第6話 予言の実行
それからの数日は、ライバルに先を越されるという悪夢を想像しながら、悩みに押しつぶされそうな感覚になっていた。
「その予言が起こるのはいつのことになるんだい?」
と聞いてみたが、
「それがハッキリとは分からないんだ」
というではないか。
「君の予言というのは、事が起こるということは予言できても、それがいつなのかというところまでは予見は無理なんだね?」
と聞くと、
「いや、それは時と場合によるみたいなんだ。時期も予見できる時もあれば、漠然としてしか分からない時もある。今回は漠然としてしか分からないという感覚なんだ」
と門脇は言った。
「でも、当たる確率は高いんだろう?」
「そうだね。俺の中ではかなりの確率だと思っている。本当は最初にこの論文を書いた君に開発までしてほしいんだけど、今のところ難しい気がするんだ。でも、このことを俺の中だけでもっておくのは怖い気がしたんだ」
と言われて、
「何でだよ。知らぬが仏って言葉もあるじゃないか」
と、まさに自分で言っていて、その通りだと感じた。
「でも、どこかに対策がないわけではないような気もしているので、だから敢えて君に話をした方がいいと思ったんだよ。それを君が見つけることができれば、それが一番いいと思ったからね」
と、門脇に言われたが、
「そんなこと言われても……」
としか、言いようがなかった。
「ところで、その君のライバルに当たる谷口という人はどういう人なんだね?」
と聞かれたので、
「彼は、実は俺にもよく分からないんだ。いきなり何か奇抜なことを言い出すかと思えば、実に地道な道を歩んでいる時もある。そこに別に法則のようなものはなくて、僕の想定外の人物と言ってもいいんじゃないかな?」
というと、門脇は笑顔になって、
「なるほど、でも、それは相手も君に対して感じていることなのかも知れないよ。お互いにライバルというのはそういうものではないのかな? しかも、二人とも研究者なんだろう? お互いに自我が強いというのか、自分の考え方に忠実な生き方をしているんじゃないかって思うんだよ」
と、言った。
「なるほど、それはそうかも知れないな。俺だって、そんなにいつも意識しているわけではないけど、気が付けば気になる相手だったという感じだな。相手もそうだったのかと思うと、何か分かる気がしてくるし、ある意味、気が楽になってきそうな気がするのは不思議だよな」
と言って、思わず笑ってしまった松岡だった。
「松岡君は、タイムマシンの研究をしようと思ってK大学に入ったのか?」
と言われて、
「いやいやそんなことはないよ。大学に入るまでは、タイムマシンの開発なんてできっこないと思っていたからね。それは、根拠のない考えではなくて、ちゃんとタイムパラドックスや、パラレルワールド、それから可能性の発想や、無限との関係などというのも、おぼろげだったけど、意識としては持っていたんだよ。俺って、結構、一人でいる時、SFチックなことを子供の頃からよく考えていて、気が付けば、意識が飛んでいるなんてことも結構あったんだ」
というと、
「それは夢を見ている時のような感覚かな?」
と聞かれたので、
「似ているけど、少し違っている気がするんだ」
と、松岡は答えた。
松岡が研究をしている時は、ほとんど妄想しているといってもいいかも知れない。
「そういう意味では、ヒントのような論文を書くことはできるが、研究には向いていない」
と言ってもいいかも知れない。
教授もそのことが分かっているので、松岡には一研究員という形を取らずに、自由にやらせているといった方がいいようだ。忙しい時は、皆のお手伝いをするが、それ以外の時は、一人で何か妄想している時の方が多い。
それを皆も分かっているので、松岡が妄想していても、文句を言う人は誰もいない。
「逆に松岡が妄想してくれている方が、俺たちも研究に集中できるからいいんだ」
と言われている。
「そんなに俺って邪魔なのかい?」
と聞くと、
「そうだな、邪魔というわけではなく、そもそもの頭の作りが違うので、適材適所という意味で、自由がいい人もいるんだなって、教えられた気分になるのさ」
というではないか。
皮肉にしか聞こえないが、そんな皮肉もストレートに言ってくれると、悪い気はしない。
「これは、これでいいんだよな」
と、松岡は考えていると、教授も松岡には一目置いてくれているということが分かって、気が楽になるのだった。
そういう意味では、研究室にいてのストレスはほとんどない。
しかも、今回は、論文も発表できて、実際の研究員には、それほど評価されることはないが、昔から研究している人たちには、何か目からうろこが落ちたかのような発想になってくれるということで、嬉しかった。
「意外と、昔の発想の人の方が、実際の研究に近かったりするのかも知れないよな」
と、松岡は感じていたが、それもまんざらでもないような気がした。
今年になって、春が近づいてくると、また新しい研究員が入ってくる時期がやってきた。松岡も、そろそろ就職活動をしなければいけない時期であったが、教授からは、
「ここに残ってくれないか? 君だったら、大学院から教授への道だって十分にあるんだから、今さら民間で働くこともないだろう」
と言われていたが、正直、研究室に残るのも、民間で働くという選択肢も、五分五分に感覚だった。
もちろん、今の間に何か発表できるものを開発して、それを実績として、研究者の道を歩むことができれば一番いいのだろう。
だが、やはり、自分は妄想することが研究への第一歩だと思っていて、他の教授の人たちとは明らかに違っているのだ。それを思うと、まさに、自分の将来をいかに考えるかというのが、難しく思えた。
他の連中のように、普通に就職活動するしかないという一択であれば、迷うこともないのだが、きっと他の連中から見れば、
「何て、贅沢な悩みなんだ」
と言われるに決まっている。
松岡の親は、
「大学に残れるのであれば、それが一番いいのでは?」
と言ってくれているが、松岡がどういう研究者なのかということを知る由もない親なので、あくまでも、子供の頃の性格や、育ってきた環境を一番よく知っているという目で見るので、ある意味、正確なところを見ているように思えてならなかった。
「親のいうことは、大いに一理あるんだよな」
という意味で、結構、大学に残るという選択に近寄っている気がして仕方がなかったのだ。
「松岡君が決めればいいと思っているんだけど、私が見ている中で、君はそんなに向いていないとは思っていないよ。君はきっと妄想ばかりしている自分が、研究員に向いていないなんて思っているんじゃないかと思うんだけど、そんなことはないよ。そのことを誰が証明するかというと、やはり君しかいないと思うんだが、もう少しまわりの目を疑わずに、自分の意思と意識を忠実に見てみるのもいいんじゃないかって思うんだ」
と教授は言ってくれた。
門脇も似たような考えを持っているようだ。
「松岡君は、変なところで意地を張っているように思うんだけど、いかんせん、俺はまだ付き合いが短いので、それが何なのかというのを、正直に指摘する自信はないんだ。だけど、君には自分で最初から分かっているんじゃないのかな?」
と言っている。
こんな話をしている間に、時間は過ぎていく。門脇の予言は気にはなっていたが、時間が過ぎていくうちに、
「気にしても仕方がないか」
ということで、自分は自分だと思うようになっていた。
だが、そんな余裕をぶち破ったのは、やはり、谷口の研究チームだった。
それは、研究室内のウワサから聞こえてきたことだった。
「まさかとは思うが、M大学の研究室で、タイムマシンの試作機が作られたという話を聞いたんだけどな」
ということで、シラサギ研究所は、会議が開かれていた。
「そんな、まさか。一体どうやって作ったというのだ? うちの松岡君が以前に提唱したヒントのような論文が影響したとでもいうことかな?」
と一人がいうと、
「どうもそのような話が伝わってきているんだ。他の研究チームは、あの論文を信憑性がないといって、あまり気にしていないところが多く、早めに見切りをつけたのに、M大学だけは続けていたということか?」
「いや、そのM大学だって、すぐに撤退するというような声明を出していたはずなんだけど。俺たちも騙されたということか?」
と一人がいうと、
「騙されたも何も、別に信じる信じないは、それぞれの自由であり、それに対して、最初は研究材料として考えるつもりはなかったが、実際には研究してみるという方針転換をしたからと言って。別に責められることはない。もし、出し抜かれたというのであれば、出し抜かれた我々の方が悪いんだ:
という。
「確かにその通りだな。スポンサーを欺いたのだとすれば、倫理的にまずいのだろうが、そうでないということであれば、別に誰も欺いたわけではなく、相手の要領がよかったというだけのことになるんだろうな」
と、いうことでしかない。
確かに、撤退するところが後を絶えなかったことで、K大学研究室は、まわりからの信頼を失いかけたことで、どうも疑心暗鬼になっていたようである。
「しかし、このままだったら、俺たちは出し抜かれたことになりはしないか?」
という話に対して、
「まあ、相手がどのような発表をするかによると思うんだけどな。松岡君の研究を元に製作したのだとすれば、気になるところではあるけどね」
というと、
「それはどういうことですか?」
と、詰め寄るように言った。
「今、うちの研究室は、松岡君の考えを元に、それを裏付けるような研究がなされているんだ。だいぶ、タイムマシンの開発に近づいていて、あと、半年もかからない間に、開発が完成するのではないかと言われているんだよ。そういう意味で、M大学のチームとは競争ということになるんだろうな」
ということだった。
「じゃあ、開発チームの責任者と、松岡君を呼んでもらおうか?」
と、開発チームの主任教授は言われ、
「分かりましたが、松岡君も呼ぶんですか?」
と言われて、
「ああ、彼も必要だと思うんだ」
と言われたので、すぐに招集された。
さすがに、大学の首脳会議のような席に呼ばれるのは、責任者であっても、かなりの緊張感があるはずだ。それにも関わらず、松岡は、一介の大学生ではないか。まもなく、大学院から研究室に残るということが決定するということになっていても、いきなりの首脳会議へ呼ばれるというのは、本当に口から心臓が飛び出してきそうな気分になったとしても、無理もないことであろう。
二人は、会議室の扉の前で、何度も深呼吸をした。責任者などは、かなりの空気の薄さに、呼吸困難に陥っているようで、それに比べれば、松岡の方が幾分かマシなようだった。
責任者の方はまったく事情を分かっていなかったので、何を言われるのか、まったく想像もしていなかっただろうが、松岡としては、門脇の予言というものを聞いていただけに、
「ひょっとして」
という気持ちはあったのだろう。
「入り給え」
という声が中から聞こえてきて、ここまでくれば、もう逃げるわけにもいかず、腹をくくるしかないと思った責任者は、ノブをふるえる手で握って、それでも力強く、扉を開くようにして、勢いよく中に入った。
さすがにそこには、大学の要人が並んで座っていて、まるで、政府の要人の前に引きづりだされたような気分であった。
「お呼びでしょうか?」
ということで、まわりを見渡すと、誰もが難しい顔をしていて、口を開く人はいなかった。
そこで、一番前に座っている議長のような人が、
「忙しいところすまないね」
と言って、労をねぎらう言葉をかけてくれたことで、松岡は少し緊張がほぐれたが、責任者はそうもいかず、まだ震えているのがよく分かった。
「実は、まず、今の君たちの研究内容について説明願いたいんだが」
というので、責任者が震える声をひっくり返しながら、何とか答えていた。
まわりの人たちも、当然二人の緊張は想定内だったようで、難しい顔はしているが、誰も二人を睨むような人はいなかった。
「我々は、今は、ここにおります松岡君の先日発表いたしましたタイムマシンについての論文を元に、タイムマシンの研究を続けています。松岡君本人に直接話を聞きながらということでありますが、松岡君自身も、論文に書いた時の心境を思い出すのは困難なようで、我々が問題提起をして、それに対して検証しながら、松岡君に訪ねていくことで、少しでも、当時に近づこうと思っています」
と責任者がいうと、
「ということは、君の話の内容として、そこにいる松岡君の研究は、すべてにおいて信憑性があるという前提で研究を続けているということになるのかい?」
と言われた責任者は、
「そこまでハッキリとした信憑性はありませんが、今はそれ以外に突破口はないと思っています。それに、この論文を書いた時の松岡君は、自信に満ち溢れていて、我々もその様子を見て、この論文以外に、タイムマシンの開発はないと感じました。それをまず立証することから、この研究は始まるのだと思っています」
というのだった。
「ところでだね。M大学の研究チームが、まもなくタイムマシンの研究に成功するのではないかと言われているんだが、この件について、君はどう思うかね?」
と聞かれた時、責任者の顔は真っ蒼になっていた。
完全に初耳だったようで、まるで足元に穴が開いて。奈落の底に叩き落されているかのような心境のようだった。
「そ、それは本当ですか?」
と、明らかにうろたえている。
その気持ちは、
「今までの努力は何だったのだろう?」
という思いなのか、それとも、
「それを分かったうえで、なぜ我々が呼ばれたのか」
ということで、研究そのものよりも、別の意味で自分に危機が迫っているのではないかと感じたのかも知れない。
松岡は、予言で何となく分かってはいたが、さすがにあの予言が当たっていたということと、そのことがここまで大げさなことになるのだということを感じたことで、少しビビった気分になったのであった。
松岡は、そのどちらも恐ろしく感じた。そのせいで、少し感覚がマヒしてしまったようで、冷静に見えているかも知れないが、実際には、自分がその場所にいることだけでも、自分がどこを見ているのか分からなくなっていた。
「それで今、対策会議に入っているんだけどね。まず二人に大前提として、これからの話は絶対に他言は無用で願いたい。当然分かっているとは思うが、この話が外部に漏れると、学会がパニックになってしまい、我々の信用も地に落ちてしまうだろう。二度と研究員として表に出ることはできなくなるし、大学に対しての責任も問われることになる。そのあたりはしっかりと意識をしてもらいたい」
と、言われたのだ。
「ええ、それはもちろんのことです」
と責任者は言った。
こういう前提は、よくあることなのだろう。却って、この前提を言われたことで、責任者の気が少し楽になったようであった。
「では、今の状態を少し詳しく説明いただこうか?」
と言われて、責任者は、少し専門的かな? と思うような話であったが、そこを外すと、説明にはならないので、さすがと思わせるような説明をこなしていた。
「さすがに、気が動転しているとはいえ、責任者として君臨するだけのことはあるな」
と、松岡は感じていた。
松岡は、そんな会議室の中において、一人じっと自分を見つめている人間がいるのに気づいた。
最初こそ、気づかれないように凝視していたのだろうが、見られていることに気づいた松岡に対して開き直りの気持ちからか、今度は当初よりもさらにあざといと思うほど視線を向けていた。
「何で、こっちばかり見るんだ? 責任者は俺ではないのに」
と思っていたが、会議が続いていくうちに、その人は会議の内容にまったく興味がないように思えて、気にしているのは、松岡ただ一人にしか思えなかった。
その人のせいで、会議がどのような内容のものだったのかということが、ほとんど気にならなかったのは、ある意味緊張しなくて済んだ分、よかったのかも知れない。
会議はまだまだ続いているようだったが、
「それじゃあ、君たちは、この辺でいいが、先ほども言ったけど、この件に関しては絶対に他言は禁ずる。分かったね?」
と、念を押されて、
「はい、かしこまりました」
と、責任者はそう言い切って、二人は粛々として部屋を後にした。
さすがに退室の時になると、責任者も気が楽になってきたのか、だいぶ緊張はほぐれているようで、それでも、やっと解放されたという安心感からか、部屋を出た瞬間に、崩れ落ちるように、通路の椅子に座り込んでしまった。
「まいったな」
と、雪崩落ちるように椅子に倒れこんだ責任者が、数秒してため息をつきながら発した一声がこれだった。
「先ほどの会議でも言われたが、君もこのことは、どこにも言わないようにね」
と念を押されて、
「はい」
と答えた。
「ところで、一つ質問なんですが」
と、松岡がいうと、
「ん? 何かな?」
と、落ち着きを取り戻しかけている責任者が、聞いてきた。
「部屋に入ってから、すぐ左川にいた人なんですが、あの人は誰ですか?」
と聞いてみた。
そう、その人こそ、ずっと松岡を見て、その視線をそらそうとしなかったその人だった。
「ああ、ずっと君のことを気にしていた人だね?」
と、
「えっ、分かっていたんですか?」
と思わず、聞き返したが、責任者は、ふっと息を漏らして、
「ああ、気づいていたさ。あれだけの視線だったからね。もっとも、あの視線があったから、俺も、必要以上に緊張しなくてもよかったんだけどな。君もそうじゃないかな?」
と言われて、
「ええ、その通りなんです。でも、あの人の視線が本当に気になってしまって、知らないというのが、これほど気持ち悪いことだとは思ってもみませんでした」
というと、
「あの人はね。実は私の前任者なんだ。元々タイムマシン研究の第一人者で、昔から有名な人だったんだ。だけど、なかなか開発が進まないまま、時間だけが経つので、新旧交代の意味を込めて、私が内部昇格したため、あの人は、栄転という形で、執行部の幹部入りをしたんだ。これは民間に会社であれば、台出世であり、取締役級の出世だったんだよ」
というではないか、
「そんなに偉い人だったんですね?」
と聞くと、
「まあ、表向きはね。でもあの人は研究畑一筋の人だったので、あの人にしてみれば、左遷と変わらない人事だったんだと思うんだよ。そういう意味で、君が発表したあの論文を最初に気にしたのは、あの人で、発表しようと強硬に押したのもあの人だったんだ。そういう意味では、君の恩人ともいえるかも知れないね」
と言われて、
「そうだったんですか? それで、あんなに鋭い視線を僕に向けていたわけですね。でも、あの視線は何だったんでしょうね? 僕は気にしなくてもいいんでしょうか?」
と聞くと、
「気にする必要などないと思うよ」
と言われた。
その日、いつもの喫茶店に行くと、門脇が来ていた。
「どうだい? そろそろ、M大学の話題が出てきた頃じゃないかい?」
と言われて、松岡はビックリした。
だが、自分から公表するわけにもいかず、表情を曇らせていると、
「どうやら、そうのようだね。君の様子を見ると、少し困ったような表情なので、まだ表には出せないが、時間の問題だというところかな?」
と言われると、いちいち当たっていることが癪に障った。
この思いも見透かされているような気がして、まともに、門脇の顔を見ることもできず、ふてくされていると、
「たぶん、君のところも、もう少しで完成する予定なんだろう?」
と言われて、ドキッとした。
予言が当たったことで言ってはいけないというイライラした気持ちが吹っ飛んでしまいそうなほどの驚きに、さすがに黙ってはいられなくなった。
「どうして、そんなこというんだ?」
と、まさか、自分から暴露するようなこともできず。質問する形で話をするしかない状況を自分で何とかするしかないのだった。
「これも俺の予言の一つさ。どうやら、これも当たっているようだな」
「君の予言はどうしてそんなに当たるんだい?」
と言われて、
「俺の予言は普通の予言とはちょっと違うんだ。たとえば、どれか一つのひらめきがあったとして、そのひらめきから次にどういう一手がほしいかと考えた時、その時にピンとくる手だったら、それが予言になるのさ。ほとんどの場合は、予言の欠片もないようなことばかりなので、俺は静かにしているんだけど、今回の君のタイムマシンの発想は、一つの一手を繰り出せば、次の相手の一手まで分かってしまうような、実に歯車がかみ合ったというべきか、そんな状態なんだよ。だから、俺には、何手か先まで見えているような気がするんだけど、これを言ってしまうと、効力がなくなってしまうので、基本的には相手に悟らせるということになるんだけどね」
と門脇は言った。
「じゃあ、俺が何をすればいいのかということも、君には分かるということなのかい?」
「ああ、ある程度はね。だけど、俺の予言はある意味消去法なので、人に積極的には言えないんだ。もちろん、相手が信じてくれたのであれば、それはその限りではないけどね」
というではないか。
「完全に、俺を誘っているようにしか思えない」
と感じたが、この際、すがるしかないような気もした。
だが、今ここで自分が動くことに何のメリットがあるというのか。
確かに、相手に先に開発されることを阻止できれば、それに越したことはないが、そのためにどのようなリスクがあるのかも分からない。
まさかとは思うが、彼からその一手を聞いてしまうと、それをやらなければ、何か致命的なペナルティでもあるとするなら、これほどのリスクなどあるはずもない。
「俺はどうすればいいんだ?」
と考えていると、
「話を聞いただけでは、別にそれをするしないは君の自由さ。ただ、やってしまった時に起こるリスクは当然、自分で背負わなければいけない。それだけに、成功した時のメリットも大きいというもので、ハイリスクハイリターンということで、博打のようなものだよね。君の性格からすれば、こんな博打を打つだけの根性があるとは思えないので、もし、話を聞いても、構想に移らない方がいいだろうね」
と言ってきた。
明らかに挑戦だった。
松岡は、決して冒険はしない方だったが、他人から挑戦されると、受けて立たなければいけないと思うような性格だった。
そんな松岡の性格を知っている人は少ないはずで、最近仲良くなった門脇に、松岡の奥の部分がそんなに簡単に分かるはずもない。
「一体、やつは、俺に何をさせたいというんだろう?」
そもそも、やつが俺に何かをさせて、どんなメリットがあるというのか。実に曖昧な立場と考えに、松岡は戸惑ってしまい、どうしていいのか、さらに分からなくなっていた。
ただ、タイムマシンのヒントを発表したのは松岡だった。このままでは、手柄を横取りされる形になりそうで、それが怖かった。プライドに関していえば、かなり嫉妬深いこともあって、プライドの高さは、尋常ではなかった。
「松岡君。君たちはまもなくタイムマシンを開発することになるよね?」
と門脇に言われて、
「うん、そうだけど。でも、M大学に先を越されてしまうんだろう?」
というと、
「今のところは確かにそうなんだ。だけどね、君たちが開発するタイムマシンで過去に行って、そこで、タイムマシンを開発しようとするM大学の邪魔をすればいいのさ。そうすれば、M大学のマシンは開発されない」
という。
「過去に行って、どうやって、妨害すればいいんだ?」
というと、
「それは自分たちで考えないといけない。ここで第三者が介在してはいけないんだ。助言くらいにとどめておかないとね」
と、門脇は言った。
「うん、ありがとう。それは君の予言を変えることになるかも知れない。それでも言ってくれたのは嬉しいよ」
というと、
「だけどね、何と言ってもリスクは大きいから、それなりの覚悟をしておかなければいけないと思う。何しろ、過去を変えるということは、いろいろとパラドックスに引っかかることだからね。君たちの研究がそれほど価値のあるものだということを俺も願っているよ」
と門脇は言った。
それを聞いて、松岡の覚悟はある程度決まったといってもいい。いよいよ、タイムマシンの完成とともに、それを使っての大事業に取り掛かるということで、武者震いをする松岡だった。
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