動した結果、私は一人の女性の生命を奪った。

 彼女に対する罪悪感を一秒たりとも忘れたことはないが、その死体が他者に発見されることがないように処理したことを考えると、説得力は無い。

 それでも、私は起床するたびに、謝罪の言葉を吐きながら頭を下げている。

 彼女に対する罪悪感を抱き続けたとしても私の罪が消えるわけではないが、開き直って平然と日常を送る人間に比べれば、私は良い方だろう。

 だが、罪を犯したという点においては、何も変わらない。


***


 ある日、空が黒く染まった。

 それは曇り空などというわけではなく、無数の黒い何かが上空を埋め尽くしているためだった。

 それらはゆっくりと地上に降り立つと、呆けた様子で眺めていた人々の眼前まで移動していく。

 私の眼前にも現われたため観察してみると、相手は顔面に仮面を装着し、頭部から足の先まで覆う外套のようなものを身につけ、手袋を嵌めていることから、人間に似た存在である可能性は高いようだ。

 何も語らずに立ち尽くしている相手を眺めていると、不意に頭の中で何者かの声が響いてきた。

 聞いた者を震え上がらせるような重々しい声色で語られた内容は、眼前に立っている相手に、己の罪を告白しなければならないということだった。

 何故そのようなことをしなければならないのかという疑問を抱くことは、当然だろう。

 それを予測していたかのように、声の主は語った。

「明らかにならなくとも、犯した罪というものは存在している。それを白日の下にさらすことなくのうのうと生きているということは、被害者にとって不平等以外の何物でもないからだ」

 つまり、しっかと罰を受ける必要があるということなのだろう。

 しかし、素直に応ずるのならば、悪事が露見することがないように苦心したわけがない。

 私と同じようなことを考えていたのか、近くに立っていた男性が虚空に向かって叫んだ。

「何処の何者かは不明だが、生命を奪うことが出来るものならば、やるが良い。姿を見せずに偉そうに語る臆病者など、恐れることはない」

 男性の言葉に呼応するかのように、再び例の声が聞こえてきた。

「罪の告白をするつもりがないということか」

「告白するも何も、何もしていないからだ」

 男性がそう告げると同時に、男性の眼前に立っていた黒い存在が動き始めた。

 手を男性の首の位置まで移動させると、それを左から右へと動かした。

 相手は男性に触れてはいないが、その動きが終了すると同時に、男性の頭部が地面に落ちた。

 噴水のように放出される赤い液体に、人々は叫び声をあげる。

 だが、人々の反応に構わず、声の主は続けた。

「私が何も知らないとでも思ったのか。今の人間は、かつて交際相手の子どもを虐待し、その生命を奪っただけではなく、口封じとして交際相手をも手にかけた。それほどの罪を告白しないとは、被害者に対する罪の意識が無いにも程がある」

 人々はその場から逃げ出していくが、それを追うかのように、黒い存在もまた移動していく。

 何処へ逃げたとしても、罪の告白をしなければ、常に刃物を突きつけられているかのような生活を送ることになるのだろう。

 私は眼前の黒い存在を見つめた後、虚空に向かって問うた。

「罪の告白をした場合、その後はどうなるのですか」

「実行すれば分かることだ」

 それだけ答えると、例の声が聞こえてくることはなくなった。

 先ほどの男性の末路から、罪の告白をしなければ己の生命が奪われてしまうことは明らかである。

 しかし、他者に私の罪を聞かれてしまうことは避けたかったため、

「私の家に、場所を移動しても構わないでしょうか。其処で、必ず罪の告白をします」

 眼前の黒い存在に声をかけると、相手は小さく頷いた。


***


 自宅に戻ると、私は正座をしながら、自身の罪を告白した。

 それはもちろん、彼女の生命を奪ったということである。

 私という恋人が存在しながらも、他の異性と親しくしている彼女を、私は許すことができなかった。

 彼女が私を裏切るような人間では無いと知っていたにも関わらず、彼女が他の異性に笑顔を向けることが、私には我慢することができなかったのだ。

 それを正直に伝えると、彼女は私に対して、嫌悪感を露わにした。

 醜い嫉妬を目にすれば、そのような反応は当然のことだろう。

 だが、私は彼女に否定されたような気分に陥った。

 気が付けば、私は彼女の首を絞めていた。

 彼女は苦しげな表情で私の腕を叩いていたが、私が力を緩めることはなかった。

 やがて、彼女は動かなくなった。

 しかし、それだけで私の感情が落ち着くことはなく、私は彼女の死体をさらに傷つけた。

 台所に置いていた包丁で彼女の肉体を数え切れないほどに刺していき、取り出した内臓を近所の烏に差し出した。

 ようやく落ち着いた頃には、自身の異様な行動に恐れおののき、私はその場で嘔吐した。

 だが、何時までも弱っているわけにはいかなかった。

 彼女の死体を処理しなければ、私の人生も危ういからだ。

 その処理をしているときも、私は彼女に対する罪悪感を抱き続けていた。

 それは処理が終了した後も続き、現在に至る。

 私が告白を終えると、眼前の黒い存在は仮面を外した。

 現われた顔を見て、私は驚きを隠すことができなかった。

 仮面の下にあった顔は、彼女だったからだ。

 目を見開いている私に向かって、彼女は微笑を浮かべると、文字通りその姿を消した。

 久方ぶりにその笑顔を見て、私はあれほどの素晴らしい笑みを浮かべていた愛する人間を殺めてしまったのかと、自分で自分の首を絞めたくなる衝動に駆られた。

 しばらく泣き喚いた後、やはり罪は償う必要があると考え、私は然るべき機関へと出頭することにした。

 しかし、その場所は、首が無い死体で溢れていた。

 私が己の罪を認めたにも関わらず、取り締まる側の人間が認めようとしなかったということは、何とも皮肉な話だった。

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