第一話 鳥喰式久遠強化大作戦
1-1 襲撃の鳥と逃げたい猫
朝日がカーテンの隙間から差し込んで、視界が明るくなった。眩しさに目を細めた久遠は布団にもぐりこみ日差しを避ける。
自分を呼ぶ声がする。続いて体がゆすられる感覚。
寝ぼけた思考のままヨルかなと考える。猫には人間の都合なんて関係ないので、夜中だろうと早朝だろうと起こしてくる。久遠の寝不足なんてお構い無しだ。
「ヨル……俺、まだ眠い……」
「ヨルって誰?」
ニャーではなく人間の声が返ってきた。半分夢の世界にいてもおかしいことに気付いた久遠はノロノロと布団から顔を上げ、自分を覗き込む真っ赤な瞳と目があった。
逆行で顔がよく見えない。久遠が寝転がっていることもありやけに大きく見える。それは自分をまるごと飲み込もうとするケガレのようだった。それがニヤリと笑う。
「うっわああ!?」
「て、敵襲!!!」
久遠の悲鳴があがると、間髪入れずに守の声が隣から響いた。ドタバタと盛大な音がして部屋のドアが勢いよく開かれる。
「久遠様!! ご無事ですか!!」
寝起きらしくパジャマ姿なうえ髪が乱れた守が、薙刀を持って飛び込んでくる。寝起きとは思えない鬼気迫る表情。部屋に薙刀置いてるのという突っ込みをする余裕もなく、薙刀の切っ先が赤い目の侵入者に向けられた。
久遠が待ったをかけるまもなく突き出された刃先を、侵入者は体を傾けることで軽くさけ、柄の部分を素手で掴みながら立ち上がる。
「おっはよー! 守! 朝から元気だな!」
聞き馴染んだその声と、立ち上がったことで見えるようになった姿に久遠は目を丸くした。薙刀を掴まれたままの守も固まっている。
「しょ、生悟さん!? なんでここに!?」
そこにいるのは狩装束に身を包んだ鳥喰筆頭、鳥喰生悟。面を外しているために赤い瞳も表情もよく見える。驚きに固まる久遠達を見て、不思議そうに首を傾げる姿もはっきりと。
「窓開いてたから」
「そんな理由で!?」
久遠の驚愕の声に生悟は深く頷いた。悪気は一切ないらしい。
これは斬った方がいいと判断したのか守が薙刀に力を込めるが、こんなワケ分からない理由で突撃してきても相手は筆頭。普通に片手で押さえつけられて守のプライドやら理性やらがボキボキ折られる音がした。
「あ、朝陽さんは!?」
生悟よりも話が通じそうな相手ということで、いつもクールな生悟の守人、高畑朝陽の姿を久遠は探した。生悟が狩装束でこの場にいるのだから朝陽だっているはずだ。いや、いてくれ。
「呼びましたか?」
そんなカオスな状況には似つかわしくない、静かな声と共に、守人用の狩装束を着た朝陽がドアから入ってきた。
ドアから。
「そこは窓からでしょ!?」
久遠の叫びに朝陽は、何を言っているんだという顔をする。
「窓から入るなんて非常識な真似しませんよ。道永さんと要さんがびっくりするじゃないですか」
「えっ、朝陽、俺のこと非常識っていってる?」
「生悟さんは非常識でも余りある、愛されオーラがあるので許されます。生悟さんの代わりに俺が道永さんと要さんに許可を取っておきましたので、こちらも問題ありません」
「止めてくださいよ!!」
どうりで久遠の悲鳴を聞いても要が駆け込んでこないわけだ。生悟がいつから部屋に侵入していたかはわからないが、久遠が叫ぶよりも先に朝陽が道永と要に事情を説明しに行ったのだろう。
要は渋い顔をしただろうが、真面目そうに見えてお茶目な道永は笑いながら許可したに違いない。久遠の悲鳴を聞いてクスクス笑っている姿が目に浮かぶ。
「そうですよ! 非常識と分かっているなら止めるべきでしょう!」
生悟に薙刀を掴まれたままの守が唸りながら朝陽を振り返る。その通りだと久遠も心の中で同意した。
「守、久遠様が寝起きドッキリやってみたい!! って目をキラキラさせている姿を見て、止められる?」
守は薙刀から手を離し、顔を両手で覆った。
「と、止められません……」
「いや、止めてくださいよ!! そこは殴ってでも!」
「寝起きドッキリしたがる久遠とか想像できないもんなー」
「きっと、取り憑かれてるでしょうから、正気に戻すためにも一発殴るのは必要かもしれませんね」
オーバーリアクションで崩れ落ちる守、呑気に話す生悟と朝陽を見比べて確信した。完全に遊ばれてる。守のリアクションが大げさで面白いからとからかわれている。これが年上のすることか。しかも早朝に窓から侵入してまで。
「寝起きドッキリは成功したんですから帰ってください!! 俺は二度寝します!!」
勢いよく布団を被った久遠だったが、無慈悲に布団は剥ぎ取られた。見上げれば、久遠から取り上げた布団を持ち上げながら、生悟が笑っている。
「寝起きドッキリはついでで、本番はこれからなんだ。寝られると困るんだよなあ」
「本番?」
「俺が寝起きドッキリしたいって理由だけで来たと思ってる?」
「思ってます」
ハッキリ答えると生悟がなんとも言えない顔をした。それは一瞬で笑顔に変わる。切り替えの速さに久遠が戦いている間に布団を放り投げた生悟は、ひょいっと久遠を持ち上げた。
「久遠、朝練しようぜ」
「えっ……」
「初陣であの動きができるなら、鍛えればもっと色んなことが出来るようになる。楽しみだな〜」
「きっと素晴らしい猫狩様になれますね。そう思うでしょ、守も」
「久遠様ですからね! 間違いありません!」
守はそういって胸をどんと叩く。その顔は期待と希望に満ち溢れていて、室内とは思えないほど輝いていた。明るい外よりも暗い部屋に馴染んだ久遠には眩しすぎて思わず目を手で覆う。
その隙を生悟が逃すはずはなく、久遠を持ち上げたまま高らかに宣言する。
「久遠強化大作戦だ!」
朝陽は無表情のまま拍手。逃げられない空気に久遠の顔が引きつった。助けを求めようにも守は乗り気だ。久遠様ならできますよという純粋無垢な眼差しで固く拳を握りしめている。やめてほしい。
「じゃ、運動しやすい服に着替えて居間に集合な!」
観念したと感じ取ったのか、あっさり久遠を降ろした生悟は、軽い足取りで朝陽が入ってきたドアから出ていった。その後に朝陽も続く。残されたのは役目を果たせなかった薙刀と、久遠の砦にはなってくれなかった布団。
「どんな鍛錬なんでしょう! 楽しみですね!」
寝起きとは思えないやる気一杯の守。
運動とは無縁のインドア、帰宅部、引きこもり人生を送ってきた久遠はこれから始まる運動。どころか、化物を殺すための鍛錬に思いをはせ、これが夢だったら良いのにと乾いた笑みを浮かべた。
ビーストリー <2 遊ぶ猫> 黒月水羽 @kurotuki012
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ビーストリー <2 遊ぶ猫>の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます