第8話 大団円
そんな会話をしていると、自分が過去に行ったことは、
「まったくの無駄だった」
と言ってもいいのかも知れない。
それを門脇にいうと。
「そんなことはないさ。お前が過去に行って、実際に見てきたことが無駄足だったということでもなければ、タイムマシンというものが、ただの便利な道具という認識で、その危険性を予見することなんかできないのさ。これは、予言ではなく予見なのさ。予見というものは、絶対に必要なものであり、危険を察知するために必要なものなんだ。もし、今回の君の行動は決して無駄ではない。ある意味、この世に本当に無駄なことなんか、あるのだろうか? と考えてしまうくらいだからね」
と、門脇は答えたのだ。
「俺はこれから、どうすればいいんだろう?」
と、ボソッと松岡が言ったが、
「どうすればいいか。考えてみるといい。ただ、今の前のめりな発想は少し考え直した方がいいかも知れない」
と言ってきた。
「そうなんだよな。俺が下手に騒ぐとロクなことがないような気がする。特に、今回はどうしても一番最初に行動してしまいそうで、自分でも怖いと思っているんだよ」
と、松岡は言った。
「あまり気にしすぎない方がいいと思う。とにかく、過去の垢を落とすというもの必要なことで、しばらく研究室も休んだ方がいいかも知れないな」
と言われたが、
「そうなんだ。研究所の方からも、今は何もちょうどないので、ゆっくりしていいとは言われているんだけどな」
と言った。
「じゃあ、お言葉に甘えて、ゆっくりしていればいいよ」
と、門脇がいうので、
「分かった。そうする」
と、簡単に引き下がったのだ。
その日は、そのまま夕食を食べて、すぐに帰宅した。
夜のしじまが降りていたが、思ったよりも、メイン道路は交通量が多い気がした。真っ暗な中、たくさんの車がヘッドライトを照らして走っているのを見ると、ライトの明かりで頭の中が混乱してくるような気がしたのだ。
「そういえば、タイムマシンに乗っている時の、タイムトンネルってどんな感じなんだろうな」
と感じた。
タイムマシンというのは、あっという間にその時代に到着する、それまで目の前にあったものが、光を発し、真っ白になったかと思うと、今度は暗黒の世界から、次第に明るさがよみがえってくる。それが、タイムトラベルをしたという証拠だったのだ。
時代が一か月ほどしかさかのぼっていないので、目の前の光景がそんなに分かることはない。ほとんど、同じ光景であり、それは、まるで夢から覚めた時、現実に引き戻された時のような感覚だった。
「タイムトラベルなんかしていない」
と言っても疑問に感じないほどだ。
むしろ、
「時空を超えたんだ」
と言われた方が違和感があり、自分で何を感じているのか、錯覚を覚えない方がおかしな気がするくらいだった。
一人になって、目を瞑ると、あのタイムマシンの中でのことが思い出される。
「未来はもちろんのこと、一瞬にして、過去に行けるなどということを味わった人間は誰もいないんだ」
と感じたが、それもおかしな話の気がした。
「今タイムマシンが存在しているわけだから、未来においては、タイムトラベルは可能になっているのだから、たくさんの人がタイムトラベルをしてもいいはずだ」
と思ったからだ。
確かに未来の人間のタイムトラベルなのだが、その人が過去に行った場合、その人は過去の人なのか、未来の人間なのか分からなくなってしまう。過去に戻って、自分が未来から来たということを示して、過去の人間が信じたとすれば、そのタイムマシンを、その過去の人間が扱うこともできるのではないだろうか。
そんなことを考えていると、頭の中が混乱してきた。
「一体何を考えているんだろう? 研究所のいうように、ゆっくりしていればいいのに」
と思っていた。
だが、タイムマシンを使ったのは、この機械では、自分だけである。
もちろん、M大学のタイムマシンも誰かが使ったのだろうが、それがそんなマシンなのか、実は見たことはなかった。
実際にプレス発表の時でも、
「タイムマシンの実物は、今回諸事情があってお店できませんが、いずれお見せすることができるはずです」
と言っていたのを思い出した。
しかし、これが不思議なのだが、自分がタイムマシンで、過去に戻ってから、何もせずにこっちに戻ってきた時、
「M大学のタイムマシンは、最初から公開されていたはずだけど?」
という研究員がいた。
「そんなことはないだろう。だって、プレス発表の時、諸事情で公開できないので、いずれ機会があればと言っていたんじゃなかったかい?」
というと、研究員は笑って、
「何言ってるんだよ。そんな馬鹿なことがあるわけないだろう、タイムマシンを開発したといって、実物を見せられないなんて、絶対に騒動になるだろう? いくら何でもそれくらいのことは分かるよな}
と言われて、
「そうだよな。どうしてそんな当たり前のことが分からずに、そんな風に思い込んでしまったんだろう?」
というと、
「洗脳でもされていたんじゃないか?」
と笑って言われたが、そういえば、あの発表の時、自分のまわりにいる人たちは皆洗脳されたかのように、顔色も悪く、何を考えているのか分からないと言った感じだった。
それほど、タイムマシンの開発がセンセーショナルなものなのだろうと、思ったからだった。
洗脳された人間は、まるで宗教において、洗礼された時と同じような感覚なのではないかと思えた。
宗教にはいろいろなタブーが存在するが、タイムマシンの開発も同じようなものだといえるのではないだろうか。
しかも、神話の世界の神のように、決して人間よりも偉いという存在ではなく、ただ、
「人間にはない能力を持っている」
ということであったり、
「人間世界と神の世界を自由に行き来できる」
あるいは、
「支配できる」
ということから、
「神というのは、人間よりも偉く、優れたものだ」
ということになっている。
しかし、果たして、優れているから偉いといえるのだろうか。
神というのは、人間を羨ましがっている神もたくさんいる。ひょっとすると、人間になりたいと思っている神もいるかも知れない。
前述のように、人間に憧れるから、人間よりも人間臭く、嫉妬深い存在として描かれているのかも知れない。
そして、人間世界における理不尽なことや、納得のいかないことを、
「神のせい」
にして、まとめようとしているのが、神話の世界だとすれば、古代人の考えていたことが、何となく分かりそうな気がしてくるのは気のせいだろうか。
タイムマシンの存在こそ、人間が神に憧れるということの裏返しではないかと思うと、実際にタイムマシンの開発がリアルになされるというのは、どこか納得のいかないことの一つのように思えるのだった。
そんなタイムマシンについて、少し疑問が感じられるようになった。
一番の疑念は、
「一か月ちょっとで、何もないところからタイムマシンが生まれるか?」
ということであるが、確かに門脇のいうように、秘密裏にかはつうぃしていたから、分からなかったというのも一理あるだろうが、それだけではないと思えてきたのだ。
しかも、様子を見ている限りでは、開発のメンバーが入れ替わることは内容だったので、陰でひそかに研究しているのだとすれば、誰がしているというのだろう?
それを考えてみると、松岡は、
「何か、俺は嵌められたのではないか?」
という気にさせられたのだ。
タイムマシンが出来上がるということを、本当であれば話してはいけない相手である門脇に話した。門脇は予言を行い、それに伴って、疑うこともなく、松岡は過去の世界にやってきたのだ。
その時に開発されていなかったタイムマシンがあたかも、すでに開発済みであるかのように見えたのは、最初からあったものを、自分たちの研究であるかのように見せていたからではないか。
研究の発表はあったが、どんな形なのか、まだ公開されていない。だから、我々にはその正体は分かっていない。
それを、探るように言われて、自分たちが開発したタイムマシンを使って過去に行く。まるで実験もかねているようではないか。
それが本当の過去なのかどうか、パラレルワールドや、
「無限に存在する可能性」
などというものが、存在しているとすれば、それをどうやって証明すればいいのか、これも、曖昧なものである。
そうなると、すべてが、虚空を見つめているようで、人が言ったことが、すべて、曖昧に感じられたり、どこまで信じていいのか分からないという発想から、そのすべてを受け入れる体制がなければ、過去になど、いけるものではないだろう。
松岡はタイムマシンを使って過去に行った。その時、ひょっとすると、M大学の連中は、タイムマシンをK大学が開発するということを知っていて、自分たちが開発できるように、松岡を使って、過去に行かせた。
そして、そのタイムマシンを、降りて、過去の世界を調査している松岡をしり目に、隠してあるタイムマシンをちょっと使って、さらに、過去に持って行ったとする。
そのタイムマシンをコピーする形で、設計図のようなものを作ることができるという開発を、実はM大学はひそかに完成させていた。
そして、松岡の知らない間に、さらに過去に設計図を作られ、それをひそかに研究していたのかも知れない。
松岡がそれを知らないのは、それぞれがパラレルワールドの無限の中の可能性の一つとして存在しているからだ。
そのことを、M大学側は分かっていて、松岡を利用したのだ。
松岡が過去に行くことで、その時にそれを知っていた人間が過去にそれと分かるような伝言を残していた。それは、
「この機械はタイムマシンであり、この時代にK大学の男が滞在している間、使いたい放題だ」
ということであった。
その男は、過去からK大学がタイムマシンを開発するまでを、知っていた人物ということになる。
それが予言であり、予見だったとするならば、ここで問題になってくるのは、門脇だということになる。
「あの人がM大学のスパイだというのか?」
信じがたいと思ったが。そう考えれば、ある程度まで説明がつくではないか。
「過去に行くということは、タイムパラドックスを生むことになる。だから、自分のいうことなら素直に聞く相手を作っておいて、その人物を、予言という形で洗脳し、過去に行かせてしまえば、何とでもなる」
と思っていたのだ。
だから、開発されていないはずの過去に、自分がタイムマシンで行ってしまったことで、それまでになかったパラドックスが無限に生まれ、あたかも、
「最初にタイムマシンを開発したのは、M大学だ」
ということになるのだ。
本当は先に開発したK大学のタイムマシンを過去にやることで、その時代の人間に、そのことを予見できれば、タイムマシンを盗むなどたやすいこと。それが、門脇にとっての「予言」
というものだったのだ。
いかにして、過去の人間に未来の人がそのことを伝えることができたのか、それは、この男が予言のできる男だったからだ。
「未来から、タイムマシンに乗った男が現れ、タイムマシンを隠すので、その間に、タイムマシンの秘密を嗅ぎ付ければいい」
と助言した。
松岡に対して、タイムマシンの隠し場所まで話をしたのだから、それも予言によるものだった。
「予言がタイムマシンよりも強いということさ」
と、ほくそ笑んでいるのは、門脇だった。
彼は、パラレルワールドでは、谷口の役目をしていて、実際にはそれだけの開発能力を持ちながら、この世界では開発できない。
この世界での谷口も、今の門脇ほどの開発能力が実際にはないのだ。それなのに、二人ともタイムマシンの開発に一役も買っていないくせに、タイムマシンだけは開発される。それを嫉妬の思いで、門脇は感じていた。
だから、谷口には、
「自分で開発したわけではないのに、タイムマシンの開発者としてもてはやされることのもどかしさを味わってもらいたかった」
と思った。
普通の人であれば、実際に開発もしていないのに、名声を得られることは嬉しいのだろうが、彼は開発者である。
「開発者には、そんなぬか喜びのようなものは必要ない」
と思っているだけに、門脇の思惑は功を奏することだろう。
松岡に対しては、さらに嫉妬心を持っていて。何と言っても、自分の与えたヒントを開発に結び付けたのに、それをなぜか先を越されてしまい、しかも、それを阻止するためと称して、門脇の口車に乗り、まんまと、門脇の思い通りに事を運ばせてしまった。
今は、二人ともその事実を知らないが、そのうちに次第に知ることになる。
そもそもタイムマシンというのは、短命であり、その開発はタブーなものなのだ。それを教えてくれたのは、タイムマシンがこの世に出たこの時のことが、いずれ分かることで、世の中の人も、
「このような無限の可能性を冒涜するようなマシンは、あってはならない」
ということになり、その時現存のタイムマシンは取り壊され、開発は、ロボット開発と同様、絶対に不可になったのだ。
「無限の可能性への冒涜」
そんなことは最初から分かっていたはずなのではなかったのだろうか……。
( 完 )
無限の可能性への冒涜 森本 晃次 @kakku
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