第5話 ライバルたちの攻防

 そんな二人だったが、それからすぐに仲良くなった。

 松岡が意識していたように、門脇も意識をしていたのだが、そこまで意識させなかったのは、門脇には、

「相手がこちらを意識している」

 ということが分かったからだ。

 それは、素振りから分かったわけではなく、門脇の中にある予感のようなものが、松岡を意識させながら、お互いの将来が垣間見えた気がしたのだ。

「だったら、声をかけてくれればいいのに」

 と、松岡は少し癪に障るような様子で、膨れ面になった。

 だが、別に皮肉を言っているわけではなく、どこか自分と似たところがあると感じた相手に対して、松岡がとる態度の典型的な例であった。

 二人は、この喫茶店で話を始めて、三回目くらいの頃だっただろうか。

「えっ、同じ大学の同じ学部の同級生だったんですか?」

 と、松岡がビックリした。

 それを聞いて、もっとビックリしたのはマスターだったのだが、

「お互いに、何度も会っているのに知らなかったんですか?」

 と言われて、

「ええ、僕は今まで小説の話しかしてこなかったからですね」

 と言った。

 それまで、あれだけ出会うことのなかった二人だったが、一度出会ってしまうと、今度は、お互いに示し合わせているわけでもないのに、ずっと会うようになった。

 指定席に関しては、最初に来た方が指定席に座ることにして、後から来た方は、その左右のどちらでもいいという取り決めにしたようだが、どちらがm指定席に座るとしても、二人の位置関係はmカウンター越しに見て、左が松岡だと決まっていたのだ。

 小説の話も、質問するのはもっぱら、松岡の方で、門脇は、質問に答えるだけだった。しかし、質問が一つであっても、門脇の方では、三つも四つも回答を用意していたかのように、会話にはかなり花が咲いているようだった。

 マスターにもその内容は聞こえているはずなのに、一日経つと、なぜか会話の内容を覚えていることはなかった。

「まるで、あの二人の会話は、夢を見ているかのように感じるよな」

 と、感じさせた。

 マスターというのは、職業柄、少々他のことをしていても、聞き耳を立てていれば、少々のことは覚えているものだ。特に、二人にはそれぞれに思い入れがあり、しかも、今まで出会うことのなかったという意味で、気になっていた二人だっただけに、

「もし、出会うことになったら、どんな会話をするんだろう?」

 と思っていただけに、余計に覚えていなければいけない会話を忘れてしまっているというのは、マスタとしてみれば、

「自分が悪いというよりも、何か覚えることのできない見えない力が働いているのかも知れない」

 と感じるのだった。

 その力の出どころも、正体も、まったく想像もつかなかった。ただ、

「夢のような感覚だ」

 と、覚えていないのを、目が覚めるにしたがって、忘れていく記憶のように感じるのだった。

 そういう意味で、相手が同じ学校だったということを覚えていなかったというのであれば、分からなくもないが、松岡が忘れているわけはない。

 いつも次に会う時の最初は、前に会った時の話をおさらいするかのような話をするのだ。その会話は実に的確で、おさらいがさらに完璧なものとなると、それが、

「二人の間に予言のようなものが芽生えているのではないか」

 と、不可思議な感覚にさせられると、マスターは感じていた。

 ただ、マスターは、松岡が覚えていないことをいつも一つだけ覚えているのだったが、そのことを知っているのは、門脇だけだった。

 松岡の記憶のどこかに穴があるということを門脇は知っていて、その穴をマスターに埋めてもらおうとしているかのようだった。

 だが、門脇が、松岡が覚えていないということを知っているといっても、門脇は超能力者でも、魔法使いでもない。マスターが都合よく覚えてくれるようになるわけはない。そこで、門脇はどれか一つだけマスターに覚えてもらうように仕向けているのだ。どちらかというとどうでもいいようなことであるが、この能力は実は誰にでも備わっているものであり、自覚できていないだけのことだったのだが、マスターにその自覚を与えたのは、門脇であり、そこに催眠術のような手段が使われたのは、超能力でも、魔法でも使うことができないマスターの苦肉の策のようなものだった。

 そんな二人の関係とは別に、松岡にはライバルがいた。

 彼の名前は、谷口新次郎といい、高校時代は同じクラスだった。

 成績はいつも二人でトップを争っていて、それぞれ、どちらかが勝ったり負けたりして、お互いに、トップを本当に奪い合っていたのだ。しかし、二人の成績はぶっちぎりで、

「お互いに別のクラスだったら、ずっとトップでいられるんだけどな」

 と言われていたのだ。

 そんな二人がなぜか、高校三年間同じクラスになったのは、学校の思惑もあったようだ。

「お互いにトップを争い切磋琢磨してくれれば、成績の底上げにもつながるだろうよ」

 ということだったようだが、結果として、二人だけがぶっちぎりで、他の連中は、その足元にも及ばなかったのだ。

 それは当然のことであり、先を争っている二人の背中すら見えなくなったら、後の連中は視界の中だけで争っているという、小さな池の住人でしかなかった。

 ただ、トップが二人だけだったというのは、学校側にとってはあまりよかったとは言えず、どうせなら、別々の学年だった方が、バランスが取れてよかったと思われているくらい、二人は秀才だったのだ。

 それぞれに、理学系を目指していて、M大学とK大学、谷口はM大学のタイムパワード研究所に所属するようになり、松岡はK大学のシラサギ研究所に所属するようになったのだ。

 奇しくも、お互いにタイムマシンの研究をするようになり、先に松岡の方が、ヒントに辿り着いた。

 そのことは、学会にも広く衝撃を与え、急に時の人となった松岡だったが、それを見た谷口は、それまでになかったような焦りが、襲ってきたのだった。

 それまでは、冷静沈着が取り柄だった谷口は、松岡の発表が、相当ショックだったということは分かっていたが、まわりの誰も、松岡と谷口の関係を知っている人はいなかった。

 谷口は、タイムパワード研究所では、それほど目立つタイプではなかった。研究員にふさわしく、地味に研究をコツコツと続ける方で、まわりが意識することのない状態になればなるほど、研究がはかどっている証拠だった。

 だから、誰も谷口を意識するものはいない。

 そもそも、誰かとつるんで研究するというタイプでもなく、

「静かに燃えるタイプだ」

 と、教授たちからも見られていたようだ。

 そんな彼が、今回はやたらと燃えている。あからさまに態度に表れていて、

「何をそんなに興奮しているんだ?」

 と、他の人であれば、そこまで気にするようなことのないようでも、谷口が相手であれば、様子がおかしいことは、一目瞭然であった。

 いつ見ても、髪の毛をかき乱すようにしながら、必死になって研究に打ち込んでいる。まるで爆発でもしたかのような髪の乱れは、普段であれば、教授から注意されるほどのひどさだったが、相手が谷口であれば、教授も何も言えない状態だった。

「とりあえず、様子を見てみるしかないかな?」

 と、まわりにそういわせ、腫れ物にでも触るような状況が数か月続いた。

 他の研究員には、それほどの焦りはなかった。

 K大学の松岡によって、タイムマシンのヒントが発表されたが、実はM大学でも似たような研究をしていた。

 教授が陣頭指揮をとりながらの、一大プロジェクトだったにも関わらず、まさか、一介の大学生に、看破されてしまうとは、誰も思ってもみなかったことだろう。

 ここで意地になって研究を続け、何かが発見できるという自信は、教授にはなかった。

 少しの間、研究を休んで、英気を養う形で再度スタートラインに立つというのが、一番いいと思ったのだ。

「サッカーだって、相手にゴールを入れられれば、もう一度センターサークルからのスタートになるじゃないか」

 と教授は言ったが、なぜこの時教授がサッカーをたとえに出したのか、誰にも分からなかったが、谷口は分かった気がした。

 だから、谷口は焦って研究はしていたが、自分の中では、ちゃんとセンターサークルにボールを戻してからの攻撃を敢行しているということは分かっているのだ。

 教授は谷口にだけは、

「そんなに焦ってもしょうがない」

 とは言わない。

 やりたいようにさせているだけだったのだ。

 谷口は、松岡の研究を細部に至るまで分析した。

「やつの考えは、俺じゃないと分からない」

 という自負もあり、また、

「松岡が発表したくらいなのだから、よほど自信があるに違いない」

 とも思っているようだった。

 本来なら、ライバルと思っていたやつに先を越され、そんな相手の研究を分析しなければいけないという立場に、あまり面白くない思いを抱いていたが、それだけに、

「タイムマシンはこの俺の手で」

 と思っているのだった。

 なるほど、松岡の言いたいことはよく分かった。しかし、あくまでも彼の発想はどこか他人事だった。

 だが、その思いが逆に谷口を気楽にさせた。

「やつが、他人事のように思っているということは、それだけ自信がない、致命的な部分を感じているのではないか」

 と感じたのだ。

 そして、そんな彼だからこそ、

「どうせ、これを見ても他の研究室の連中には、開発などできるわけはない」

 と思っているはずだった。

 実際に、他の研究室の連中は、この論文をヒントとして見ているわけではなかっや。

「しょせんは、大学生のレポート的なもので、核心部分について、何も書かれていないじゃないか」

 と思われていた。

 実は、これも、K大学の狙いだった。。

 あたかも、彼の研究が、

「タイムマシン開発へのヒントになる」

 ということを宣伝しておいて、それが、学生の発表であるということを、少し時間をずらして発表したのだ。

 これは、功を奏して、他の連中は、まともに見ていなかったのだ。

 その間に、K大学で独自に開発し、他を出し抜こうという、ある意味、突破式の考え方だったといってもいい。

 しかし、そんな中で、M大学に谷口あり、彼が、研究を発表した相手をよく知っているということで、

「K大学には負けませんよ」

 とばかりに、まずは、松岡の論文の解析だったのだ。

 ただ、論文としては、うまくできているわけではなくセンセーショナルな話題を振りまいたわりには、実際の開発めんば―には不評だった。

 昔気質の学者であれば、この論文の素晴らしさに気づくのだが、どうしても若い連中は、答えを先に見つけようとしてしまうのだ。

 しかし、この研究にはそんな含みがあるわけではない。逆にストレートに読めば分かるものであり、そこが盲点だったのだ。

 先読みしようとする連中に分かるはずのない論文は、すでにいくつかの大学で、

「研究に値しない」

 ということで、無視されるようになっていた。

「こんな、机上の空論を、どのようにして証明すればいいというのか?」

 と、ほとんどの大学で言われていたが、それは、松岡という研究者の性格をよく分かっていなければ、解き明かすことはできないだろう。

 そもそも、学生のレポートだったのだ。実証や実験などは二の次で、自分の意見を正面に打ち出す書き方がされている。

 だから、研究する方は、その論文を、

「傲慢だ」

 と思ってみるのだった。

 しかし、元々学生の文章なので、傲慢というよりもむしろ、気を遣って書かれていた。それが分からないと、分析もくそもないというものだ。

 それだけ、松岡という男は、研究員としては変わった性格の持ち主で、だからこそ、発表を教授も許したのだ。

 もちろん、発表された内容をさらに吟味し、K大学でもタイムマシンの開発に邁進していた。その中心にいるのが松岡であり。彼独自の考え方で、今、証明と実験を繰り返していたのだった。

 だが、想像よりも、谷口という男は頭がよかったようだ。タイムマシンの開発に成功したからだった。

 だが、そのことを予言していた人がいた。ほかならぬ門脇だったのだ、

 門脇とは、研究が忙しくなってからも、時々、いつもの馴染の喫茶店で会っていた。会っていたといっても、食事に出かけるのが、その喫茶店なので、必然的に会っていたというだけで、別に示し合わせていたわけではない。

 それでも、最初の頃のように、それこそ示し合わせたように会えなかった時期があったくらいなので、それから思えば、遭遇頻度は爆発的に増えたといってもいいだろう。

 門脇という人が、普段は何をしているのか、詳しくは知らない。別に門脇も隠しているわけではないのだろうが、松岡が自分のことを自分から話をして、その話が盛り上がってしまうので、聞くタイミングを逸してしまったといってもいい。一度聞けなかったことを、何かのタイミングがなければ聞けないというのも、よくあることで、そのタイミングが来るのを待つしかないと思うだけだった。

 松岡が、

「俺は、K大学の理工学部で、タイムマシンの研究をしているんだ」

 というと、最初は門脇も、

「そんなことを口外してもいいのか?」

 と聞いてきた。

「ああ、いいんだ、別に国家から依頼を受けているわけでも、かん口令が敷かれているわけでもなくて、もっといえば、そこまで開発が進んでいないということの裏返しでもあるからね」

 と松岡がいうと、

「そうなんだ」

 と、少し門脇は寂しそうな顔をした。

「ん? 何をそんなに寂しそうな表情になったんだい?」

 と気になって聞いてみると、

「いやね、もっと研究は進んでいると思っていたのでね」

 というではないか。

「えっ、君は俺がタイムマシンの研究をしていることを知っていたのかい?」

 とビックリして聞くと、

「ああ、そうじゃないかって、思っていただけで、誰からも聞いたわけでもないんだ。俺には以前から、予知能力のようなものがあって、時々、それが発動されるんだ」

 と門脇は言った。

「この間、お互いに、超能力者でも魔法使いでもないって言っていたと思ったのだが」

 というと、

「ああ、別に超能力でも、魔法でもないと思っているよ。超能力のように、頻繁に使えるわけでも、魔法のように、自分の思った通りに能力を操れるわけでもないからね。ただ、時々ピンとくる程度なんだけど、自分では結構当たっていると思うんだ」

 という。

「当たっていると思う根拠は?」

 と聞くと、

「自分で、そうではないかと思ったことは、ほぼ当たっているといってもいいと思うんだ。ただ、このことを口外することはないんだけどね。自分の中でひそかに感じて、ほくそ笑んでいるだけさ。下手にまわりにこの話をすると、何か面倒なことに巻き込まれそうな気がするから、控えてきたんだ」

 と、門脇は言った。

「でも、今回は話してくれたんだね?」

 と聞くと、

「ああ、俺は松岡君を親友のように思っているから、気になったことは言ってあげようと思っているんだよ」

 と嬉しいことを言ってくれるではないか。

「ありがとう。俺も、門脇君を親友だと思っているよ。今まで親友などいたことがなかったので、本当に新鮮なんだ、いつもまわりにいるのは、利害関係が一致した人たちばかりで、一緒にいて、変に気を遣う人たちばかりなんだ、だって、付き合い方を間違えると、死活問題になりかねないって思うからね」

 と、松岡がいうと、

「俺もそれは感じていた。死活問題というのは大げさなんだけど、自分が正しいと思ってやってきたことを否定されたような気がして、その先をどうすればいいのか分からなくなると思うんだ」

 と、門脇は言った。

「俺は、前にタイムマシンの開発についてのヒントになりそうなことを論文にして発表したんだけど、評価は微妙だったんだ。昔からの重鎮のような学者の人にはセンセーショナルだって言われたんだけど、実際に現役で研究している教授連中には、さほど響かなかったようで、どこまで信憑性があるのかが疑問だって書かれた批評もあったくらいだ」

 というと、

「そうか、難しいんだな」

 と門脇は言った。

「そうなんだ、特に俺の論文に関しては、実証に乏しいというんだよ。要するに机上の空論にしか過ぎないってね。だけど、俺の論文は、別にタイムマシンの基礎を書いたわけではなく、それまで結界のようになっていたものがどういうものなのかということを現しただけで、その破り方を書いたわけではない、だからヒントなのであって、それをヒントだと感じない時点で、俺に言わせれば、タイムマシンの開発などできるはずなどないと言いたいくらいなんだ」

 と松岡は言った。

「そうだな、俺も松岡君の意見に賛成だよ」

 という門倉に、松岡は、論文の内容を少し話してやった。

「読んでもらってもいいんだけど、ちょっと専門的なことが書かれているので、難しいと思うんだ」

 というと、

「いや、一度読んでもいいんだったら読ませてくれるかな? 意外と素人のアドバイスが今まで見えなかった何かをこじ開けることになるかも知れないからね」

 という門脇の言葉を聞いて、目からうろこが落ちた気がした。

「ああ、いいよ。門脇君になら読んでほしいって真剣に思うんだ。遠慮のないところで意見を聞かせてくれると嬉しいな」

 ということで、次回、ここで会う時に論文を見せることにした。

 その次回というのは、思ったよりも早くやってきていて、話をしてから、三日後のことだった。

「ああ、やっと会うことができたね。俺はあれから毎日ここに来て、君を待っていたんだよ」

 と門脇はいうではないか?

 ビックリして松岡は、

「どうしたんだい? 何もそんなに慌てることもない、別に俺が書いた論文が逃げるわけでもないし」

 と、思わず笑ったが、心の中では何やら不気味な気持ちが渦巻いていたのだった。

「いや、何でもないんだが……。なんでもないというか、実際に早く読んでみたいと思ったのは本当なんだ。早速見せてもらえるかい?」

 と門脇はいうので、松岡は見せることにした。

「僕は専門家ではないので、分からないことがあったら、その都度聞いていくけど、それでいいかな?」

 というので、

「ああ、いいよ。俺も聞いてもらえる方が安心するからね」

 と言った。

 実際に門脇が読み始めると、

「うんうん」

 と言って、うなずきながら読んでいた。

「本当に分かっているのかな?」

 と思っていると、

「ここなんだけど、これはどういう意味なんだい?」

 と最初の公言通り、分からないと思ったことを聞いてきた。

 ということは、真面目に読んでくれているという証拠である。それを疑いたくなるほど、最初の方は結構な勢いで読んでいた。明らかに斜め読みをしているかのようだった。

 学者のような専門家でも、もっと慎重に読むものだと思っていたが、意外とこういう話の専門家ではない方が、ちゃんと読めるのではないかと思えてきたほどだった。

 二時間ほどで、読破した門脇だが、その間、松井課は緊張感に包まれていたせいか、二時間が三十分もなかったかのように感じた。

「やはり、物書きさんだね、読破するのが結構早い」

 というと、

「いやいや、俺も実はこういう話は好きなんでね。高校時代には、タイムマシンの話などをよく読んだものだよ、専門書とまではいわないけど、開発することができない理由とか、実際に開発してどういうことが問題になるかなどというような本だったり、SF小説などのフィクション系だったりを、読んだりしたものだよ。だからm君の論文も興味深く読ませてもおらった。同感できる部分は結構あったからね」

 と門倉は言ってくれた。

「うんうん、そう言ってくれると本当に嬉しいな」

 と松岡は、有頂天になりかかっていたが、その後で少し気になることを、門脇は言い出した。

「それでなんだけどね、君も今タイムマシンの開発に従事しているわけだろう?」

 と聞かれて、

「ああ、そうなんだ。今度は俺はわき役で、教授や理工学の専門家の人たちが、実際のタイムマシンを設計しているところなんだけどね。俺の論文をヒントにしてくれていると思うんだけど、実際に見ていて、どの部分がヒントになっているのか、よく分からないんだよ」

 と言った。

「ああ、そうなんだろうね。でもね、俺は予言能力のようなものがあるといっただろう? そこでちょっと気になることがあるんだけどね」

 というではないか。

「気になることというのは?」

 と聞くと、

「たぶんだけど、君の論文を元に最初はいくつかの大学の研究室で、研究が始められたと思うんだけど、ほとんどの大学ではそれが挫折したと思うんだ。この間も言ったように、君の論文がヒントであって、きっかけになるかどうかは、実際の解釈によるものだからね。でもほとんどの大学では、皆これをきっかけだと思って研究していると、きっと袋小路に入り込んでしまったんじゃないかって思うんだ。袋小路に入り込むと、抜けることはなかなかできない。それがスパイラルになっていると分かればいいのだろうけど、皆それを一つの輪だと思うから抜けられないんだよ。そのことは、実際に研究チームに入っている君が一番分かっていることだと思うんだけど。どうだろう?」

 と、門脇は言った。

 それを聞いて、松岡はまたビックリして、

「そうなんだ。まさにその通り。俺はそれを研究員に言いたいんだけど、皆俺のいうことをまともに聞いてくれそうもないんだ。研究所の人間は、意固地な人が多くて、自分の考えが一番正しいと思っている人が多い。それだけ自信があるんだろうが、一旦その自信が揺らぐと、後は立ち直るまでに時間がかかったり、相手を信用できないと思うと、また相手を信用するまでに、時間がかかる。きっと、自分の殻に閉じこもってしまうんだろうね」

 と、松岡はいう。

「うん、その通りなんだよ。だから、今はこの研究に関して、生みの苦しみを感じているところではないかと思うんだ。だけど、今、実際に研究を続けているところがどれほどあるかは分からないんだけど、どうやら、M大学では研究が続けられているようなんだ。そこの谷口研究員という人が、君の論文にかなり心酔していて、実際の研究では、表にそれを見せないようにしながら、助言する形をとっているようなんだ。M大学の研究室というところは、学生の意見も取り入れてくれる開かれた研究室なので、研究はスムーズに展開されている。このままでいけば、君たちよりも先に発表することになるんじゃないかという予感が俺の中ではあるんだ」

 と、門脇は、かなりショッキングなことを平気な顔で言った。

 いや、実際にはかなり興奮して話をしているようなのだが、その時の松岡には、門脇がかなり冷静に話をしているようにしか見えなかった。

「錯覚ではないか?」

 と思ったが、実際に錯覚というわけではないようだった。

「それは本当かい?」

 と、わざと聞いてみると、

「ああ、だけどただの予感というだけなので、こんなことを君に言っても、焦るだけなのかも知れない。それに、これが分かったからと言って、君たちの研究をもっと突貫で進めろということもできない。これは運命のようなものだと思うんだけど、その運命を今ここでどうして君に告げなければいけないのかと思ったのか、俺も頭の中が混乱しているんだ。何かいい案が浮かんできそうな気がするんだけど、それには、予感を話す必要はあると思ったので話したんだ」

 と門脇は言った。

「ああ、ありがとう。君が俺に皮肉なことはしないということは分かっているからね。何かの考えがあってのことだとは思うんだ。だから、俺は、自分にできることをただするだけでしかないんだろうな」

 と、松岡はいうだけだった。

 ライバルである谷口に先を越されると宣告されるのは、かなりのショックだが、その話を聞いた時は、あまりにも唐突で、そのショックの出どころはよく分かっていなかったのだ。

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