第7話 過去の代償
松岡は、タイムマシンの開発には直接かかわっていない。あくまでも、助手程度のもので、ヒントに当たる部分を証明するための検証を考える立場だった。
門脇の助言で、その検証は、この大それた計画でできるのではないかと思うのだったが、松岡は、このことをしばらく誰にも言わないようにしていた。
そもそも、M大学が先にタイムマシンを開発するということも、オフレコなのだ。誰にも言ってはいけないと言われているだけに、誰にも何も言えないことにストレスを感じないようにするためにも、松岡は門脇の話を、自分なりに砕いて考えるようになったのだ。
ただ、計画を練るにしても、M大学の研究と、K大学の研究の内容がどのように違うのかということが前提となってくる。
まさか、まったく同じものができるわけもなく、これから自分たちが開発するマシンの機能を、とにかく知る必要がある。
「何しろ、最初に実践で使うのは、この俺が最初になるんだからな」
ということであった。
試作ともいえる最初のタイムマシンは、予算の関係もあり、小さなもので、一人乗りであった。
車のような作りだが、ずんぐりむっくりで、スピードなど出るわけもないような形であった。
スピードが出る必要はないタイプのタイムマシンで、自分で時空の穴を目の前に作り、そこに飛び込んでいくという感じである。
昔、映画であったタイムマシンのように、高速で走ることで、時速、百五十キロを突破した時のエネルギーで、時空を突破するという作りではないのだった。
この考えは、昔のものであり、今は省エネで、いかにスマートなタイムトラベルができるかということが問題だった。
昔の考え方と同じで、タイムマシンは、時空を移動することはできるが、距離を移動することはできない。設定した年数の、過去のその場所にタイムスリップするというだけだ。
そのうちに、別の芭蕉にタイムスリップできるようなタイムマシンも、可能になるのだろうが、まずは、時空だけを移動するマシンのテストから段階を踏む必要があるのだ。
そういう意味で、試作マシンは、試作の第一号であり、試作だけで大何号まで開発されることになるのかというのも、興味深いところであった。
とにかく、まずは、門脇との話に沿って、できたタイムマシンをいかに扱うかということが肝になるだろう。設計図を見ることはできるが、もちろん、持ち出すことはできない。研究所の中で必死に見て覚えるしかなかったのだ。
その頃の松岡は、
「タイムマシンで過去に行く」
ということしか頭の中になかった。
何のために過去に行くのか、過去に行って何をしようというのかということが、正直、自分の意識の中に確固たるものとしてあるわけではなかった。どちらかというと、一つのことに集中してしまうと、まわりのことがおろそかになるという性格であったため、研究者としてはいいのかも知れないが、何かの策士としては、物足りないところがあったのだ。
実際に、門脇の言っていた通り、M大学はk大学よりも先にタイムマシンの開発に成功した。それを発表したことで、当然のごとく、世の中は衝撃を受け、M大学は称賛を浴びることになった。
だが、タイムマシンの発表を行ったというだけで、本来のタイムマシンとしての、皆が期待しているような形のものができたわけではない。むしろ、これからが大変で、当然、今でもいくつかの研究室では、タイムマシンの開発が進められている。
したがって、今の開発を他の研究室はやめるわけではない。発表されたM大学のタイムマシンとは違うものを発表し、自分たちの勝っているものを競争材料として表に出すのが重要であった。
大きな目的は一緒でも、実際には細かいところの力の入れどころが違っているのは当たり前だという考えである。
さらにタイムパラドックスなどの問題もあることから、何が正解で、どこがまずいのかということも、これからの研究にかかわってくることになるだろう。
ただ、それでも、最初に開発したところが一番偉いのは、どんな発明であっても当然のことで、
「タイムマシン開発におけるレジェンドは、M大学の研究チームだ」
というのは、ゆるぎない事実であった。
タイムマシンの脚光で、開発者のチームはメディアへの露出が大きくなった。テレビや雑誌のインタビューにひっきりなしになり、彼らは、有頂天だったのだ。
しかし、その中で一人、谷口は少々怯えていた。そのことを知っている人は誰もいなかった。それだけ研究チームは有頂天になっていて、
「俺たちが、レジェンドであり、タイムマシン開発で、一歩も二歩も先を進んでいるんだ」
という意識は、当然のごとく揺るぎなかった。
K大学の方は、M大学に遅れること、一か月、ある程度のマシンが完成した。この完成は松岡にとって、待ち望んでいたものであり、他の連中とは待ち望んだ理由が違っていた。
他の連中は、
「やっと開発できたのだが、どうしてもパイオニアになれなかったのは、悔しいとしか思えない」
という気持ちを共有していた。
M大学の方は、設計図の公開まではしなかったが、自分たちのタイムマシンの特徴を、学会を通して、箇条書きのようにして公開していた。
それを見たK大学のチームとしては、
「これくらいの内容であれば、うちのマシンと同じというわけではないので、うちももう少し改良を加えれば、K大学バージョンとして発表することができるだろう」
と、責任者は言った。
重鎮会議の中に引きづり出された時は、さすがにビビッてしまった責任者だったが、逆にウワサが流れたことで、いざ発表されるとなった時には、
「やっときたか」
という程度のもので。ショックもそんなに大きくなかったといってもいいだろう。
松岡は、そんな中、すでに覚悟は決まっていた。門脇からいろいろ教わっていて、
「過去に行ったら、M大学の開発の邪魔をしてはいけない。まずは、彼らがどのような開発をしているのかを見てくるのが先決だぞ」
と言われて、過去に向かった。
その過去がいつなのかというのも、重要な問題だったが、その目安として、重鎮会議が行われた時から、さらにさかのぼって、半月前くらいがいいというのが、門脇の考えであった。
「重鎮会議は、タイムマシン開発の話がどこかから漏れて、K大学に入ったことからだろうから、その二週間前くらいが、ちょうどいいのではないか? きっと、その頃にタイムマシンというものを発表できるめどが立ったと言ってもいいだろうからね」
というのだった。
「分かった。その頃を狙って、タイムトラベルすることにしよう」
と言って、計画を自分なりに練って、松岡は過去に向かったのだ。
向かった過去では、敦岡は衝撃的な場面に遭遇するものだと思っていたが、まったくそんなことはなかった。
何と、M大学では、秘密裏に何かを開発しているという感じはなかったのだ。
タイムマシンを研究しているという研究室も存在していなかった。当然、発表できるだけのタイムマシンが開発されているという気配はない。
「どういうことなんだ?」
と松岡は、そう思い、タイムマシンとどこかに隠し、とりあえず、過去の世界を回ってみることにした。
タイムパラドックスの関係から、過去の自分と出会うわけにはいかない。K大学に近づくことは許されず、もちろん、門脇との接触もありえないことだった。
ただ、
「M大学の研究を少しでも知ることができれば」
と感じて飛んできた過去だったのに、一体どういうことなのだろうか?
松岡はその時、
「俺が過去に来たことで、歴史が変わってしまったのだろうか?」
と考えた。
ただ、それは、過去において自分が歴史を変えたら、その未来が変わるということであれば、分からなくもない。そう思って、松岡は、とりあえず隠しておいたタイムマシンに乗って未来に帰ることにしたのだ。
なぜなら、この過去が、本当に時系列に沿った自分たちの未来から見た過去ではないとすれば、時間だけを未来に戻したとすれば、違う世界が開けているのではないかと思ったからだ。
もしそんな世界が広がっているのだとすれば、それは松岡にとって、一世一代の不覚であり、取り返しのつかないことをしたということになるからだ。
「浦島太郎のようになってしまったら、どうしよう?」
という恐ろしい疑念を浮かべながら、自分が飛び立ったその次の瞬間に戻ってきた。
そうしておけば、タイムマシンはずっとそこにあったことになり、誰も疑うことはないからだ。
未来に、いや、現代に戻った松岡は、すぐに今の時代のことをいろいろ調べた。すると、どう見ても、自分が飛び立った現代の続きでしかなかったのだ。
安心して、ホッと胸を撫でおろした。
短い間ではあったが、自分が過去にいくことで現代が変わってしまったのだとすれば、それは本末転倒だからだ。
「歴史を変えるというのは、タイムマシンにとっての一番のタブーなんだ、そしてタイムトラベルにおいての一番の罪、それは、人間を抹殺してしまうということ。これは同一の時代、次元であれば、その人を殺すということであり、殺人は一番罪の重い部類の犯罪ということで、今も昔も変わりはない。だが、タイムトラベルにおいての殺人は、人を殺すというよりも、その人の存在を消すというものであり、つまりは、タイムパラドックスと言われているものが、一番の罪だといってもいい。何しろ、親殺しのパラドックスとおう言葉があるくらいだからな。そして一つ言えることは、すべての始まりは過去にあるんだ。どんどん次の瞬間に未来が広がって、無限の可能性を秘めている。だが、これはタイムマシンが生まれる前の概念であり、タイムマシンが開発されてしまうと、今度は時系列を自由自在に移動できることになる。そうなると、未来がすべての始まりだという理屈も成り立つ。そうなると、過去に行くほど可能性が広がるという考えも生まれてくるので、そのあたりをしっかりと理解しておかないと、タイムトラベルなど危険極まりないものになってしまうといえるのではないだろうか?」
と門脇はいうのだった。
「そういえば、俺と松岡君は、最初この店でなかなか会うことができなかったのに、一度会ってしまうと、まるで示し合わせたように一緒になることが多くなっただろう? ここにはお互いに別に作為が見られたわけではない。となると、何かのきっかけが、大いに歴史を変えるだけの力を持っていると言えなくもないと思うんだ。そのことも忘れないでいてほしいと思うよ」
と、門脇を続けた。
この二つの話を胸に刻むようにして、松岡は、タイムマシンに乗り込んだ。
そして過去にやってきて。目的を果たそうとしたのだが、目的自体が存在していなかった。
そして、
「歴史が変わってしまったのではないか?」
と思って、慌てて、松岡は過去から戻ってきたのだが、未来は何も変わっておらず、安心したところである。
ただ、これでは、まったく問題の解決にはなっていない。
「タイムマシンを使うことができた」
ということを実験したにすぎないだけだったのだが、そうなると、新たな疑問が生まれてくる。
今から、一か月近く前の時代に出かけて、そこで、M大学はまったくタイムマシンの研究をしていたわけではないのに、たった一か月という期間で、どうやってタイムマシンの開発を、プレス発表できるのだろう。そんなことがありえるはずなどないではないか。
そこには、松岡の知らない、
「カラクリ」
が存在し、松岡の想像の及ばない何かが存在しているということなのだろう。
タイムマシンを誰かが使ったということは、バレていないようだった。やはり、飛び立った次の瞬間に戻ってきたのだから、それも当然のことなのだろう。そういえば、門脇がもう一つ気になることを言っていたのを思い出した。
「タイムマシンの使用は、あまり頻繁にしない方がいい」
というのだった。
「どういうことですか?」
と聞くと、
「タイムマシンというのは、時空を飛び越えることだというのは、君には当然理解できるよね?」
と言われた。
「もちろんさ。これでも研究員の一人だからね」
「じゃあ、その時、開発者の中で、誰か一人でも、相対性理論のことで、タイムマシンの人体に与える危険性について話をする人はいたかう?」
と聞かれて、
「いや、ハッキリとはしないといってもいいんじゃないかな?」
というと、
「時空を飛び越えるタイムマシンというのは、ワープという発想にも似ているんだ。ワープというのは、よくSFなどに出てくる、空間を一瞬にして飛び越えるもので、短い時間に、光速の何倍もの加速で、先の地点に到達するというものなんだ。それを説明する時、波目のような、サインカーブの、頂点を飛び越えるというのを見たことがないかい? 一番しっくりくるワープの説明なんだけどね。これは、阿新シュタインの相対性理論において、光速で時空を飛び越えると、時間が経つのがその空間だけ、遅くなるというものなんだ。これが、浦島太郎の話に近いのではないかと言われるので、SF映画などでは、ロケットの中で、冷凍睡眠させるという演出を取ったりする。つまり、タイムマシンのように、空間を飛び越えるわけではなく、時空を飛び越えるというのも同じ危険性を孕んでいないとも限らない。そうなると、中に乗っている生身の人間は、その間だけ、年を取っていないことになる。寿命が延びたという言い方は適切ではないかもしれないが、そんな風に考えると。タイムトラベルを重ねるのは、どこまで人間の身体が耐えられるのかということにもつながってくるように思うんだ」
という。
なるほど、確かにタイムトラベルと、相対性理論は切っても切り離せない関係にあると思っていたが。こうやって面と向かっていわれると、怖い気もする。
ただ、過去に戻って過去における変化を確かめに行ったのに、何も変わっていないという不本意な結果しか持って帰れないという事実に、松岡は衝撃を受け、何と説明すればいいのか、途方に暮れていた。
もっとも、この話は、門脇しか知らない話だった。
K大学も、M大学も、どっちも何も知らない。ただ、何もないところから、一か月後に衝撃的な発表をしたM大学に一体何があったというのか、松岡は何がどうなったのか、完全にキツネにつままれた気分になっていたのだった。
それを思うと、
「俺だけ、蚊帳の外にいて、何も分かっていないのをいいことに、利用されているのではないか?」
という思いが頭をよぎった。
その中心にいるのが、門脇だとすれば、松岡は、
「掌の上で転がされている」
と言ってもいいのではないかと思った。
ただ、そこにどういう理屈が広がっていて、松岡は何によって導かれようとしているのか?
さらに、松岡でなければいけない理由がどこかにあるのか?
もし、あるとすれば、一つのことに集中すると、まわりが見えなくなる性格が起因しているように思えた。だが、それは松岡に限らず、誰にでもあることだと思うと、元も子もない発想だ。まるで、
「負のスパイラル」
に落ち込んでしまったような気がしてきた。
元の世界に戻ってきて。
「誰にこの話をすればいいんだろう?」
と考えた。
研究所に黙ってタイムマシンを借用したわけなので、それを口外するわけにはいかない。もしうまくことが運んでも、
「タイムマシンの性質上、うまくごまかせる」
と考えるようにしようと思っていたのだ。
しかし、実際に過去に行ってみると、
「事なきを得た」
と言ったとことであり、自分がどうして過去に行かなければいけなかったのかという理由すら、頭の中から飛んでしまったくらいの感覚だった。
ただ、予言者であり、この計画を立てた門脇に言わないわけにはいかないだろう。
「彼だったら、どう感じるだろう?」
自分の予言にどこまで信頼度を持っていたのかが分からないので、何とも言えないが、普通であれば、ショックに違いない。
「だけど、俺と同じように冷静になって、善後策を考えてくれるだろうか?」
と考えた。
普通に考えて、一か月やそこらで、まったくタイムマシンの開発をしていない連中が、急に発表ができるほどのものを作れるわけはない。
そんなことを考えていると、一人で悩むよりも、誰かを巻き込んで考えた方がいいと思うようになった。
「そもそも、予言という形でこちらを巻き込んだのは、門脇ではないか?」
とも思ったが、少なくとも、松岡は当事者である。
当事者として、無責任なことはできないのは分かっていることで、ヒントを与えたことになっている自分としても、放っておくことのできないことだったのだ。
さっそく考えていても仕方がないということで、門脇に話をしてみることにした。
「そうか。それは残念だったというか、どう考えればいいんだろうな? 俺の中で一つの考えがあると言えばあるんだが」
と、経緯を聞いただけで、門脇はそう言った。
「どういうことだい? 聞かせてくれないか?」
というと、
「今回の君の偵察が甘くなかったのか? ということが気になっているんだよ。だって、タイムマシンの開発などというのは、最重要機密事項じゃないか。表向きには普通に研究をしているだけでも、秘密研究所のようなものを持っていて、そこで研究が続けられているなどというのは、当たり前にあることで、それくらいの機密保護を徹底していないと、こんな科学的な大発明をするだけの資格すらないんじゃないかって思うんだよ」
と門脇は言った。
「なるほど、その通りだよな。一介の研究者ごときが、しかも一人でただ表から見ているだけなので、そんなに簡単に分かるようなことはしないよな」
と松岡はいうと、
「そう、君はまんまと引っかかったといってもいいんじゃないか? ただ、それがきっと君の性格だったんだろうね。ショックを受けるとまともに、それを受け止めてしまう。そうなると、疑うということすら考えないようになってしまって、そのまま、現代に戻ってきてしまうんだよ」
と門脇は言った。
「ただ、僕が過去に行ったというのは、何か理由が意味があるように思えてならないんだけど、今はそれが何なのか分からないんだ」
と、松岡がいうと、
「それは俺も感じる。確かに何か理由があるように思える。それを言い出したのは俺なので、理由は何かと聞かれると思うが、正直、今はあの時の心境が自分でも分からないんだ。どうして、あんな予言をしたんだろうね」
「君は、予言になるようなことを、思ったらすぐに、そのすべてを相手に話すようにしているのかい?」
と松岡が聞くと、
「基本的には話すようにしている。そうじゃないと、自分だけで抱えておけない性格でもあり、予言というものは、自分の中だけで抱えておくものだという発想にはならないからなんだ」
と門脇は言った。
「ただ、気になっているんだけど、やつらはきっと君の言う通り、水面下で研究をしていたと思うんだけど、それはうちの研究所でもしていることだったのではないかと思うんだよね。でも、自分が知っている限りでは、表に出ている連中が研究員であることに変わりはなく、それぞれに計画を持ってできていたんだよね」
というと、
「それがそもそもフェイクなんじゃないかい? いくら君がヒントになるような論文を書いた人間だとしても、まだ研究員にするには心細く、秘密を守れるだけの硬い意思を持っているとは思えない君を、研究員に加えるというのは、無謀だと思うんだ」
と門脇は言った。
「ということは、俺も欺かれていたということなのか? まるで、敵を欺くにはまず味方からって言葉があるけど、まさにその通りなんじゃないかということになるのだろうか?」
と、言った。
「それはそうだろうね。だから、余計に君は表しか見ていなかった。まんまと引っかかったとでもいうべきなんだろうか?」
と言われ、またしても、松岡は自分の中でパニックってしまうのだった。
「じゃあ、これからどうすればいいんだ? また過去に行って、もう一度調査をしようとしても、一度見誤った人間がやると、結局、結界をぶち破ることはできないんじゃないかって思うんだけど」
と、松岡がいう。
「それはそうさ。少なくとも、今は君が動くべきではない。それは、精神的な意味もそうなんだけど、タイムマシンの特性という意味からいっても、しばらく君はタイムマシンに乗ってはいけないんだ」
と言われた。
「どういうことなんだい?」
と聞くと、
「この間も言ったように、タイムマシンというのは、空間を移動するわけではなく、時空の移動なんだけど、光速での移動は、まわりの人間と自分との間に、時間の流れという意味での大きな差を作ることになる。ひょっとすると、俺は一か月以上を過ぎているのに、君は数分しか経っていない状況なのかも知れないということだよね。だとすれば、君はもうタイムマシンに乗ってしまうと、どんどん時間の流れが遅くなってしまい、それが身についてしまうと、年を取らない身体になってしまうかも知れないんだ。そうなると、年も取ることもない、自分が嫌だと思う時間があったろすれば、永遠に逃れられないという苦痛を味わうことになるんだよ」
というではないか。
「それはきつい。まるで、まわりが皆死んでいくのに、自分は年も取らずに生き続けているようなものじゃないか?」
と松岡がいうと、
「そうなんだ。でも、別に不老不死というわけではない。遅いというだけで、確実に年は取っていくし、死に近づいている。それなのに、自分だけが死ぬこともできず。苦痛を他の人の何百倍も、下手をすれば何千倍も感じていなければならないということになるんだよね。ひょっとすると、それが神というものに対しての理想のようなものであり、神話における神が人間に対して感じている感覚なのではないかと思うんだ」
と、難しいことを門脇は言った。
「どういうことだい?」
「つまりはさ。神話においての神、特に万能の神であるゼウスを中心にしたオリンポスの神々というのは、実に人間臭いものだったりするだろう? 嫉妬深かったり、人間に対しても嫉妬したり、それで、自分たちの勝手な嫉妬から、人間を虫けらのように殺すのが神だとされているのが、神話の世界ではないか。そういう意味で、本当に神などと言われるものは存在せず、今のタイムマシンによって作られた、不老不死に見える人間が存在していて、彼らは、人間を羨ましいと思っていたのかも知れない。死にたい時に死ぬことができて。寿命が適正に存在している人間の世界を羨ましく感じ、あのような嫉妬から物語ができたのではないかと思うのは、危険な発想だろうか?」
と、門脇はいった。
「かなり屈折したような発想だけど、それを考えると、タイムマシンの乱用は本当に恐ろしいものではないだろうか。それこそ、タイムマシンの開発は、相対性理論の問題点を解決できるようにならないと、開発してはいけないものなのかも知れない」
と、松岡は考えた。
「だから、もうタイムマシンを使うのはよした方がいい。しかも、そのマシンを他の人が使うことも阻止した方がいいだろうね。そういう意味では、M大学の研究チームは、悪魔の機械を開発したといってもいいのかも知れない」
と、門脇は言った。
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