8 めらめら! 明かされる新たな野望
プリンガレット家の忠実なる執事スサノヲは、これまでの一部始終を見守っていた。
公園に植えられたクルミの木の影から、ポインセチアの悲痛なるつぶやきを、しかと耳で聞きとっていた。
「あのポーチさまが……絶対的自信を宇宙のかなたまで突破させたお嬢さまが……幼いころからの野望実現への道のりに立ち止まるときがくるなんて!」
わなわなと震えながら、スサノヲはグッとこぶしをにぎりしめた。
ベルリラの屋敷からポインセチアたちを追いかけるスタノヲも、気づけばエクレア公園に立っていたのだ。
これもトットのしわざか、と歯噛みする。
今回の大魔法戦争は、何かがおかしい。
なんとかしなければ、ポインセチアの望みが叶わない。
だが、どうすればいいのだ。
「今、おれがあの場に出て行っても、むだだ。ただのAランク魔法師に、できることなど何もない。相手はあの赤い月を作った、偉大なる魔法師トット・ベリーマフィンだというのだからな。くそっ、何か手はないのか……」
しばらく考えこむと、スサノヲはスマホを取りだし、どこかへと電話をかけはじめた。
「……申しあげます、リースさま。スサノヲ・サンフラワーです」
「おお、スサノヲか。どうした。ポーチはどうかな。元気にやっているかな、活躍しているかな」
何も知らないリースは、近況報告が聞けるのだと思っているのだろう。
声から、ご機嫌っぷりがわかる。
「もちろん主人公的活躍をしておりますよ。ところで、旦那さまにご相談したいことがあるのですが」
「なんだなんだ、あらたまって。よーもーや、ポーチになにかあったとかいうんじゃあないだろうなー? あはは、まさかな」
「そのとおりです。だから、お電話したのですよ」
「なんだって!!!! なにがあったんだ!!!!」
スピーカーからボリュームがバグったリースの叫び声が響き、スサノヲはスマホを遠ざけた。
「どこの家の魔法師にケガをさせられた? いえ! ベリーマフィンか!! チョコレートパインか!? よし、私が出よう!! ポーチにあだなす馬の骨め、その骨ひろうことなく粉砕して、海のもくずにしてくれるわ!!」
「落ちついてください。旦那さま。ポーチさまは無事です。ケガひとつしていませんよ。それよりも、ベルリラさまが不老不死になりました」
「はぇ、なんて!?!?!?!?!?!?」
すっとんきょうに声をあらげる、リース。
スマホの向こう側で飛びあがって驚いているさまが、目に浮かぶようだ。
「お父さ……ベルリラさまがなぜそんなことに? いや、たしかに不老にも不死にもなりかねないような、魔法狂いの隠居ジジイではあるが」
実の親だからこその歯に衣着せぬ物いいに、スサノヲは若干胸をすっきりさせつつ、これまでの経緯を主人に説明する。
やがて、リースから重苦しい沈黙がおりた。
「な……え……赤い月が三日月になって、その原因がお父さまで、だけど月は満月にもどって、かと思ったらトット・ベリーマフィンの先祖の、トット・ベリーマフィンが出てきて、そいつも不老不死で、しかも身内びいきで……??????」
「大丈夫ですか。旦那さま。何か、わからないところはありますか。応用問題のつまずきはだいたい基礎が不十分な場合が多いですよ。いちからやっていきましょう」
「わ、私だって、これでもベルリラ・プリンガレットの息子なんだ。ちょっとどころか、かなり強い魔法師なんだぞ。問題などあるわけがないだろう! ……ううっ」
「旦那さま、泣かないでください」
おおかた、ダーッと滝のような涙を流しながら、つねに持ち歩いている、天国にいってしまった妻の写真を抱きしめているのだろう。
「ポムさあん! ポインセチアはがんばっているよ~~。どうか見守っておくれ……」
おいおい泣きながら、写真をぎゅうぎゅうしめつめているリースのようすが脳裏によぎる。
いつもの光景だが、これ以上悠長にはしていられない。
スサノヲは、リースが泣き止むのを待てず、たんたんと話を続けた。
「とにかく旦那さま。ことは急をようします。赤い月がベリーマフィンびいきである以上、大魔法戦争で正式に不正が行われたと考えるべきです」
「ぐすっ……うむ。そうだな。御三家の当主で集まり、話し合いを行おう」
気を取りなおし、威厳のある声を出そうとがんばっているリースに、スサノヲはスマホ越しに頭を下げた。
「おれもポーチさまのサポートのため、現在のベリーマフィン跡取りである、トットさまを探し、現状をお伝えようと思います」
「待て」
リースから、低い声で静止を受ける。
「ポーチはどうするんだ。ひとりになってしまうではないか」
もちろん、こういわれることは予想済みだった。
スサノヲは今、リースからポインセチアのようすを見守るようにと命じられている。
リースには、今ポインセチアの隣にソーダがいることを伝えていない。
伝えられるわけがない。
そんなおぞましいこと、言葉にできない。
さらに、それをリースにも伝えれば、どんなことになるかは明白。
壊れた蛇口のごとく涙を流しつつ、からだをハリケーンのように回転させながら、チョコレートパインの屋敷へ突撃しに行くことは確実だ。
だが、スサノヲは優秀な執事である。
すでに、準備は万端だった。
「旦那さま。おれはいつだって、ポーチさま優先です。ですが、今は一刻をあらそう。現在、おれの精霊をポーチさまにつけております。草の精霊デュラン。おれの幼いころからの友達です。必ずや、役に立ってくれるでしょう」
「そうか。お前の精霊がついててくれているならば、安心だ。あのチョコレートパインのドラ息子がポーチのことを口説いたりなどしていないかと、ずっとはらはらしていてなあ。心配ばかりだよ、ハハハ」
からっと笑うリースののん気に、スサノヲはめまいがした。
しているが!?
あのチャラ男、ポーチさまと喫茶店などに行って、茶をしばいていたが!?
なんなら、付きあうだのなんだのとほざいていたが!?!?!?
くらり、と再び気が遠くなる。
リースにいえるわけがない。
主人の精神の健康のためにも、おのれの執事としての役目をまっとうしなければ。
「プリンガレット家のため、今はすべて、このスサノヲ・サンフラワーにお任せください」
「うむ、期待しているよ。スサノヲ」
「……はい」
ぷつ、と通話を切った。
遠くでいい争いをしているポインセチアとトット、そして、それを見守っているらしいソーダをにらみつける。
「ソーダ・チョコレートパイン。今に見ていろ。きさまの化けの皮、近いうちにはぎとってやるぞ!」
草の精霊デュランに、ソーダの監視を任せ、スサノヲは名残惜しそうにしながらも、その場を離れた。
「最初の報告では、トット・ベリーマフィンはオレンジメロン山にいるという話だったが……」
オレンジメロン山は、前回の大魔法戦争で蜜の紋章のかけらが見つかったとされている場所だ。
「あの時点でかけらが見つかっていれば、今ごろ大魔法戦争は終幕している。ということは、かけらは見つからなかったのか。今どこにいるのやら……」
スサノヲは、脳内で過去の大魔法戦争の歴史をふり返る。
「これまでの魔法史のなかで、大魔法戦争が行われたのは、三回。第一回目で、蜜の紋章を手に入れた魔法師は、ベリーマフィン家のベア。二回目は我がプリンガレット家のヤドリギ。三回目はベリーマフィン家のホワイト。チョコレートパインはまだ一度もない。まさか、ソーダがポーチさまに近づいてきたのは、蜜の紋章を横取りするためか!? プリンガレットと仲の悪い今の当主が、ソーダに何かしら吹きこんだというわけか。いまいましい」
いや、それは置いておこう。
今、問題なのは、かけらの場所だ。
「一回目は、パピルス川……二回目は、スプレー砂丘……そして三回目が、オレンジメロン山……」
だとすると、次はスプレー砂丘に向かうだろうか。
それとも、まったく別のスポットを探すだろうか。
「かけらは、過去三回のどれも、建物内で見つかっていない。これを法則とすると、次も屋外だと予想するのが自然だ。トットもそう考えたとすれば……」
スサノヲは、トットの次の目的地を探る。
「候補とするなら、オレンジメロン山のふもとの竹林か、それともフルーツ園の裏の池か……?」
いや、赤い月はもっと、一般人に見つかりにくい場所に隠すはずだ。
大魔法戦争は魔法師のみが知る、偉大なるお祭り。
一般人に知られてはならない。
あの夜空に浮かぶ奇妙な赤い月も、魔力のない人間には見ることすらできないのだ。
「とりあえずは、スプレー砂丘に向かってみるか」
スサノヲは杖を取りだし、草の精霊たちに呼びかける。
「伸びやかに天を突け、健やかなる種よ、命のさえずりよ」
たんぽぽが一気に成長し、花が咲き、わたげとなる。
そのわたげのひとつをビーチパラソルほどの大きさに巨大化させると、スサノヲはその軸につかまり、ラグビーボールほどになった固い種子に足をかけた。
「スプレー砂丘の方角は、っと……」
ふよふよと風に運ばれながら、スサノヲはトールパフェの田園風景を飛んでいく。
町のほうへ行けば、少しは発展しているものの、基本トールパフェは田舎だ。
フルーツプレート大陸は、大陸とはいわれているものの、歴史上大きかったのははるか昔のこと。
今では大陸は分裂し、それぞれ独立している。
犬のようなかたちのフルーツプレート大陸とは、そのなれの果て。
まわりの大陸と比べてとても小さな、まるで島のような大陸となってしまった。
ここパンケーキ地方は、そのなかでも山が多いド田舎だ。
今でもたくさんの魔法師が住んでおり、病やケガを治してほしいと他の地方の住人たちがおとずれることもある。
しかし、魔法師たちがこうして、赤い月が浮かぶ夜に大魔法戦争をしていることを知るものはいない。
大魔法戦争とは、魔法師たちによる魔法師たちだけの祭典。
手に入れれば必ず願いが叶う蜜の紋章の存在は、魔法師だけのもの。
ほかのどの種族にも知られてはならないのだ。
「……いい夜だ」
ふわり、と風に乗って、声が聞こえた。
その穏やかな春のような気配は、スサノヲをかえって緊張させた。
ただならぬ気配だと思わされる、ゆったりとした心地のよい声。
魔法師に違いない。
わたげにのっている自分の耳に、鮮明に声を届かせる手段など、魔法以外にあるはずがなかった。
ハッとして、地上を見おろした。
地上から、スサノヲを見あげている、見たことのある顔。
群青のローブが、スサノヲの脳裏でひらりとひるがえる。
だが、違う。
あれは別人だ。
雰囲気も、笑い方も、そして魔力もまったく違う。
なにより、群青色の不老不死ジジイと比べ、顔つきが幼い。
見た目十二歳と、本当の十二歳はこれほど違うものなのか。
現在のベリーマフィン家の跡取り息子であるトットが、夜空に浮かぶ巨大なわたげを見あげ、ふわりと目を細めた。
「降りてこれる?」
テレパシーなのかなんなのかはわからないが、また声が鮮明に聞こえた。
耳元でいわれているみたいだ。
この魔法、スピーカーの性能がよすぎる。
「うるさい」
「きみ、執事のくせに、態度悪いな」
「……ベリーマフィンに仕える執事ではないのだから、礼儀をわきまえる必要はない」
「執事とは、いついかなるときも使えている主人の名を汚さぬふるまいを心得よ。まだまだ未熟だな、サンフラワーは」
スサノヲがやっと地上に降り立ったところで、トットがからかってくる。
ぐうの音も出ないとはこのことか、とスサノヲはくちびるを噛みしめた。
今年で十五歳になるというのに、三つも年下のやつにいい負かされた。
スサノヲはおとなしく、足をおり、膝を地につけた。
「無礼をおわびいたします。トット・ベリーマフィンさま」
「ええ〜。やりすぎやりすぎ。まあまあ、今は大魔法戦争の真っ最中。真剣勝負に、礼儀も無礼もないんだからさ」
じゃあ、はじめからからかうな!
ひたいに青筋を浮かべながら、スサノヲは立ちあがる。
「あなたの先祖が大暴れしていますよ。ベリーマフィンの魔法師たちは何をしているのですか?」
「一族でもっぱら、話し合い中だよ。トットさまが、トットさまがってね。あと、ひいきも止めてもらうことにした。あれは、赤銅さまふくむ、一族の老人たちが勝手にしはじめたことでね。ぼくは恥ずかしいだけだったんだよ」
申し訳なさそうにしているが、目が猫の爪のようにするどく細められている。
まるで、何かを隠し持っているかのように。
「名前もいっしょでややこしいだろ。だから、一族のあいだで彼をこう呼ぶことにしたそうだ。赤い月の魔法師、赤銅さまと」
トットのブルーベリー色の瞳が、夜空のきらめきに怪しく光る。
赤銅の魔法師とうりふたつの顔つきが、田園風景の冷たい風にさらされている。
スサノヲはするりとスマホを取りだし、たぷたぷと画面を叩いた。
「たしかにややこしい。プリンガレット家のSNSからも広めておきましょう」
「わるいねえ」
「まあ、パインチョコレートとは仲が悪いですから、一族止まりでしょうけど」
「はははっ。パインチョコレート家だけ、ハブられているみたいになってしまうね!」
チャラ男の一族のことなど、どうでもいい、とスサノヲは口元をへの字にするが、また執事の教養がうんたらといわれたらたまらないので、こっそりと内心で石ころをけった。
ポインセチアは、スサノヲのみちしるべなのだ。
あの方の自信は、夜の灯台のように、幼いころのスサノヲを照らしてくれた。
だからこそ、スサノヲはポインセチアが見えないであろう、後ろを守る。
ソーダなどに、渡すわけにはいかないのだ。
「きみが仕える一族は、パインチョコレートとなにがあったんだ?」
「主人の恥ずかしい過去をあなたなんかにさらすわけがないですよ。ひとつだけいえることは、おれがソーダをきらいであることだけです」
「主人を売らず、自分の感情のみを切り売りするとは執事のかがみだねえ」
苦笑するトットを、スサノヲはわざとにらみつけた。
「そんなことよりも、あなた方は赤銅卿をどうするおつもりで?」
「赤銅さまに、公平に大魔法戦争をジャッジしてもらうためにも、ぼくが大魔法戦争を戦いぬけるほどの魔法師であることをわかってもらわなければならないね、という話になった」
「それは、つまり」
「ねえ、きみ。戦ってくれないか。ぼくが強いということを赤銅さまに証明するために」
トットは星空のようなローブから、杖を取りだした。
美しく、まっすぐな、白樺の木。
なんの飾りっ気もない。
無垢な杖だった。
「大魔法戦争という大いなる舞台にて、これより魔法をふるう。このトット・ベリーマフィンが蜜の紋章でもって、世界を救済するためだ」
ぴくり、とスサノヲは動きを止めた。
「救済とは、どういう意味ですか」
「ふふふ、きみは運がいい。いちばんはじめに、教えてあげるよ。まだ誰にもいっていないことだ。親にも、親戚にも、誰にも」
うたうように、トットはいう。
「ぼくは不老不死なんて、おろかなことだと思っている。生きることって、大変だろう。だから、ぼくはその逆こそが理想だと思っているんだ。安らかに、生きることを捨てる。世界の全人類を、みんないっしょに、一斉に、安らかに天へ送ってあげること。ぼくは、蜜の紋章を手に入れたら、そう願うんだよ」
にっこりとほほ笑むトットに、スサノヲはこれまで感じたことのない恐怖と怒りを感じた。
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