スプーキー✪マジックウォーズ!
中靍 水雲
1 もふもふ! 魔法師の夜、いざ開幕!
寝室の窓は、ぱかんと開いていた。
さっきまで、飛行術の練習をしていた庭。
今は、執事のスサノヲが庭掃除をはじめている。
シャッシャッ、というホウキの音が、ポインセチアの部屋まで聞こえてくる。
「大魔法戦争は夜にのみ、行われる。参加するのは、魔法師一族の跡取りひとりだけだ。ポーチ、きみにその役目をお願いしたい。大変な一夜になるだろうが、引き受けてくれるかい」
「もちろんです、お父さま。私はもうりっぱな、プリンガレットの血筋をひく、優秀な魔法師なのですよ!」
肩にかかった銀色の髪をぱさりとはらいながら、ポインセチアは胸をぽん、と叩いた。
「だがなあ。お父さまは心配だよ。飛行術の授業でも、こうしてまた酔ってしまったようだし」
また、魔法のホウキから落ちてしまったポインセチアに、リースはまゆを下げた。
「お父さまは、お前が無理をしているんじゃないかと不安でならないんだ。プリンガレットの責任をおわせているんじゃないかと」
「そんなことありません! 私は私のために、大魔法戦争に参加したいのです」
「……そうか。ならば、安心だよ」
うっすらと目を細めて、リースはポインセチアをベッドに寝かせた。
「さあ、いつものように、お前の大好きな昔話をしてあげよう。赤い満月の夜に行われる、魔法師のための祭典。そのはじまりの物語を」
赤い月が笑う夜。
魔法師たちのための、一夜のみの大魔法戦争がはじまる。
黄金の月は、非魔法師のための月。
赤い月こそ、魔法師のための月。
大魔法戦争が行われる一夜には、ふたつの月が空に浮かぶ。
誰が赤い月を、いつ浮かべたのかはわからない。
赤い月には魔力がある。
月は、魔法師たちを見守っているのだ、といわれている。
月が、悪い魔法師をやっつけてくれているともいわれている。
「いいお月さまなんですね、赤い月って」
「ああ、そうだよ。ポインセチアのからだも、大魔法戦争までに強くなるよう、お祈りしようね」
「はい、お父さま」
手を合わせ、ポインセチアは祈った。
歴史に名を残す、大魔法師になれますように。
「おそらく、お前が十二歳になるころ、大魔法戦争が起こるだろう。その日まで、どうかお前が健やかに育ちますように」
それから、六年後。
「月が出たぞーーーーーー!!!!!」
屋敷中に、耳の鼓膜に風穴を開ける勢いの、でかい叫び声が響いた。
自室の天蓋つきプリンセスベッドでぐうすか寝ていたポインセチア・プリンガレットは、パッと目を覚ました。
起きぬけは、満開の笑顔。
がばりと起きあがれば、月光に透ける銀色のセミロングに、夏の海を映したような瞳がきらりと光る。
まるで、セルロイド人形のような見た目だと、よく褒められる見た目。
なぜか、いつも最後に、よけいな一言をつけくわえられるけど。
「プリンガレットの跡取りはしゃべらなければ、とても美しい娘なのになあ」
まあ、そんな知性のない一言など、ポインセチアのつややかな心には、指先ひとつも届かない。
わくわく感で満ちていく胸に、深く息を吸いこんで、酸素を送る。
落ち着け、私。
ついに、はじまるんだ。
「大魔法戦争が!!!!! きたのだな! ついに! ポインセチア・プリンガレットが、歴史に名を刻むときが!」
ポインセチアは、プリン柄のパジャマを脱ぎ捨てる。
貴族風のよそおいを着こんだ上から、紺色のローブを羽織った。
プリンガレット家に由緒正しく伝わる、伝統の衣装。
魔法師の基本のよそおいである。
「ふふふ。大魔法戦争で蜜の紋章を勝ち取るのは、この私だ!」
きゅ、と胸の前でこぶしをにぎりしめ、気あいを入れる。
なんてったって、この大魔法戦争に勝ち残った魔法師は、「願いごとをひとつだけ叶えられる」のだ。
ポインセチアには、ぜったいに叶えたい願いがあった。
それは、「宇宙一の魔法師になって、歴史上にポインセチア・プリンガレットの名を刻み、魔法史学の教科書に載ること」!
「うちのおじいさまなんかよりも、ものすごい魔法師になる。高みを目指すものに、運命はほほ笑むのだ。この大魔法戦争で、私は歴史に名を残す大魔法師になるぞ!」
ばさり、とローブをなびかせ、ポインセチアは長い廊下を走り出す。
大魔法戦争の開始とあらば、すでに屋敷中のみんなが大広間に集まっているはず。
待ちかねていた一夜に、ポインセチアの心はふくふくとふくらんでいく。
高ぶる気持ちを抑えられず、大広間の扉を両手でバアン! と、開け放った。
「みんな! はじまるぞ! 大魔法戦争が!」
天気も悪くないのに、ピシャアアン、と窓の外で雷が鳴る。
ポインセチアが幼いころから可愛がっている召喚獣・パープルドラゴンのむくろが、主人の決めゼリフをかっこよく演出したのだ。
しかし、せっかくの決めゼリフも、すでに何千回と聞いたセリフ。
耳にタコどころか、クラーケンができてる。
きっぱりと無視をつらぬこうとしたが、ポインセチアの父親であるリースが、ぽわわんとした顔をして、愛娘を出むかえた。
「やあ、可愛いポーチ! 気分はどうだい? なんと、準備ばっちりじゃないか。すばらしい。さすがは、我が娘だ。プリンガレットの誇りだ。だが、たった一夜のことと、油断するな。お前はただでさえ虚弱なのだから……」
「お父さま」
ぴしゃり、とポインセチアがリースの言葉をさえぎった。
「大魔法戦争の状況はどうなっていますか? どこぞの馬の骨が、主人公然と舞台を立ち回ってはいないでしょうね。この大舞台の主人公は私ですよ!」
どーーーーん! と、胸をはるポインセチア。
「ああ、早く行かないと。大魔法戦争の主人公の座を乗っ取られてしまいます。もう行っていいですか?」
「待ちなさい。まずはちゃんと状況を確認してから……」
「では早くしましょう!」
「う、うん」
その場の全員が「いつもの」とばかりに、一ミリも表情を変えていない。
リースはポインセチアのために、あわてて執事の名を呼んだ。
「スサノヲ」
「はい」
広間の奥で待機していた、執事のスサノヲがリースとポインセチアの前に出る。
年は、十五歳くらい。
夜色の髪をおかっぱに切りそろえ、涼やかな切れ長の瞳は、燃えるような炎の色。
かっちりとした執事服に身を包んだスサノヲは、持っていたバインダーにはさんだ資料をすらすらと読んでいく。
「現在の大魔法戦争ですが、ベリーマフィン家のご長男、トット氏がいち早く、行動を開始しているようです。さすが、大魔法戦争の勝利のあかしである、蜜の紋章にいちばん近い魔法師と呼ばれている、ベリーマフィン家の跡取りなだけは……」
もふもふもふっ!
スサノヲのからだに、ばかでかいうさぎサイズの毛玉が、ぽこんぽこんとはりついた。
それはじょじょに大きくなり、スサノヲをうめつくしていく。
ポインセチアが機嫌をそこねたときにやる、創作魔法「もふもふで殺す」である。
怒っているけれど、親しい仲だから痛い目にはあってもらいたくない。
でも、私の苦しみを知れ、という願いをこめてあみだされた魔法である。
ポインセチアは両手を組みながら、杖をゆらゆらとゆらしている。
「ちょっと、お嬢さま! 怒ったらこれするのやめて下さい! へたしたら、ガチで息止まりますって」
「いうてこちとら、息の根を止める覚悟は持ってやっている。私のプライドのためにな」
「そんなこと覚悟しないでください」
「私の前で他の魔法師を褒める執事は許さない。私のプライドは宇宙よりも高いんだぞ、わかっているのか、スサノヲ!」
「悪夢だ! もふもふがせまってくる」
スサノヲが丸い毛玉を床に投げつけるまでが、いつものセットである。
ポインセチアの父、リース・プリンガレットは愛娘の魔法の成長に感心したのか、墨を塗りたくったような夜空を見あげながら泣いている。
もふもふを優しく抱きしめながら。
「こんなにも、もふもふがふんわりと……まるで血統書付きの猫のようだ……」
スサノヲがこっそりと、「親子でめんどくせえ」とぼやく裏で、ポインセチアはようやく魔法を解除した。
空には赤い月が、浮かんでいる。
じんわりとにじむその模様は、笑っているように見えた。
赤い月が笑うとき、魔法師たちによる大魔法戦争が行われる。
以前の大魔法戦争は、約百年前のことだ。
月はめったに笑わない。
大魔法戦争は今回で四回目。
魔法師たちにとって、待ちに待った赤い月のほほえみだった。
「大魔法戦争は赤い月が長年たくわえた魔力の暴発を防ぐための、自己防衛機能からはじめられたものだといわれている。月にたまった魔力をエサに、優秀な魔法師の血を途絶えさせないように」
リースが窓の外の、赤い月を見あげる。
「今では、魔法師の家柄はこの三家しか、残っていない。ベリーマフィン家、チョコレートパイン家、そして、我がプリンガレット家」
プリンガレット家の執事、スサノヲ・サンフラワーが表情を引きしめる。
「まあ、いっても、今や親ばか一族たちの自慢の跡取りお披露目大会じゃないですか」
「それはそうだね!」
リースが、でれっと溶けるように笑う。
しかし、賞品が賞品なので、一族たちは必死に跡取りたちを育てる。
なにせ、優勝すれば、願いが叶う。
同時に、うちの跡取りは世界一優秀なのだと自慢もできる。
一石二鳥のイベントなのだ。
ポインセチアが「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「自慢大会だろーと、お披露目会だとーと、私にかなう魔法師なんていないでしょう。なにせ、私は歴史に名を刻む心構えも、信念も、気合いも準備万端なのですから!」
ポインセチアは、自信満々に宣言する。
「お嬢さまは、マジに宇宙規模の自信家ですねえ」
スサノヲは鼻で笑うが、ポインセチアは「当然だ!」と満面の笑顔を浮かべた。
皮肉が通じないのはいつものこと。
気を取り直して、スサノヲは屋敷から支給されているスマホを起動した。
プリンガレットの魔力が込められた薄い板から、ぼわんと映像が浮かびあがる。
「見てください」
「ちず?」
スサノヲが映し出したのは、ここフルーツプレート大陸の地図だった。
犬のようなかたちの、パンケーキ地方。
ポインセチアたちが住まうのは、田園地帯が広がる田舎町トールパフェ。
その北に位置する、大きな山をスサノヲは指さした。
「トット・ベリーマフィン氏は、今ここにおられるようですよ」
トールパフェが誇る、雄大にして偉大である、オレンジメロン山。
オレンジメロン山は、前回の大魔法戦争で、「蜜の紋章のかけら」があったとされている場所だ。
蜜の紋章のかけら。
これを手に入れることができたものが、大魔法戦争の勝利者となる。
勝利者があらわれたとき、赤い月はにやりと笑い、とろーりと、とろけてくる。
それをかけらにかければ、真の蜜の紋章の完成だ。
どんな願いも叶えてくれるという、魅惑の紋章。
「しかし、彼はマジに優秀な魔法師です。すべての魔法書を読破し、魔法具も自在にあやつり、召喚獣もまんべんなくいうことをきくそうです。聞けば、ベリーマフィンにはかつて、ガチに強い魔法師が先祖に……」
「ふん! 私より先に歴史に名を刻もうなんて、千年早いぞ。トット・ベリーマフィンめ!」
ポインセチアは、びゃっとローブをなびかせて、つむじ風のように大広間を飛び出していった。
さすが、ポインセチア。
五十メートル走、六秒台の実力である。
「どうせ、すぐにガス欠するのにねえ……」
なんて、スサノヲが苦笑していると、リースが「ウッウッ」と奇妙な声をあげはじめた。
ああ、またはじまった。
スサノヲは、しばらくのタイムロスの覚悟をググッと決めた。
「ああ……大丈夫かな。心配だ。あの子は、実力もあるし、賢いし、カリスマ性もある。でも、自信家なところがあるから、もしこの戦争で万が一、挫折するようなことがあったら、二度と立ち直れなくなるんじゃないのかなあ。ああ、誰かポーチのことを見守ってくれる人はいないかなあ。そばにいて見守ってくれる優しいおかっぱの執事はいないかなあ」
チラッチラッ、とリースのほうから視線を感じる。
スサノヲは、観念したように息を吐く。こうなることはわかっていた。
プリンガレット家の専属執事の家系である、サンフラワー家。
スサノヲは、三歳のころからポインセチアに仕えてきた。
もちろん、リースの親ばかさも身に染みてわかっている。
そんなリースが、大切な愛娘を大魔法戦争などに黙って放りこむわけがなかった。
「おれが行きます」
「行ってくれるか。スサノヲ!」
パッと嬉しそうに顔をあげる、リース。
いや、めちゃめちゃ態度に出てたけど!?
そう思ってもいわないのが、有能にして、優秀な執事である。
すでに準備をととのえていたは、敏腕執事は大きなリュックを背負うと、プリンガレット家の玄関扉に手をかけた。
「では、行ってまいります」
「待ちなさい、スサノヲ」
リースが、スサノヲの肩に手を置いた。
なんなんだ……何か、忘れものでもあっただろうか。
それとも、ポインセチアへの伝言か、とスサノヲはくちびるを引きむすぶ。
静かに、我らが主人の言葉を待った。
「すまないが、オレンジメロン山で泡立ち草を五枚ほど収穫してきてくれないかい」
「はい?」
「ポインセチアの誕生日が五か月後だろう。プレゼントに新しい香水を作ってあげたくてね。その試作をいくつか作っているんだが、何かが足りないとつねに感じていたんだ。だが昨日ようやっと思いいたったよ! 泡立ち草の清潔でいて華やかな香りがスパイシーな……」
パチン!
スサノヲが、指を鳴らした。
リースの頭のあたりで、何かがわさわさと、うごめく。
ミルク色の白髪をオールバックに流していたリースの髪が、一気に緑化していく。
わさわさ、わさわさ。
とたんに、さまざまな種類の草がもっさりと生え、リースの頭にちょっとした森が誕生した。
「ンアーッ! スサノヲオオオオ!!」
さっきまでポインセチアに激甘だったリースが、白目をむいてスサノヲにつめよる。
「おのれ! またやりおったな、生やしてくれたな、スサノヲ!」
「ふう。緑化活動、完了」
「なにが! どこが緑化じゃ、こんなの侵略じゃないか! 私の頭に外来生物到来してるじゃないか!」
「てか、五ヶ月後ってまだまだ先じゃないですが。今夜じゃなくてもいーですよね? まったく、人騒がせな。それでは、もうおれは行きますから」
「待ってよ! これどうすんの!?」
わなわなと自分の頭の茂みをなげまわす、リース。
未だ、にょきにょきとリースの頭から伸び続けているのは、サンフラワー。
ひまわりだ。
草花をあつかう魔法は、サンフラワー家の魔法師が得意とする分野だった。
「私の頭がはげたら、きみのせいだからな! さんざん私の頭をフラワースタンドにしてくれちゃってさ!」
「はげたら、またおれが生やしてあげますよ。カラーリングの必要ない、緑豊かな植毛技術でね! その時は、頭でポインセチアの花でも育ててみては?」
「えっ、なるほど……それは、いいかもしれないなあ」
ナイスアイデアとばかりに考えこみはじめたリースをふり返ることなく、スサノヲはバタン、と扉を閉めた。
「さて。あのせっかちお嬢さまは、どこまで走って行ってしまったやら」
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