100.函

 ここに一つのはこがある。


 私は百話目の「函」を書きあげたところだった。原稿用紙をその函にしまい込む。

 函の中で、何か聞こえる。虫でも入り込んだのだろうか。百話分の原稿の束だ。耳を近づけるとかさりかさりと葉擦はずれのような音がする。

 ふたを開け、中を覗くと黒い猿と目が合った。猿は逃げていったが、頭を巨大な手でつかまれた。爪の長い鬼のような手だ。ぐいっと私はへと引きずり込まれた。

 途中でミセス・オレンジとすれ違う。見上げると、四角く切り取られた天井が見えた。そこに一つ目の知らない小僧の顔ががちらりと覗く。

 蓋が閉められた。



 小僧は函を脇に抱え、立ち去った。

 後に残るのは、静寂のみ。



 

 

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さらさら読める奇妙な話・怖い話 連野純也 @renno

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