後編
「おぉ……コタツだ!」
それが、私の部屋に入った華の第一声だった。予想通りの反応に心の中でガッツポーズをする。いつもは振り回されてばかりだから、こういう時は勝ったような気分になった。
「今日華が来る予定だったから、いつもの机をコタツにしといた」
「でかした!」
華は吸い込まれるように、コタツの中に入る。手も中に入れ、顎をコタツの上に乗せる。「ふへぇー」と溜息まで吐かれると、温泉にでも入っているように見えた。
私は部屋の暖房を入れると、勉強机の引き出しから紙の束を取り出した。
「……それって例の小説? もう書けたの?」
華が紙の束を見て尋ねる。私は頷くと華の向かいに座った。
「テスト期間中に書いてたの? ちゃんと勉強してた?」
華はからかうように訊いてくる。「ちゃんと勉強もしてたよ」と私は苦笑いを浮かべた。
「何て言うかさ、忙しい時の方が創作意欲が沸いてくるんだよね。暇なときは本当に、何もしたくなくなっちゃって……」
「ああ……それは何となく分かるかも。今の私も何もする気が起きないし……」
コタツに入ってだらけ切った顔をされると、説得力がある。このまま本当に何もせず寝てしまうのではないかと一瞬不安になったが、華はコタツから手を抜くとプリントアウトした小説を受け取ってくれた。
「じゃあ、拝見するね」
「うっ……うん」
紙の束といっても10枚ちょっと。文字数にして1万5千くらい。読み終えるまで、せいぜい10分ぐらいだろう。
手持ち無沙汰な私はスマホを弄っていたが、目の前の華が気になって、こっそりと彼女の表情を窺っていた。
今日みたいに華に小説を読んでもらったことは、何度もある。今でも恥ずかしさはあるが、読者の顔が見えるというのは結構安心する。狙ったところで驚いたり笑ってくれたりすると、作者としては嬉しい。華のアドバイスも結構的を得ていると思う。私は秘密を打ち明けられたあの日から、ネットの誰かよりも華に読んでもらいたくて小説を書いていた。
華が今読んでいる女の子同士の恋愛ものも、彼女が喜んでくれそうだから書こうと思った。
小説を書く参考にしたいからと恋人ごっこをお願いしたのも、少しでも彼女と同じ景色を見たかったからだった。
動機が不純だろうか? その上私は、恋人『ごっこ』と付けてしまった自分にも、『ごっこ遊び』をノリノリで引き受けてくれた華にも、モヤモヤした想いを持っていた。引き受けてくれたのに不満を持つとは、もはや理不尽だった。
華のことが好きなのは間違いない。これだけ他人に想いを寄せたこともない。
でも私は、今まで自分が同性愛者だと自覚したことはなかったし、この想いが恋愛感情なのかまだ自信が持てなかった。
――私は、華のことが……。
「つっきー」
小説を読み終え、顔を上げた華と目が合った。私は考え事をしていたせいで、一瞬反応が遅れてしまった。
「……あっ、読み終えた?」
「うん。何かぼーっとしてたみたいだけど、大丈夫?」
華は小首を傾げる。さっき考えていたことを見透かされそうな気がして、私は視線を逸らしながら小説を受け取った。
「ちょっと疲れてたかもしれないけど、平気。それでどうだった?」
適当に言い訳をして話題を変える。華は穏やかな顔で微笑んだ。
「今回も面白かったよ。情景が自然と頭の中に浮かんできて……主人公の心理描写も良かったと思う。あと一歩のところで告白できないところとか、ちょっとドキドキしちゃったよ……」
物思いに耽っているのか、華は目を閉じる。喜んでくれたみたいでほっとした。
「もう少し推敲はしようと思うけど、ほぼこれで投稿しようかな。じゃあ、一緒にゲームでも……」
私はゲーム機を取ろうとコタツから出ようとした。
だが、華から「待って」と呼び止められた。目を開けた彼女は、頬を少し赤くしていた。
「つっきー、さっきの小説のことなんだけどさ……」
「誤字とか気になるところとかあった?」
「そういうのじゃなくて……小説ともやっぱり関係ない……いや、なくはないけど……」
何だか言っていることが要領を得ない。華は言葉を上手くまとめられない、というよりも、言おうかどうか迷っているようだった。
秘密を打ち明けてくれた、あの時の反応と似ている気がする。
やがて覚悟決めたように、華は私の顔を見つめながら言った。
「つっきーはさ、もしかして……私に片思いとかしてる?」
言い方こそ疑問形だが、華の顔はほぼ確信を持っているようにも見えた。
「……どうして、そう思うの?」
私は動揺しながらも、平静を装って聞き返す。華は小説の方へと視線を向けた。
「私達って、小説を書くために『ごっこ』だけど恋人になったんだよね? でも、この主人公は恋人になれず、結局片思いのままで終わっちゃったからさ……つっきーも私と一緒の時は、そんな風に思っていたのかなって……」
どうなの? と言いたげな顔で、華は私を見つめてくる。彼女の視線から逃れられる気がしない。痛いところを突かれたなと思った。
華とのやり取りを参考にして書いたのなら、確かに恋人にならなければおかしい。どうやら私はごっこ遊びの設定よりも、無自覚に自分の気持ちを主人公や物語に反映させていたみたいだった。
私は昔から、言葉で想いを伝えることが苦手だった。
だから小説を書こうと思ったのかもしれない。誰かに伝えたい想いがあったから。
でも今は――『誰か』ではなく、目の前の『あなた』に伝えたい。
――やっぱり、私は華のことが……。
「……そうだよ。私は華のことが好き。片思いしてる。だから……」
「……」
華は黙って続きを待ってくれた。
沈黙が怖い。関係が変わってしまうことが怖い。小説と違って編集することもできない。
でも自分の気持ちを自覚してしまった以上、言い訳をして逃げるわけにもいかなかった。
華だって悩んだ上で訊いてきたのだ。その想いにきちんと答えるべきだと思った。
「だから……私と『ごっこ』じゃなくて、正式に恋人になってくれますか?」
私もまっすぐに華を見つめ返す。華は頬を赤くしたまま、楽し気に笑った。
「バカだなぁ……つっきーは」
「……バカって」
私は頬を膨らませて怒る。華と違って似合っている気はしない。華はますます可笑しそうに笑いながら、私の隣までやって来た。
顔を……いや、口元を私の耳元に近づけてささやく。
「告白してくれてありがとう。私だってその気がなかったら、恋人ごっこすら引き受けなかったよ」
頬に柔らかい何かが触れた。
キスされたのだと、遅れて気が付いた。
「これからは、『恋人』としてよろしくね。つっきー」
「…………うん」
感情が遅れながらも、少しずつ実感が湧いてくる。私は頷くだけで精一杯だった。
ふと窓ガラスを見ると、顔を真っ赤にした私達が写っている。華も私の視線に気が付き、同じ方に顔を向ける。窓を通して、見つめ合って2人で笑いあった。
雪はまだ降り続いている。
相変わらず音もなく、私達を静かに見守っている。
今年は少しくらい、積もってくれそうな気がした。
この雪が積もってくれたらいいのにな 白黒灰色 @sirokuro_haiiro
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