ツギハギランデブー

柚木梯

第1話「往年残響」

 ある噂話を学校で聞いた。

 隣町にある廃墟化した小さな病院。

 そこにはおびただしいほどの頭蓋骨があったという。


 確認したのは嘘つきで有名な同じ高校の男子たち。

 冗談だとみんなは信じてる。それもまた話題の一つだと盛り上がる。

 けれど、私の興味を引くのには、それだけで十分だった。


 夏休み前。蝉がさんざめく。教室。

 窓際の一番後ろの席で、空を見上げる。

 私は病院を——あの場所を、あの頃の夏のように訪れようと決めていた。



 私は電車に揺られていた。

 日焼け止めの意味がない。

 そう感じさせほどのうだる暑さ。


 季節が私を殺そうとする。勘弁してほしい。

 バックから真新しい水を取り出し、少し飲む。

 車窓から海を見た。快晴の空が海を染める。


 宝石のように煌びやかだ。

 空調があまり聞いていない電車を恨む。

 私は窓を開けた。


 夏の少しばかりぬるい風。

 オオミズナギドリの群れが海を飛翔ひしょうする。

 私の夏休みがやっと始まったのだ、と胸がざわつく。


 隣町の駅についた私は、携帯で地図を確認する。

 過去に一度来たことがあると言っても、経路は明確に覚えていなかった。


 ここから南西に数十キロ先に行けば、廃村に出る事が地図で理解できる。

 一度行った事のある廃墟には、バス停もない。タクシーなどで行くしかない、と当初から想定した通りに、タクシーをさっそく捕まえる。


 「××町の近くまでお願いします」


 「あいよ」


 低く、そして渋い声が特徴の運転手だった。

 55歳の運転手だという事が、後部座席にぶら下がっている名札で理解できた。


 「……お嬢ちゃんまだ高校生だね」


 「分かるんですか?」


 愛想がよくなさそうな沈んだ顔をしていたので、会話はないだろうなと思っていたのだが、私の想像とは違い、渋い声と暗い顔つきなだけで積極的に会話をしてくる人物のようだ。


 「何千人と乗せては、目的地に向かって走ってきたからね。顔や声、それと雰囲気を見ればだいたいの年齢は分かるんだ」


 「凄いですね」正直にそう思う。


 「でも見えない事もあるんだよ」


 「見られたら困る事も、お客さんにはありますから」


 「そりゃ、ごもっとも」


 電車よりもはるかにゆったりとした乗り心地だった。

 運転手の腕がいいのだろう。

 速度がある程度、出ていたとしてもそこには淀みがない。

 人を乗せるという事に対して誇りを持っているかのような安らぎが伝わる。


 「お客さんがどうしてそこに行きたいのか。それは流石に見えないし、見ちゃいけないんだろうなって思うんだよ」


 「それが見られたら困るものですよ」


 「それを理解した上で聞くんだが、なんで廃村なんて行きたいんだい」


 「気になりますか」


 「この街じゃ、あそこに近づく奴なんていねえからな。止めといた方がいい」


 ルームミラー越しに眼が合う。

 それもそうだろうな、と私は運転手の心配に納得する。

 あの場所では物騒な事件の一つや二つは起きてしまう。


 「そこで、探したいものがあるんです」


 「……縁起でもないねえ、お嬢ちゃん。何を探してるんだい?」


 「友達ですよ。昔……帰ってこなくなった」


 車の窓ガラスを仰ぎ見る。

 電車の中で観た青い空模様はそこにはない。

 次第に雲が集まってきていた。

 灰が被ったように、空が色を染めていく。

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