帰宅部(後編)

 大会当日、思わず会場に来てしまった。なんとなく先輩のことが気になってしょうがなかった。

「ゴウ君! 来てくれたのか!」

 さっそく先輩にバレてしまった。

「やっぱり僕のことを心配してくれてたのか!」

 ち、違う。そういうわけじゃない。

 談笑していると、後ろから声をかけられた。

「おや、南校のホンダ君じゃありませんか」

 振り向くと、爽やかな青年がそこに立っていた。

「お前は……北校の今木いまき たく!」

「北校? 強いんですか?」

「強いも何も、北校は毎年のように優勝している強豪だ。去年は女子を自転車の後ろに乗せて帰る『青春帰宅』だったが、敵ながら見事だった。しかし、今年こそは南校が勝つ!」

 イマキは嘲笑を浮かべた。

「ほう、今年は新入生がいるのか?」

 いや、俺はちが

「ま、何をやっても無駄だから、今のうちに荷物をまとめて帰った方がいいぜ」

 何かとすぐ帰れと言うのは帰宅部ジョークなのか? 入学式の時に先輩にも言われたんだが。

「なに! こっちだって毎日血のにじむような特訓をしてるんだ! 負けるわけにはいかない!」

 陸上の練習な。

「ま、せいぜい見てなよ。どちらが強いかは今に分かることさ。それじゃ」

 そう告げて、イマキは去っていった。

 僕もそろそろ観客席のほうに向かうか。

「まて、どこへ行く。君が向かうのは選手会場の方だろ」

 ……え?


 選手会場に連れて来られてしまった。会場には他の高校の選手も大勢おり、客席もまあまあにぎわっていた。まさか、こんなに人気があったとは。

 先輩は腕を組んだ。

「帰宅の様子はドローンで撮影して、そこで家に帰るまでの早さ、芸術点などを競うよ。僕たちの出番は後だからね。まずは北校のお手並みを拝見させてもらうよ」

 イマキが位置につくと、始まりの合図が鳴った。

 彼は会場を出ると、何かを探しながら歩いている様子だった。並木道にさしかかると、片手で握れる程度の大きさの枝を拾い、上下に振り始めた。そして、必殺技の名前を叫びだした。

「グレイトスラーーーーッッッシュ!!!」

「先輩、これは……」

「これは、流行りの異世界系マンガ『唯一の白魔導士を追放したお前らが悪い』の敵キャラ、ヴァロンの必殺技だ」

「いや、技の元ネタを聞きたいわけではないんですよ」

「まさか敵推しだとは。確かにあの作品は敵も魅力的なんだよな」

「知らないですよ、彼の好みは」

  イマキは木の棒を片手に、石ころを蹴り始めた。同じ石をサッカーのように何度も蹴り続けた。

「これは……小学生の下校では?」

「ゴウ君、いいところに気付いたね。彼は小学生の下校を再現することで、子供の頃のノスタルジーを表現している。やはり彼は手強い」

「なるほど……」

 イマキが無事に帰宅したところで審査が終わったようだ。結果は全選手の演技が終わってから伝えられる。


「さあ、次は僕たちのーー」

 次の瞬間、先輩は膝から崩れ落ちた。

「先輩! どうしたんですか!?」

「はぁ、はぁ、どうやら練習しすぎてガタが来たようだ……」

 先輩がズボンをまくり上げると、膝には大量のサポーターがぐるぐる巻きにされていた。今まで痛みに耐えてきたが、限界が来たのだろう。

 冷却スプレーを吹き付けていると、客席の方から声が聞こえた。

「帰宅部もこれまでですな」

 客席の方を見ると、校長が座っていた。

「前回もそうだ。自己新記録を更新してきたのに優勝できなかったんですから。君の努力はすべて水の泡、ということですな」

 先輩は苦悶の表情を浮かべながら返した。

「そ、そんなことはない!」

 間もなく試合が始まろうとしていたところ、突然スマホが鳴った。実家からだった。煩わしく思いつつもスマホを耳に当てる。

「はい、もしもし」

 スマホからは、慌ただしい父の声が聞こえた。

「大変だ! 母さんが倒れた」




 両親に嫌気が差したのは中学の時だった。俺なりに勉強を頑張ったのだが、どうしても期待に添えないらしく、テストのたびに嫌味を言われていた。

「もっといい点はとれんのか」

 そんなこと言われても。

「ユウくんは頭いいわよねえ」

 俺はユウくんじゃない。

 自分のテストだけで比較すると、点数は少しずつ伸びているのだが、きっと両親は百点満点でしか評価してくれない。結局どれだけ自己記録を更新しても、その努力は自分以外の人からは見えない。

 例えそれが両親であっても。


「ゴウ君! ここは僕に任せろ!」

 でも、先輩は怪我をしている。

「ほらほら、時間がないですよ。諦めた方がいいのではないかね?」

 校長も煽ってくる。

 ここで勝たなければ帰宅部が終わる。先輩の努力も無駄になってしまう。

 俺は決心した。

「ここは僕に任せてください」

「ダメだ! 君は帰るんだ! 実家に!」

 間も無く、開始準備のアナウンスが鳴った。

「先輩。僕が帰ります――実家に」

「ゴウ君!」

 競技開始の合図が鳴ると、俺は好調なスタートダッシュを決めた。

 電車に乗るルートだと待ち時間が発生する。その間の挙動も評価に響くのだが、俺はその間に何をするか考えていない。あいにく自転車も無いので、走った方が早いだろう。

 十分ぐらい経っただろうか。呼吸が苦しくなってきた。肺の伸縮が止まない。こんなことになるなら帰宅部の練習に参加すればよかった。


 そろそろ家に着く頃だ。俺は玄関を開けた。玄関に鍵はかかっていなかった。

 しかし、家の中はシン…としていた

「誰も……いない……」

 競技の様子はドローンで撮影される。自宅に帰ったということは、競技の終了を意味する。ドローン越しに競技終了の合図が鳴ろうとしていた。

「これにて、南高校の競技を――」

「待て! 終わるな! まだ終わっちゃあいない」

 俺はドローン越しに叫んだ。

「俺が帰るところは家じゃない。両親のもとだ。両親がいるところ――病院だ!」

 俺は行き先を病院へと変え、再び走り出した。


 自宅から病院へは五分とかからなかった。受付で母の居場所を尋ねると、病室で休んでいることがわかった。すぐさま、母がいる病室を訪れた。

「母さん!」

 母はこちらを見ると、驚いた表情を見せた。

「ゴウ! 帰ってきたんだね!」

 何があったのかは父が説明してくれた。

 自宅で急に倒れたのだが、検査の結果はただの貧血だったようだ。幸い頭などをぶつけておらず、大ケガは避けられたようだ。

「よかった……。母さんに何かあったら……俺……」

「いいのよ。私たちも悪かったわ。ゴウが必死に勉強を頑張っているのを素直に褒めればよかったのに、うちの子が他の子に負けるはずがないって意地になっちゃった」

「俺も……急に飛び出したりしてごめん」

「謝る前に、言うことがあったでしょ」

「うん、ただいま!」

「おかえり」


 この帰宅の一部始終はドローンで撮影されていた。

 翌日、学校へ行くとホンダ先輩が涙を流しながらこちらへ向かってきた。

 その右手には優勝トロフィーが輝いていた。

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帰宅部 あーく @arcsin1203

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