10 ぴかぴか! 最後の勝ち筋
一夜限定のはずの大魔法戦争、その二日目がはじまる。
スサノヲが作ったローストビーフやらコンソメスープ、ミモザサラダなどがならぶ夕食を食べおえたら、いよいよ身支度をととのえる。
リースが、真剣な顔でポインセチアにむきあった。
「ポーチ。ベリーマフィンが不穏な動きをしている」
「はい」
「ベリーマフィンのかの偉大なる先祖、トット・ベリーマフィンが帰ってきたのだ。大魔法戦争は公平なる御三家の祭典ではなくなる。ベリーマフィンの連中は、赤い月の正体を知るだろう。これからは、今までの大魔法戦争ではなくなる。御三家の跡取り自慢などではなく、蜜の紋章をかけた本気の大魔法戦争だ」
ふだんの、娘にでれでれのリースは、今そこにいない。
プリンガレット家当主、リース・プリンガレットの威厳と矜持を、ポインセチアは久しぶりに見た。
「そこでだ。聞いておくれ、ポーチ」
「はい、お父さま」
「チョコレートパインと、正式に手を組むことになった」
「ええっ!?!? ちょ、チョコレートパインと!!??」
天地がひっくり返ったような衝撃に、耳が逆の意味を捉えたのかと思った。
何十年と仲の悪かった両親たちが、手と手を取りあう日がきたとは。
いったい、どうしたというのだろう。
「な……なにかありましたか?」
「いや、なにも……」
ポインセチアと目をあわせない、リース。
娘溺愛のリースが、こんな態度をとるということは。
なにかあるのだ。
ポインセチアにツッコまれたら、つごうの悪いことが。
「……いいかげん、なぜあなたがたの仲が悪いのか教えていただけませんか」
「ぽ、ポーチ。以前から、それはいえないといっているだろう」
「なぜですか! ずっと仲が悪かったのに、ようやく手と手を取りあうことになったのでしょう。しかし、これまでの事情を知らない私は、急に仲良くなったとしても、今までのしこりが気になって、大魔法戦争中に気が散ることもあるかもしれませんよ! それで、ケガでもしてしまってもいいというのですかね?」
「そ、そんなことはだめだ! わ、わかった。いうよ、いう……」
泣きそうになりながら、リースはぽそぽそと話しだした。
「仲違いの原因……それは……父さまたちが、魔法学校に通っていたころ。夏のサモン市に出かけたときのことだった」
ポインセチアの創作魔法「もふもふで殺す」もペット用の召喚獣だ。
ただもふもふしているだけの召喚獣だが、触り心地だけは一級品なのである。
昔、母親が生きていたころに家族で行ったサモン市で契約した、大切な召喚獣である。
「……そこで、いったい何が?」
「そこで……」
クッと息をひそめる、リース。
ポインセチアの喉が鳴った。
意を決したように、リースが口を開いた。
「……名前が、かぶったんだ」
「なまえ?」
「スコールとチェリッシュが、それをゆずらなくて」
それは、ソーダの両親の名前だった。
スコールが父で、チェリッシュが母。
「待ってください。しっかりと順を追って説明してください」
「……あの頃から、父さまと母さまも、スコールとチェリッシュも、らぶらぶだった。将来、自分たちは結婚して、家族ぐるみの付き合いを続けていくのだろう。それくらいには、父さまたち四人組は仲がよくてね」
「は、はあ……」
親のらぶらぶ話など聞きたくなかったが、順を追って話せといったのは自分なので、ポインセチアはこらえた。
「でもね、父さまとポムさんはもう決めてたんだよ。男の子が生まれたらスワッグ、女の子が生まれたらポインセチアと名づけようって。それなのに!!!!!」
リースの目がクワッ、とすわる。
「スコールが〝ポインセチアは、ぼくたちがつけようと思っていたのに〟なんていいだした! チェリッシュもゆずらなくて。私とポムさんは、必死に抵抗したんだ。〝ポインセチアは私たちが考えた、すばらしい名前なのだから、ぜったいにゆずらない〟。しかし、あのふたりもしつこくて!!!!! ああ、腹が立つ。私とポムさんが愛情こめて考えた名前がかぶるだなんて、信じられない!!!!!」
「……はあ」
「それっきり、私たちは四人で遊ぶことはなくなったのだ。幸い、チョコレートパインに生まれたのは、男の子だったので、ポインセチアを奪われることにならなかったがね。最悪の事態が起きたら、それこそ両家の大魔法戦争が勃発していただろう」
「……なるほど」
「これが……プリンガレットとチョコレートパインの因縁の歴史だ。私たちの争いに、ポインセチアを巻きこんでしまって、すまない。だが、これも愛ゆえなのだ。こらえてほしい」
「なんだそりゃ!!」
「ええ????」
ぽかんとしているリースのおでこに、ポインセチアは人さし指をぶすぶすと突き刺す。
「くだらない!! そんなことに、私とソーダを巻きこんでいたのか!! 巻きこむな!! 四人だけでやってろ、まったく!!」
「ウワーン!! ごめんよお!! でももう、手を組むことにしたから!! いつまでも意地をはってたら、ポムさんが怒るからって、スコールとチェリッシュとも話したんだよ」
「うむ……そうでしたか」
天国の母は、今の大魔法戦争の状況を、なんというだろうか。
ポインセチアは、プリンガレットの血筋が流れる、自分の杖を見つめた。
「お父さま。本日中に、蜜の紋章のかけらを持って帰ります。どうか、待っていてください」
「ああ、無茶だけはしないでおくれよ」
父が差し出した右の手のひらに、ポインセチアはそっと左手を重ねた。
互いの手の温かさに、プリンガレットの血潮を感じる。
無茶はしない。
だが、意地になるときはあるかもしれない。
何しろ、体力がない魔法師なので。
「もうだめだ……。ずっとかけずり回って、体力が……」
ポインセチアは、ゼエゼエと肩で息をしながら、状況を確認した。
もう動けない。
からだが、なまりのようだった。
こうなったら、仕方がない。
ポインセチアはソーダの腕をつかんだ。
昨日と変わらない、赤い満月。
大魔法戦争中という、あかし。
魔法師たちのお祭り。
しかし、今回は大きく何かが変わろうとしている。
数分前のこと。
ポインセチアは、パピルス川でソーダと合流した。
その川べりで、赤銅卿が座りこんで石を積みあげて遊んでいた。
「おれがガキのころは、こんな遊びしかなかったけど、今では色んな道楽があるんだな。トットの部屋を見て驚いたぜ」
にやり、と赤銅卿が笑う。
「まあ、今のおれはトットみたいなもんだから、ゲームの遊びかたも知ってるし、最新SNSの使い方も知ってる。あとは……」
するりと赤銅卿が立ちあがる。
夜の闇が動いた。
底にたまっていたへどろがうねるように、近づいてくる。
ポインセチアとソーダが戦闘態勢を取った。
「トットの願いを叶えることの爽快さもな」
「爽快、だと……?!!」
「トットはな、不老不死の反対を救済といったんだよ。安らかに、生きることを捨てるんだってよ。それってさあ、ゲームでいったらリセットってことだよな。蜜の紋章に願ったら、全人類がそうなる。救世主じゃねえか、それって。すごいよな??」
赤銅卿は、ニッコリと満月のように笑う。
「おれがなぜ、赤い月……魔工衛星を作ったか、わかるか?」
「黒魔法師を見張るためだと聞いている」
幼いころ、父が聞かせてくれた話。
ポインセチアはその話が大好きで、大魔法戦争への憧れをつのらせたのだ。
「若かったよなあ」
肩をすくめた赤銅卿は、八重歯を見せつけた。
「それが正しいことだと思ってたんだよな。めも、二百年も生きたら、そんなことどーでもよくなったよ。トットの野望のほうが、よっぽどでっかいぜ」
赤銅卿のいっていることの恐ろしさに、ポインセチアとソーダはぞくりと震える。
「今すぐにでもやりたいところだけどさ……おれは、天才魔法師だから、魔工衛星にきっちりとルールを覚えさせちまってんだよな。〝大魔法戦争に勝ったら、蜜の紋章を発生させる〟ってさ」
「……今から、作り変えるか?」
ふん、と鼻を鳴らすポインセチアに、赤銅卿は吹き出した。
「お前たちが、親切にそれを見守ってくれるなら、そうやってもいいけどな」
どこからどう見ても、蜜の紋章にいちばん近いのは赤銅卿だ。
そのうえ、赤い月のルールを書き変えられたら、すぐさま奪われるに決まってる。
そんなこと、させるわけにはいかなかった。
「……お前に蜜の紋章を渡すわけにはいかない」
「だよなー」
ポインセチアがむくろを呼びだし、杖をないだ。
「そぐように、吐け。紫紺の炎!」
紫色の炎が、赤銅卿めがけて飛んでいく。
だが、それはあえなく弾かれ、ポインセチア目がけて飛んでくる。
むくろが「きゅわん!」と吠えた。
「セベック!」
ワニの獣人の鋼のようなウロコが、ポインセチアの盾をなる。
炎は煙となって、セベックの背中からしゅわあ、とたちのぼる。
「はあ……すまない、セベック。大丈夫か?」
こくり、とうなずくセベック。
ポインセチアはどすん、と横に降り立ったむくろの首元をなでた。
「むくろ。気にするな。頼りにしているぞ」
むくろが「きゅうん」と鳴く。
「ソーダ」
「……うん。圧倒的なレベル差だ。どうする?」
「勝ち筋がまったく見えない」
「うん、正直なのはいいことだね」
ソーダが笑ったとき、赤銅卿の魔法が発動した。
星屑が矢のように、びゅんびゅんとふたりに降り注ぐ。
むくろが炎で燃やし、セベックがウロコで受け止めた。
だが、防御ばかりで、まったく攻撃できない。
赤銅卿の魔法から、身を守ることしかできなかった。
「ポーチ! なんとか動かないと。こんなことばっかりしていたら、体力は削れるいっぽうだよ」
「そ、そうだな……」
ポインセチアは、すでに限界だった。
瞬発力はピカイチなので、降り注ぐ星屑はむくろへの指示ですべて防ぎきれている。
だが、それがピークだった。
「はあ……はあ……」
「大丈夫かい、ポーチ」
「大丈夫か、だと?」
ポインセチアがソーダを見あげる。
その瞳には、さきほどの星屑などには負けるともおとらない輝きがあった。
目の奥の光はちかちかとまたたく。
ポインセチアの自信は、みじんもなくなっていない。
負ける気など、さらさらないというあかしだった。
「大丈夫に決まっている」
「そうだろうね。勝ち筋はないのに負ける気はないんだから。大した魔法師だよ、きみは」
「勝ち筋か……あるにはある」
「えっ??? ならいってよ! どうして黙っていたの??」
「なるべくなら使いたくなかったんだ。だが、あきらめよう。この可能性にかけるしかなさそうだ」
「じゃあ、さっそくその勝ち筋を」
「だが、すまん」
「え?」
ゆらり、とポインセチアが後ろに倒れていく。
それを、ソーダがあわてて支えた。
「これで、体力はゼロだ」
「うそでしょ!?!?!?!?」
ソーダの悲鳴がとどろいた。
「ど、どうするの、ポインセチア。こんな状態で」
「そうだな……」
ポインセチアが、ソーダの腕をつかむ。
「私を抱えて、今からいう場所まで走ってくれないか」
「あーあ。ついに、ぼくを手足にしだしちゃったか……」
ソーダが呆れたようにいう。
「そこにたどり着ければ、勝機はある。たどり着ければだが」
ポインセチアの決意に満ちた瞳に、ソーダはつられるように、グッとくちびるを引き結んだ。
「わかったよ。でも、このままじゃあ、むくろもセベックもやられて、目的地に辿り着くまでにふたりともやられる」
「大丈夫だ。お前が抱えて走ってくれているあいだに、私が魔法で……」
「ポーチは体力を温存しておいたほうがいい。いくら、きみの体力がゴミのように貧弱でも、魔法のセンスはきみのほうがある」
「お前……はっきりいうようになったな」
ソーダは、指にはめていたふたつのリングを、ゆっくりと外す。
ポインセチアは、目を丸くした。
それは、チョコレートパインに代々受け継がれているという魔力がこめられた指輪。
とたん、ソーダの魔力がぐん、とあがったのを、ポインセチアは肌で感じた。
はじける炭酸のようにちりちりとした感覚が、支えられているソーダの指先から伝わってくる。
これが、チョコレートパインの、ソーダの秘められていた魔力。
「とにかく今は、きみの考えに乗るしかない」
「何をするつもりだ、ソーダ」
「今のぼくにできる、最大の賭けだ。ぼくが召喚できるなかで、一番の……魔獣だ」
むくろも、セベックも、もう限界だ。
赤銅卿の攻撃に、疲れ果ててしまっている。
「これを使ったら、ぼくの魔力はすっからかんになる……」
「いいのか」
「きみの勝ち筋を信じているんだよ、ポーチ」
ソーダが呪文を唱える。
「金色の翼は光。こがねの輝きは太陽の現身。はばたけ、ケツァルコアトルス!」
視界が、真っ白に染まる。
光が、あふれる。
両腕で目をおおうと、耳をつんざく、「ぴいいいいい」という鳴き声。
バサッという、風を切る音。
ゆっくりと、瞳を開けると、そこには太陽の写し取ったかのような、金色に光る翼竜がいた。
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