『人混み』を体験してきました。
あばら🦴
『人混み』を体験してきました。
ある日、自転車でコンビニに向かってる途中、ある看板を見た。
〖夏祭りのため通行止め
七月十五日 午後五時~午後六時
七月十六日 午後五時~午後六時〗
へえ、やるんだ。四年ぶりになるのか。
そういえば四年前ってどんなだったっけ?……いや行ってなかったっけな。
……もし行けば、本物の人混みとやらを体験出来るんじゃないか?
いつもは『大勢の人がごった返す』ぐらいでしか表現できなかったものを直で体験することにより、表現の幅が広がるんじゃないか!?
それが夏祭りに行く動機だった。
来たる当日。マスクはしないで行った。
通行止めの道路に入った辺りから、自分と同じように祭りに向かって歩く人たちが見えた。自分と彼らはまるで窪みを転がるボールのように真っ直ぐ向かっていく。
その窪みの中心地、夏祭りの開催場所はどうなっているんだろうか。移動中にも期待は膨らんだ。
結論から言えば想像以上だった。歩行者天国となった広い車道にこれでもかと人がいる。その熱気に自分は包まれた。
見渡す限りの人、人、人!
老若男女に外国人!
歩く道すらままならず!
ごった返した人の群れ!
いや、待て!これを表現するために夏祭りに向かったんだろ!行きます……。
『スーパーの混雑なんて比べ物にならない程の人が居た。今までどこに隠れてたんだってくらい大量に溢れた人の群れに、僕はバルサンを焚いた後のゴキブリの群れを思い出した』
うん……。これでいいんだろうか……。
いいよな……。実際、祭りの熱気に焚き付けられて来たんだから……。
さて。本当にどこを歩けばいいのかが分からないくらいに人が居て、人の波の中に入って流れるように歩くしか無かったのだが、不思議と誰かにぶつかるということはなかった。
その川の濁流のようなガヤガヤとした話し声を聴きながら屋台の数々を眺め、最初に立ち寄ったのは鈴カステラ屋さん。
列の最後尾に並びながら、改めて人の群れを見る。
背格好も装着品も顔つきもみんな違っている。当然だけど人生もみんな違うんだろう。
自分は今二十一歳だ。若造と言われるかもしれないが、それでも人生を振り返ってみれば色々あり、二十一年の歳月は濃密であると感じる。これを見て下さっている読者も、生まれてから今までを振り返れば充分濃密だと感じるはずだろう。
その濃密さをここにいる誰もが持っているのだ。パッと見て目に映った人数、百人くらいだろうか。全員がこの濃密さを抱えて生きている。さらに言えば、自分の濃密さなんて目じゃないほどの人生を重ねた人だっていくらでも居る。
ごった返している人間一人一人に、莫大な情報が詰まっているんだ。
そう思うと、今立っている場所の情報量の多さになんだか畏怖を覚えて、それでいて面白かった。
次に立ち寄ったのは焼きそば屋。驚いたのは、爆裂に焼きそばを作るのが上手い小学生が居たことだ。
あれは凄かった……。鉄板の上で画用紙くらいに広がった焼きそばを二つの大きなヘラで器用に混ぜていた。水をかけ、タレをかけ、均等になるように混ぜていく。
つい見入ってしまった。あの男の子の将来はどうなるんだろう。
焼きそばのパックをリュックの中に入れた。そして次はたこ焼きでも買うか……と思ったのだが、全然見つからない!
見えるのはかき氷屋、焼きそば屋、からあげ屋、じゃがバター屋、焼き鳥屋、水風船屋などなど。特に焼きそば屋が多い印象だ。でも何故かたこ焼き屋が一向に見つからないのだ。
流木みたいに人混みに乗っかって動いていると、ふと目についたじゃがバター屋に立ち寄った。そして購入。
そこで想定外だったのは、じゃがバターがパックに収まらない大きさだったことだ。リュックに入れたらバターで中がベトベトしてしまう!
仕方ないから帰る前にここで食べようかと考える。
そしてそろそろ帰ろうかなーと思ってフラフラしていた時、ピーヒョロロという笛の音とドンドコと太鼓の音を奏でる人たちが目に入った。おそらく中学のそういう部活。
郷土芸能部とか言ったっけ?名前は忘れたけど……。
すぐ横を通るのだが、太鼓の迫力のある音が周囲の空気ごと自分の内蔵やら体液を揺さぶってくる。その爆心地にいる奏者の鼓膜は無事なんだろうか。
さらに奥を歩いてみる。すると……見つけた!
たこ焼き屋!歩行者天国の端っこにそれはあった。
まず思ったのは、列の長さが尋常ではない。他の屋台の行列は屋台から真っ直ぐ伸びるのだが、このたこ焼き屋は行列が長すぎて、車道の幅じゃ足りないから途中で曲がっている。
仕方がないので並んだがまぁ長いこと長いこと。
勝手にヒートアップしていく太鼓の音を聴きながら待つ。かなりハイペースにドコドコと叩いていて、その上一切の乱れやミスが無く、これは相当な練習を重ねてきたんだろうなというのが伝わってくる。
ふと周りを見た。やはり夏祭りに来る人というのは誰かと来ているものだ。友人や恋人や家族、基本的に誰かと楽しげに話しながら人混みの熱気の中を歩いている。
一人で来てる人も中には居るが数は少ない。
ああいった人間関係っていうの、どうやって作るんだろう?
作品は創ってきたけど友人や知り合いの作り方は全く知らないのだ。まぁ、別に知ろうとは思わないけど……。正直、魔法みたいに感じるんだよな。
たこ焼きを買い、帰る直前。じゃがバターはここで食べて帰ろうとする。
自分は道の端にある車道と歩道の境い目のブロックに腰掛け、割り箸を割ってじゃがいもに沈めたた。周りを見れば同じように座ってモノを食べている人たちが居る。
食べながら今一度考えた。
このじゃがバターは六百円。このお金なら近さで考えてコンビニの弁当の方が良かっただろう。
ここで買ったものは鈴カステラ、焼きそば、たこ焼き、じゃがバターでトータルで二千四百円。暑い中買いに来る苦労まで考えたら正直言って割高だ。このお金と苦労でもっとコスパの良いことが出来ただろう。
だけど、来て良かったと思える。
買ってよかったと思える。
そう思わせる魔力が人混みの熱気の中にはあった。
正直、危険だと思った。
その魔力はきっと人を狂わせることくらい簡単にできる。
……はぁ。勢いで色々買ったけど食べきれない……。
『人混み』を体験してきました。 あばら🦴 @boroborou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます