7 ざわざわ! 赤い月の正体
ポインセチアは、真っ青な顔でスマホをローブのポケットから取り出した。
それは、パープルドラゴンに乗ったための酔いっぷりからなるものなのか。
はたまた、これから起こる大変めんどうなことによる恐怖からのものなのかは、わからない。
とにかく今は、さっさとめんどうごとを片づけて大魔法戦争に戻りたい。
それだけ……。
カッ、と目の前が真っ赤に染まる。
不気味な赤い光が空から降り注ぎ、地上を怪しく照らしだす。
あまりのまぶしさにむくろがバランスを崩し、ポインセチアとソーダはその背中から落ちかけた。
あわててむくろが羽をたたみ、ふたりが落ちるのを阻止してくれる。
「ううっ、乗りもの酔い☆リバース……待ったなし」
「ポーチ、しっかり。きみは、酔い止めの薬も効かないからなあ」
「万能の魔法界に、酔い止め魔法がないのがおかしい」
少しずつ光が弱まりはじめ、目が慣れはじめたころ、ソーダが叫んだ。
「ポーチ、見て。赤い三日月が!」
「ん?」
「満月にもどってる!」
空を見あげると、確かにさっきまで三日月だった赤い月が、大魔法戦争がはじまったばかりのころの満月にもどっていた。
確かに、ベルリラによって差し向けられた精霊たちによって、赤い月は三日月にされたはずなのに。
「おじいさまの精霊たちは……?」
「どこにもいないみたいだ」
ベルリラによって、赤い月破壊を命令されていた精霊たち。
しかし、赤い月が三日月になりはじめたころから、なぜか手こずりだしていたのだ。
「まさか……」
ポインセチアは青ざめながら、ごくりと喉を鳴らした。
「どうしたんだい、ポーチ」
「あの赤い月、ブルーマフィン家が作った魔工衛星って話だったが」
「ベルさんはたしかにそういっていたね」
「ということは……精霊たちの魔力を取りこんで自分のかたちを再生することも可能なんじゃないのか?」
魔力は、ちからのある魔法師なら、奪うこともできる。
さっきの黒魔法師たちのように。
魔法師が作った魔工衛星なら、魔力を奪う装置を備えつけていてもおかしくないんじゃないか。
「いや。それはむりだよ、ポーチ。あの精霊たちは、ベルさん……ベルリラ・プリンガレットと契約をむすんだ精霊たちなんだよ。その契約を無視して、魔力を取りこむだなんてこと、そうとうなレベルの魔法師ならまだしも、ただの魔工衛星にはできっこないよ」
赤い光が完全におさまると、異様な空のようすがよく見えた。
先ほどまでの三日月は、たしかにまん丸の満月にもどっている。
精霊たちのすがたはない。
本当に、魔工衛星に取りこまれたんだとしたら。
ポインセチアは、うつむいて考えにふける。
ソーダが「あれ」と、安心したように口元をゆるめた。
「乗り物酔い、おさまったみたいだね」
どーーーーーーんッ!
「なんだ!?」
ひと足先にソーダが音のしたほうをふり返る。
瞬間、景色がぐるんと変わる。
むくろに乗って、夜空を飛んでいたはずだった。
なのに、気づけばレンガ造りの歩道が広がるエクレア公園に、ふたりは座りこんでいた。
トールパフェにある、いくつかの公園のひとつ。
一番広く、遊具も多いので、遠くから遊びに来る親子もいると聞いたことがある。
だが、魔法師であるポインセチアとソーダは、当然公園で遊んだ記憶はない。
魔法の勉強に明け暮れ、遊びについやす時間などなかったのだ。
むくろのすがたが、ない。
はぐれたのかあるいは、強制送還されたか。
敵が近くにいる。
ポインセチアは、ごくりと喉を鳴らした。
「デカい音がしたわりには、被害がないようだな」
「ただのサウンドエフェクトだったりして」
「おじいさまだったらやりかねないが……」
ばさり、と何かがはためく。
公園の噴水の向こう側で、群青のローブがひるがえっている。
魔法師のよそおいと気づき、ふたりは杖をかまえる。
かつ、かつ、という革靴とレンガのぶつかる音とともに、こちらに近づいてくる。
群青のローブをまとった男は、さらりとしたショートの黒髪を夜風にゆらした。
空に浮かんでいる満月に似た、血のように赤い瞳に、不健康そうな白い肌。
涼しげなほほ笑みをたたえながら、よく通る声で、群青の魔術師はいった。
「よーやく、満月にもどしてやれたぜ。さすがは、プリンガレットの老木がよこした精霊たちだ。だが……今のおれのちからを持ってすればこんなもんさ」
「この声……」
聞いたことがある声だった。
あの、どこからともなく聞こえる、かき氷が溶けるときのような声の持ち主。
「それが、お前の正体か。かき氷!」
「かき氷……?」
群青の魔法師は、心底ふしぎそうにまゆを八の字する。
「お前、何者だ! なぜ、私に杖の助言をした? ずっとすがたを現さなかったのは、なぜだ?」
「ははは。その知りたがり、間違いなくベルリラの血筋だな」
ローブの内側をつかみ、肩口に持ちあげる。
赤い月光に笑みを照らすと、得体の知れない彼の雰囲気がよりいっそう、きわだった。
「魔法師が、魔法師に正体を求めるか。面白い」
ふふん、と得意げに笑う彼に、ポインセチアは口をへの字に曲げた。
「いや、あんだけしゃしゃって来られたら、誰だって気になるだろう」
「しゃしゃるってなんだ! せっかくいろいろ教えてやったのに!」
「さっき、えらくデカい音を立てて登場しようとしたらしいが、どういうつもりだ。本当にサウンドエフェクトか?」
「……ぐぬぬッ」
みるみる顔が赤くなっていく、群青の魔術師の後ろから、全身緑色の美しいけものがあらわれた。
しばふのような体毛におおわれた、四つ足の精霊。
召喚魔法を得意とする家系のソーダが、「わお」と、説明をはじめる。
「トロットだ。歌や踊りが大好きな精霊だよ」
「はじめて見たな」
「かなりレアな召喚獣だからね。でも、トロットなら、あらゆる音を再現することができる。さっきの音も、この子が出したんじゃないかな」
群青の魔術師は、タルトタタンのような真っ赤な顔で、キッとふたりをにらみつけた。
「派手に登場して、悪いか! おれは偉大なる魔法師なんだぞ!」
「開き直りか! 名を名乗らないなら、こちらで勝手に呼ばせてもらうぞ! 自作自演お兄さんとかな!」
「やめろおッ!」
エベレストの山頂からふともまで聞こえるぐらいのデカい声で、群青の魔術師は吠えた。
「わかったわかった! 名乗るから!」
「最初から、すなおにそうしないか」
「ぐぬうッ」
悔しそうにしながらも、群青の魔術師はいよいよ、しぼりだすように名乗った。
「おれの名は……ベリーマフィン。トット・ベリーマフィンだ」
「は!?!?!?」
「え……?」
あまりの驚きに、ポインセチアとソーダはくちぐちに声をあげる。
特にソーダは、なぜか鬼気せまる表情で、トットにつめよった。
「ねえ、ポーチに杖の作り方を教えたのはどうして? 杖の作り方を教えてどうするつもりなの? きみは、ポーチの才能をどう見ているの?」
「うわっ、別にそんなんじゃないから……。というか、お前ら誤解してるようだけどな、おれはお前らの知ってるトットとは違うぜ」
「何わけのわからないこもをいってるんだ。お前、やっぱり中二病か」
しらけた顔で見てくるポインセチアに、トットは顔面蒼白で訂正する。
「中二だと!? おれは今年で二百歳だぞ!」
「……はあ?」
どう見ても、彼の見た目はポインセチアたちと同じ、十二歳ほどだ。
何をいっている、とポインセチアはトットのひたいに手を当てる。
熱はない。
やはり中二病か、と疑ったが、トットがその手を払い、「ふん」と鼻を鳴らした。
「おれはその昔、不老不死の魔法を作り出したのだ! どーだ、れっきとしたベリーマフィンの大天才ご先祖さまだろうが」
ポインセチアは頭を抱え、ソーダは「まさか」とつぶやいた。
目の前にいるこの自称・偉大なる魔法師が、不老不死の禁術を作り出した罪深き魔法師ということは、だ。
かのプリンガレットのスーパージジイこと、ベルリラ・プリンガレットが不老不死となった原因、というわけで。
それにしても。
本当の年齢が二百歳というわりに、十二歳くらいの見た目でいるのはなぜなのかと、ポインセチアはたずねたかった。
もしかしたら、いずれベルリラも見た目を操作しだすのだろうか。
その先は、怖くて考えられなかった。
トットはそんなふたりのようすには目もくれず、気だるげに息をついた。
「おれはふだん、赤い月の内部で、お前ら魔法師を監視したり……映画を見たり、ゲームをしたり、動画製作したりして収入を得たりしているんだが」
「ほとんど遊んでるじゃないか!」
「さっき赤い月……つまり、魔工衛星が精霊たちに襲われていたから、その魔力を利用して満月に戻したんだが……お前らに、ひとつ聞きたいことがある」
トットがあらたまってたずねてくるので、思わず身構える、ふたり。
「もしかして、プリンガレットのベルリラ。不老不死を完成させたりしてないよな」
まずい、とふたりの心臓がバクンバクンと、暴れだす。
ここでバレたら、プリンガレットはおろか、共犯者であるソーダ、すなわちチョコレートパインもろとも、正式な魔法師の資格を剥奪されかねない。
なぜなら、このトットという男は、赤い月を作った張本人なのだから。
ポインセチアは極力、自然な笑顔を作り、答えた。
「いや、まさか。そんなことできるわけがないだろう。いかに、我が祖父が天才とはいえ」
「そうだよね。トットさんほどの魔法師ならともかく」
しかし、トットはゆるく首を振った。
「ベルリラほどの魔法師なら、もういつ完成できててもおかしくはねえよ。しかもあいつは、純粋すぎるほどの魔法師だ。自分の欲望のみに忠実な、おれそっくりの魔法師。だから、禁忌なんて平気でおかすだろうな」
ぎろり、とトットの目つきが変わる。
「月に送られてきた、ベルリラの精霊たちの魔力。その質がなんとく変わってたんだよ。いつもの力強い魔力のほかに、若々しくてみずみずしい、生命力にあふれた魔力が。これまでのベルリラなものとは明らかに違うものがな」
「いや!?!? さっき、おじいさまに会ったが、何も変わっていなかったが!??! お前の気のせいじゃないのか!?!?」
「ポーチ、お前……嘘つくのヘタすぎだろ」
こっそりと耳打ちをする、ソーダ。
トットが、疑わしげにいう。
「ポインセチア・プリンガレット。お前の祖父は本当に、不老不死になっていないんだな」
「ととと、当然だ」
大量の汗をかきながら、全力でごまかすポインセチア。
それにトットは「ふうん」と返した。
ごまかせた、とポインセチアはホッと息を吐く。
ソーダは、ほとんどあきらめたような顔をしていた。
「なあ。こっちも聞きたいことがあるんだが」
ポインセチアが、おそるおそるといったようすで、たずねてきた。
屋敷での授業中にするときのように、ポインセチアはスッと右手をあげた。
「トット・ベリーマフィン。お前が赤い月を作り、そして大魔法戦争を作ったということでいいんだな? お前が勝者である魔法師に、蜜の紋章を授けてきたんだな?」
「その通りだ」
「そこに不正はない。つまり、ベリーマフィン家の跡取りであろうと、ひいきはなしだったのだな?」
「……何がいいたい?」
「ベリーマフィン家の今の跡取りの名は、トット・ベリーマフィン。自分と同じ名前の跡取りなんて、可愛くないはずがないよな」
あまりにもわかりやすく、トットはギクッ、という表情をする。
だらだらと冷や汗を流す、偉大なる不老不死の魔法師に、ソーダは「こっちも嘘ヘタすぎだろ」と、本気で心配しはじめる。
「ふん。なるほど。ソーダ、お前のいうとおりだったようだな。さすがは、チョコレートパインの情報網だ」
「えっ」
まっすぐにいうポインセチアに、ソーダはじわじわと喜びをあふれさせた。
きらきらと目を輝かせているソーダを横に、ポインセチアはトットに向きあう。
「あと、これはずっと気になっていたことなんだが……あのスーパージジイはたしかにいつも間が悪い。だが、このタイミングでの不老不死。そして、お前の登場。あまりにも、できすぎている。……よもや、私たちを足止めしようと、おじいさまの屋敷のテーブルに不老不死の禁書をこれみよがしに置いたりなどしていないだろうな」
すると、トットは肩を震わせはじめた。
必死に笑いをこらえている。
「ふっふふふ……ふふふ」
「きもっ。笑うなら、盛大に笑いなさいよ」
「では、遠慮なく。くはははははは!」
「うるさ」
「正解といってやろう。プリンガレットの生意気な愛し子よ」
魔法師はキザなやつしかいないのか?
ポインセチアは、どこまでも偉そうなかき氷野郎に、シロップをぶっかけてやりたくなる。
「そう、おれはトットを勝たせようと根回しをしていた。お前らを足止めするため、ベルリラの魔法知識欲を満たしてやろうと、不老不死にしたりなどしてな」
「一世一代のことを美容院で髪切る気軽さでいうな!」
ポインセチアが怒鳴りつけるが、トットはまったく気にしていない。
しかし、ここでポインセチアはある一点に気づいた。
「だがこれで、魔法師の紋章はく奪の危機はなくなったわけだ。なにしろおじいさまの不老不死の原因はお前なのだからな」
「いや、おれがそそのかしたからといって、不老不死に手をつけたのはベルリラなんだから、ベルリラがわるいだろうが」
ひょうひょうといってのけるトットに、ポインセチアはいよいよキレる。
「それじゃあ、お前がトットをひいきしていることをベリーマフィンの魔法師たちにいいふらすぞ」
「止めろ! 一族たちにいうな! 恥ずかしいだろ!」
「おとなのくせに恥ずかしいことをするな! じゃあ、おじいさまの件は不問だ。いいな!」
「……ッち!」
まったく隠すつもりのない、偉大なる魔術師の舌打ち。
憧れに憧れていた大魔法戦争の赤い月が、こんな子孫ばかのひいき野郎だったとは、とポインセチアは落ちこむ。
「嘘だろ。こんな調子で、野望を叶えることなんてできるのか?」
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