第4話 二人の出会い
そんなことを考えると、二次創作などというジャンルが確立されていることすら、怒りがこみあげてくるものである。
そのあたりが、門脇のこだわりであった。
だが、彼は、ノンフィクションを書かないわけではない。ただ、それは小説とは別だと思っていた。
それに、彼はポエムも書いたりする。これはもちろん、フィクションではない。しかしノンフィクションでもない。物語ではなく、感情を制限のある文字数で奏でるものだからだ。
彼のポエムは、結構大学内では定評がある。しかし、あまり彼はポエムを自分から書こうという意識はなかった。
「俺はあくまでも、小説を執筆したいんだ」
という思いがあることで、ポエムを評価されるのは、本当はありがたくはなかったからだ。
これも、門脇という男のこだわりであり、あくまでも、
「俺はアマチュア小説家なんだ」
という意識を持っていたのだ。
彼は多趣味というだけ、他にもいくつかの趣味を持っていたが、最近では、他の趣味に費やす時間が次第に減っていった。
時間的にも精神的にも、
「小説執筆」
にかなり陶酔しているようになったのだ。
今では、九割近くが小説を書くことに集中していて、他の趣味はほとんど何もしていない。
「開店休業」
というところか。
たまに、依頼があって製作することはあっても、その程度、
「やっぱり、小説を書いている時が一番いい」
と言っていたのだ。
彼が松岡を親友に選んだのに、理由があった。
「松岡という男の集中力はすごいものがある。きっと何かを成功に導けると思うんだ。おれにないものを持っていて、いずれその成果を出してくれる。そんな松岡を見ていると、俺も成長できると思うし、もっというと、小説のネタになるような気がするんだ」
ということであった。
松岡を題材にして小説を書いても、それは決してノンフィクションではないと思っている。自分が書く小説は、
「松岡の身にこれから起こるであろう内容を、俺が小説として描きたいんだ」
ということだった。
「それって、まるで予言のようじゃないか?」
と松岡がいうと、
「そうだよ、だけどな、松岡。お前にもその予言めいたものがあって、それを実現できるだけの力が存在しているんだ」
というではないか。
門脇には、それが見えているということなのか。
「俺が予言? もしそんなものがあるのだとすれば、それって、夢を見ている時なのかな?」
というと、
「そうそう、その通り、それが分かっているから、松岡。お前にはいろいろな素質や未来が待ち受けているんじゃないかと思うんだ」
と、門脇はいうのだった。
「未来か、未来だけではなく、過去も何かありそうだな」
というと、門脇が急にビックリしたように目をカッと見開いたのだった。
「ひょっとすると、お前がすごい発見をしたのは、本当に必然で、それだけの能力が備わっていて、ただ自覚がないだけなのかも知れないな」
と、門脇は言った。
「お前こそ、言っている内容は信憑性がないように感じるが、お前の話自体を一つの予言だと考えるようになると、そこに信憑性が出てくるような気がする。お前が、俺の才能を認めてくれるのであれば、俺はそれを信用しようと思う。どうしても、恥ずかしいという思いから自分の才能を認めることはできなかったけど、信頼できる人間に言われると信憑性が感じられ、さらに、そこには、責任というものもかぶさってくるのではないかと感じるんだ」
と、松岡はいい、その時、二人はお互いに相手の素晴らしさを認め合い、一目置くようになったのではないかと思うのだった。
二人は、元々、相手の良さを分かっているつもりだった。それも本人が自覚していないと思われる場所を分かっているつもりだったので、
「この人のよさを分かって、気を遣うことができるのは、自分しかいない」
と、それぞれに、奇遇というべきか、感じていたのだった。
だが、二人は研究においては、ほとんど共通点はなかった。相手が何を研究しているのかは、ずぶの素人よりも、少しは知っているという程度で、松岡にとっても、門脇にとっても、その先のことを言っても、本当であれば、
「何も分からないくせに」
と思ってもしかるべきところを、
「予言者のようだな」
と言えるだけ、相手を立てているといってもいいだろう。
普段の二人を客観的に見ている人であれば、
「予言者」
などという言葉を使えば、それは完全に皮肉であるということしか思わないに違いないだろう。
そんな二人だったが、二人が仲良くなるなど、誰が想像したのだろう?
それほど、二人には接点があるわけではなかった。
高校もまったく違っていたし、同じ学部に入学したといっても、五十音順で形成される語学クラスから考えても、松岡の「ま」と、門脇の「か」では、かなり遠いクラスであることは誰も分かっていることだろう。
講義も同じものがそんなにあったわけでもない。少なくとも、一般教養の時期に二人に面識があったという意識はなかった。
二年生の途中から、実際の専門科目が登場してきて、三年制になると、やっとゼミであったり、専攻科目がしっかり固まってくるので、この時初めて同じ研究室に入ることで、知り合った仲間だとまわりは見ていた。
実際にもそうであり、二人のことを、誰もが思っていたことと変わりはなかった。しかし、同じゼミに入ってから、最初こそ、会話などなかったのだが、何かのきっかけからか、二人は徐々に会話をし始めたのだった。
実は、それが門脇の趣味である小説のことが原因だったと、誰が想像しただろう。松岡は、自分で小説執筆などという大それたことはできなかったが、小説を読むのは好きだった。
特にミステリーは、海外小説を中心に読むのが好きで、一度飲み会の時、その会話になると、二人は一気に意気投合した。
確かにその時はとめどもなく出てくる言葉で、一気に距離は縮まったのだが、二人の性格から考えれば、
「今日だけのことだろうな」
とまわりは皆考えていた。
実際に、二人も学校で会話をすることもなく、プライベイトに干渉することはなかった。これはお互いの信念であり、相手が、歩み寄ってこない限りは、自分から話をすることはないと思っていた。まわりもそのことを分かっていたので、そもそも他に共通点のない二人が、あの日に仲良くならない限り、二人が接近することはないだろうと思っていたのだった。
その考えは確かに間違いではなく、学校内でも、学校の外でも会話もない状態が続いた。だが、これはただの偶然でしかなかったが、馴染の喫茶店が同じだったのだ。
二人ともその喫茶店の雰囲気が好きで、
「癒しを求めにやってくる」
という二人だったのだ。
しかも、今までに二人がその喫茶店で出会うことは一度もなかった。それは、マスターが証明できるのだが、それとは別に、マスターには証明できた。
「二人は、それぞれに指定席を持っていて、その指定席が同じなんだよ。だから、もし二人がかち合っているとすれば、その時に分かるはずなんだ。きっとどちらも後から来た方が、自分の指定席が埋まっているのを見て、踵を返してすぐに帰るはずだからね」
というのだった。
その話を最初に聞いたのは、松岡だった。
マスターから、
「いつも同じ指定席を持っているやつがいてね。なぜか君と一緒になることはないんだよ。面白いよね」
と言われた。
松岡は、この店に来た時は、結構長い間いることが多かった。マスターと話をしたり、本や新聞を読んでりして、適当に時間を潰していた。
この言い方は適格ではないかも知れないが、
「時間を潰す」
という表現が、まるで時間を無駄遣いしているように聞こえて、それが気に入らなかったのだ。
時間を潰すというのではなく、
「時間を余す」
と言った方がいいのではないかと松岡は思っていた。
これをマスターにいうと、
「余す」
というのはどういうことだい?
と案の定聞いてきた。
「潰すというよりも、余すの方がいいだろう? というよりも、時間というものには、そのものとは違う意味で、何か別のものが含まれているような気がするんだ。だから、時間を潰すという表現を誰もおかしいと言わないだろう? 潰している部分を見ているからさ。でも、それ以外に別の何かがあって、それを僕は、余すものだと思うようになったんだよね」
と、松岡は答えた。
「潰すということに関しては、なるほどとも思ったけど、余すというのはどういうことなんだろうね?」
と聞かれたので、
「そうだな、相対的なものだという意識で考えた方がいいかも知れない。表には裏があり、昼には夜があるように、それが極端であればあるほど、意識が集中せずに、曖昧な気持ちになるんじゃないかって思うんだ。だから、余すの正体が分からないと、曖昧であるだけに、その正体がつかみどころのないものに感じられるんじゃないかって思うんだよね」
と、松岡は答えたのだ。
「じゃあ、ここで、同じ指定席にいつも座っている人は、たぶん、君にとって、表であれば裏なのか、光であれば影なのかというそういう意識なのかな?」
と言われたが、
「お互いにその存在を知らない間はそうだったかも知れないけど、今マスターが僕に話をしてくれたよね? 僕はきっと意識する。そうなった時に、その人に対してどのような影響があるか、少し楽しみな気がする。だから、マスターは、この話をその人にはしないでおいてもらえれば嬉しいんだけどな」
と松岡がいうので、
「ああ、もちろんだよ。この話をしたのは、君が初めてで、彼は知らない。俺も、この話は君にしかしないつもりでいたんだ。今君が言ったのと同じような意識があったので、この先、どのような変化が訪れるか、実に楽しみなんだよ」
とマスターは言った。
すると松岡はニンマリと笑って、
「実は、この話は確かに今マスターから初めて聞かされた話なんだけど、俺にとっては、初めてのような気がしないんだ。誰からも聞いたわけではないが、予感めいたものがあったような気がする。気のせいなのか、それとも、マスターからその話を聞いたことで、似たような意識が作用して、初めてではないという感覚が芽生えたのかも知れない。一種の作用と反作用のようなものかも知れないな」
というのだった。
「じゃあ、彼が反作用を形作っているのではないかと?」
と言われた松岡は、
「そうかも知れないが、あくまでも、相手を知らない自分が勝手に思い込んでいるだけなので、何と言っていいのか、少し考えさせられる気がするんだ」
というのだった。
「松岡君にとって、この店はどういうお店なんだい?」
といきなり、マスターに聞かれた。
「どうしてそんなことを聞くんですか?」
と松岡が聞いたので、
「似たような話を、同じ指定席に座っている人がしていたのさ。この喫茶店が自分にとってどういう店なのかってね。だから聞いてみたんだ」
というマスターに対して、
「俺は、そうだなあ。何かを妄想できる場所だといってもいいかも知れない。研究についての妄想をする時でもあるし、それ以外のプライベートなことも多い。どうでもいいような自分勝手な妄想も結構あったりするんだよ」
というので、
「そっか、そっか。実はね。その人は、趣味で小説を書いているらしくて、ここに来るとアイデアが生まれるんだって、癒しのような感覚から、勝手に浮かんでくるらしいんだけど、その妄想がどこまでのものなのかは、教えてはくれませんでしたね。どうせ、話しても分からないとでも、思ったんでしょうね」
とマスターは吐き捨てりように言ったが、決して嫌な気分になっているわけではないようだ。
むしろ、この店で妄想してくれることが嬉しいと言わんばかりに感じたのは、松岡が自分も妄想めいたことをするといった時に、実に満足そうな表情になったのを見たからだった。
松岡は、その人がどんな人なのかということに大いに興味を持った。
自分に似た人なのか、それともまったく似ていない人なのか、妄想の中では、雰囲気も性格もまったく似ていないが、考え方がかみ合うというところで、もし出会うことができれば、きっと仲良くなれるだろうと思うのだった。
「その人に会ってみたいな」
と、松岡はボソッと言った。
それを聞いたマスターも、
「私も会ってみてほしいと願っているんだけどね」
というのだった。
「でも、不思議なこともあるんだよ」
と、マスターが言ったのだ、
「どういうことですか?」
「実はね、君がそこに座っている姿を見ると、もうひとりの彼がそこに座っている姿を想像できなくなるんだよ。まるでのっぺらぼうのように、逆行になっていて、表情がまったく見えず、ただ、白い歯がうっすらと光の中に浮かび上がっているかのようなんだ。だけど、もう一つ不思議なのは、白い歯が目立っているくせに、その人の顔が薄暗いからと言って、黒いわけではないんだ。むしろ白っぽく、グレーに近いといってもいいかも知れないな」
と、マスターは言った。
「それは何かおかしな感じがするね、それなのに、白い歯がやはり目立つというんですか?」
と尋ねると、
「ああ、そうなんだ白い歯が目立っているんだ。今日は違うけど、彼がそこに座っている時に君を思い浮かべようとしても、同じことが起こるんだよ」
と、マスターがいう。
「じゃあ、僕の顔もグレーになっていて、そのうえで、白い歯が目立っているということなんですか?」
と聞いた。
「ああ、そうなんだよ、まったく共通点が見あららないと思うような二人が、変なところで共通点があるというのもおかしいんだけど、もし、ここに、もう一人同じようにそこに座る常連さんがいるとすれば、その人がどう見えるのかって考えたこともあるんだけどね」
とマスターがいうので、
「それで、どうでした?」
と聞くと、
「いや、まったく想像ができないんだ。この世界は二人だから成り立っていると思うんだ。ただ、相手が君でなくとも、成り立つような気もしているんだけどね」
というではないか。
「僕は、研究している中で、相対しているものに対して、結構、造詣が深いと思っているんですよ。光と影、昼と夜、SとMのようにね」
と言って、ニンマリと笑った。
マスターもニンマリとしたが、それは、松岡が最後に、
「SとM」
という言葉を発したことだ。
松岡が先ほどからこの話をする中で、お互いに相手に気づかれないような、表裏の関係を描いているようで、
「SとMの関係」
とは少し違っているのではないかという違和感をマスターが持ったからだった。
SとMという関係を、物理学の研究をしている松岡の口からきくというのも、何か変な気がしたし、松岡のニンマリとした笑みが何を意味するのか、自分も聞いてみたいという思いを込めて、マスターが笑ったのではないかと、松岡は感じたのだった。
二人は、卑猥な関係を想像しているわけではなく、SMに対して、お互いに独自の考えを持っているのではないかということは、それぞれに意識していることのようだった。
それが分かっているからか、
「話をするなら、この機会」
と感じたのかも知れない。
マスターは、徐々に相手のことを話し始めた。
最初から話をしないようにしようと思っていたわけではないのだろう。そうでないと、先ほどののっぺらぼうのような感覚だということを口にしないはずだと感じたからだ。
実際に、松岡と話をしている時には、その男が後ろに回ってしまっていて、決して表には出てこない。そんな存在であることを、マスターは分かっていて、
「いつもこの席を指定席にしているもう一人の人間にも、俺のことを話すようなことはないんだろうな」
と松岡は感じた。
もちろん、根拠も信憑性もないが、もし話をしているのだとすれば、今ここで、松岡に話をすることはないと思ったからだ。
「いやいや、その逆なんじゃないか?」
という人も多いかも知れない。
相手にも言っている話だから、松岡にも言わないと不公平だと、普通の人は思うだろう。
しかし、それぞれにm相手が違う時は想像もできないような相手である。マスターが自分に話をしてくれているとすれば、曖昧なことであり、マスターの中に何かの迷いがあるからではないかと思うのだった。
もっとも、この考えもかなりおかしいのだろう。あくまでも、松岡にとって都合のいい話であり、もし、マスターが話をしようとしたのだとすれば、マスターの本心からではないような気がする。
松岡は自分の中に、相手を誘導するような力があり、その力によって、導かれたマスターが、話をさせられたのではないかと思った。これこそ夢のような話で、実に都合のいい解釈だといえるのではないだろうか。
マスターは、実際に二人を合わせたいと思っていたのだろう。
しかし、二人がここまで一緒になれないということは、何かがあるからであり、それを無理やりに会わそうとすることは、却って無謀な気がしたのだった。
別に二人が来る曜日が決まっているとか、来る日に決まりがあるというわけではない、完全にお互いが避けてでもいるかのように出会うことはないのだ。
「ここまで会わないのであれば、このまま会わない方がいいのかも知れない」
とマスターは考え、松岡も同じように感じているのだろうと、マスターは察していた。
松岡の方は、きっと会いたいと思っているというのは、マスターも分かっている。しかし、偶然でしか成り立たないということであるなら、余計なことを考えるというのは、罪なことのように思えてならなかった。
そんな二人が出会うことになったのは、それから一か月ほどが経った頃だった。松岡もその話を半分意識から離れていっていたので、青天の霹靂とはこのことだった。
松岡が店に入った時、その男はすでに、指定席に座っていた。扉を開けた瞬間、松岡と相手の男は目を合わせた。相手はビックリした様子もなく、すぐに目線をそらず。松岡はその時、
「彼が例の男だ」
と思ったのだ。
いつもであれば、なぜか自分の指定席はいつも空いていた。別にマスターが意図しているわけではないのに、空いているのだ。それだけ他の人が座るには、何か抵抗があるのだろうが、松岡に分かるはずもない、その男は平然と座っていて、最初に見ただけで、松岡の顔をそれから見ようとはしなかったのだ。
松岡はそこから少し離れた席に腰を下ろして、きょろきょろとあたりを見渡した。
「この店は、こんな風にも見えるんだね」
と、呟いたのは、マスターに言ったわけではなく、明らかに、その男に言ったのであって、分かっているのかいないのか、その言葉に反応することはなかったようだ。
「うん、そうだね。松岡君がそこに座るのは初めてだったね」
と、分かり切っていることを言いながら、マスターは彼を見ていた。
相変わらずの無表情で、次第に松岡はいらだってくるのを感じた。
気を遣っているわけではないのに、気を遣っているようにまわりに見えるような素振りをしている自分に苛立っていたのだ。
だが、マスターは、ただおろおろしているだけで、何も言わない。二人をキョロキョロと見ているのだが、その様子はきっと滑稽に見えることだろう。
マスターのことをよく知っている常連さんには、こんなマスターの姿は想像もできないに違いない。
いつでも、冷静沈着で、人へのアドバイスも的確なマスターが、おろおろしている姿など、誰が見たいと思うものか。
そんなマスターを、他の常連客がどう見ているのか分からないが、マスターは、すでに他の客は眼中にないようだった。
この二人が、今一触即発になっているように思えて、それが気になって仕方がなかったのだ。
そんな店に最初にいた彼は、何かパソコンを広げて作業をしていた。
「仕事でもしているのかな?」
と、まさか同じ大学の同級生だとは思っていなかったので、きっと相手は社会人だろうと思ったのだった、
見た目の落ち着きは、まわりの大学生とは違う雰囲気を醸し出していて、彼の集中して書いているその姿は、その集中力に、感心するしかないと思えるほどのもので、それだけに、余計に社会人だと思えたのではないだろうか。
それが、趣味の小説であるということを知ったのは、そのすぐあとだった。ちょうど一息ついた彼に、
「お疲れ様」
と言って声をかけた時だった。
彼はやっとにこやかな表情になり、それが充実感や、満足感であるということは分かった。
「こんなにも、満足げな顔ができる人は、初めて見たような気がする」
と思ったからだった。
「今は何を書いているんだい?」
とマスターに聞かれた彼は、
「ああ、ミステリーです。最近はミステリーに凝っていましてね、中学時代に読んだ推理小説を今読み直しているところなんですよ。あの頃の感動を思い出しながら読んでいると、いろいろな発想が浮かんでくるようで、楽しいんです」
というのだった。
それを聞いて初めて、
「この人は趣味で小説を書いているんだ」
ということが分かったのだ。
松岡は、本を読むのが好きだったが、小説を書いているという人に出会ったことはなかった、それだけでも興味が沸いてくる相手だったので、思わず声をかけてしまった。
「小説を書くのって、難しいですか?」
これは、率直に一番感じている質問だった。
普通なら、いきなりする質問ではないだろう。しかし彼は、ニッコリと笑って、
「難しいと言えば難しい、難しくないと言えば難しくないかな?」
という、禅問答のような答えを返してきた。
「それはどういう意味ですか?」
と、何となく答えが分かっているような気がしたが、聞いてみた。
「難しいと思うにはそれだけの理由がある場所があるわけで、それを感じなければ、難しいというわけではないのだと思いますよ。難しいか、難しくないかという質問に対しては、そう答えるしかないと僕は思います」
というのだった。
これは、松岡が感じていた認識と結構近いもので、それを聞いた時、松岡は彼に一通りの経緯を表しようという気持ちになったのだ。
それが、二人、つまり、松岡と門脇の出会いであり、お互いが分かりあった瞬間だったといえるだろう。
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