5 はらはら! 天才おじいさまのスーパー魔法

 ポインセチアたちの眼前にドドンと、とそびえ立っているのは、ゴゴゴゴゴゴリッパなお屋敷。

 ここには、ポインセチアの祖父であるベルリラ・プリンガレットが住んでいた。

 ポインセチアたちが住むお屋敷とは、別の迫力がある。

 山を見あげるように、額に手をかざし「おお」とソーダは息をもらした。

「ベルさん、今年で何歳になるんだっけ」

「七十八」

「ははっ、見えないねえ」

「猫だったら、そろそろ猫又にでもなるんじゃないか。あるいは、化け猫」

「うーん。ベルさんだったら、ありえる」

 ソーダはおかしそうに口もとに手を添えたが、ポインセチアはまったく笑えない。

 祖父は、プリンガレット家史上「最高の魔法師」と現在進行形でうたわれている。

 他にも「夜の支配者」「プリンガレットが生んだ希代の天才」「月光卿」などなど。

 祖父をたたえる二つ名は、彼が生きているだけで次々と増えていく。

 だからこそ、恐ろしいのだ。

 本当にこのまま猫又になってしまうのでは。

 いつか何かの間違いで、不老不死のちからでも手に入れてしまうんじゃないか、と。

 だとしたら、大変なことになる。

 本当に、大変なことに……。

 ゾッと背筋が震えるのを感じ、ポインセチアは杖をぎゅっと握りなおす。

 炎のカゴに入れた黒魔法師たちを庭に放ると、深呼吸をした。

「緊張してるなあ」

「当たり前だ」

 杖をベルトのワンドホルスターにしまうと、ドアノッカーで玄関をノックする。

 すぐに「はい」と返事があった。

 御年七十八歳となる、魔法師ベルリラの声だ。

 年代を感じさせるギイ、という音を立てて、扉が開く。

 開いたうす暗いところから、ぬっと出てきたのは、目じりに少しのしわを刻んだ祖父の顔だ。

「……ん?」

 ポインセチアが、思わず声をあげた。

「やあ、ポインセチア。久しぶり」

「お変わり、ありませんか? おじいさま」

「どう思う? 当ててみて」

 にっこり、とほほ笑むベルリラに感じた違和感を、ポインセチアは正直に口に出した。

「……お変わり、ありましたね?」

「うふふ。ああ、変わったよ」

「はあ……ですよね」

「ベルさん。何かあったのか」

 ソーダはふたりの会話についていけず、首を傾げた。

「おじいさま、エステにでも行きましたか。それとも、アンチエイジングサプリでも服用していますか。明らかに、先日会ったときよりも若返っているでしょう」

「ふふっふ、うれしいなあ。気づいてくれて」

 ベルリラは嬉し笑いを堪えきれないのか「んふふ」といいながら、自らのほっぺたを指さす。

「ぼくねえ」

「ちょっと、待ってください。あなたは、今から何をいうつもりですか」

 ポインセチアのひとことに、ベルリラは花開くように、ぱああと顔を輝かせた。

「不老不死の魔術を作ることに成功したんだ、っていおうとしたよ!」

「ちょ、はああああっ!?!?!? まずいぞ!! なかに入れ、ソーダ!!」

 叫ぶと、あわてて玄関から屋敷のなかに滑りこむ、ポインセチアとソーダ。

 勢いよく、バタアン! と、扉を閉めた。

「このスーパージジイ、なにしてんだああああ!!」

「ベルさん、うそだろ?」

「マジだよ~」

 ダブルピースをしてへらへらしているベルリラに、ふたりはおそろいのひきつった顔を見あわせた。

 目の前でいっさいの毒のない笑みを浮かべている、身長百九十センチはあろうスーパージジイを見あげ、ポインセチアは頭を抱えた。

「おじいさま。不老不死は……それは禁忌魔術ですよ。なんでいつもやっちゃいけないことをやっちゃうんですか? ダメだって、いつも怒られるのに、どうしてやっちゃうんですか?」

「だって……」

 まるで、どちらがおとななのかわからないやりとりをソーダが見守る。

「だって、なんですか」

「気になっちゃったもん。完成させたいでしょ。途中までやってみたら、できそう……って思ったんだ。だから、最後までやってみた。そしたら、できちゃったんだよ。すごいでしょ」

「そんな、解けなかった分数の計算をがんばって解いてみたらできたんだ、みたいなテンションでいわないでください!」

 くわっ、と目をつり上げて怒るポインセチアを「まあまあ」と落ち着かせる、ソーダ。

「いやあ、本当にすごいな、ベルさんは」

「何をのん気にいってるんだ! 赤い月に見つかったら、プリンガレット家は正式な魔法師の資格を取りあげられるかもしれないんだぞ!?」

「……あっ~」

 禁忌魔法の使用は、魔法師においてタブー中のタブー。

 そうなったら、ポインセチアは大魔法戦争の参加資格をはく奪されてしまう。

 はく奪されたら、野望は叶えられない。

 歴史上に名を残せなくなる。

 つまり、魔法史の教科書に、ポインセチア・プリンガレットの名は載らない。

「いやだあああああ! 待ちに待って待って待って待った、大魔法戦争なのに!」

「大魔法戦争に勝たなくても、歴史に名を残せるじゃない。大魔法戦争に参加したものは、それだけで偉業であると、後世に語り継がれるんだよ」

 さらりといってのけたベルリラを、ポインセチアは肉食獣のような目でにらみつけた。

「せっかく参加できた大魔法戦争を、禁忌魔法でリタイアした魔術師として語り継がれるなんて、まっぴらごめんです!」

 泣きながらうったえるポインセチアに、ベルリラはなぜかうれしそうにバーン、と胸をはった。

「そりゃそうだよね」

「しまった。このジジイには、嫌味も通じないぞ!」

「うん、ポーチ。きみも、そういうところあるけどね」

 ソーダが、こっそりと苦笑した。

「……それはそうと、ベルさん。赤い月からの監視をまぬがれる方法を考えていないあなたではないのでは?」

「もちろんだよ」

 そのベルリラのほほ笑みは、ポインセチアが得意げに鼻を高くするときの表情にとても似ていた。

「赤い月の正体をきみたちは知っているかな」

「空に浮かぶ、ふたつめの星」

 ソーダが何気なく応えると、ベルリラは「ちっちっち」と舌を鳴らした。

「あれは、古い時代の魔法師が作ったものだよ。魔工衛星という魔道具だね」

「赤い月は悪い魔法師が生まれないよう、見守っているという話は聞いていますが……」

 小さいころから、父から聞かされていた赤い月の話をポインセチアは思い出す。

「さっき、黒魔法師が出たんですよ。なので、この屋敷の庭に放置してきたのですが……。どういうことでしょうか?」

 ベルリラが、「ええー、庭に?」と窓から外をのぞきこんでいる。

「昔に比べて、魔法師の数はどんどん減ってきているでしょ。だから、魔工衛星のちからも弱まってきているんだ。月からの監視が弱まれば、よからぬ考えを持つものが増えるのは道理というわけだね。黒魔法師が生まれやすくなっているのさ」

「おじいさまは、赤い月を誰が作ったのか、ご存じありませんか?」

「知ってるよ」

「ええ!?」

 あっさりと答えた祖父に、ポインセチアはもう頭を抱えた。

 この祖父が、知らないことはないのではないかと思うほどの知識人というのはいっていた。

 一族中のものたちが、祖父にわからないことをたずねては、必ず答えていたのを見ているからだ。

 しかし、この祖父は聞かなければ、なにも教えてくれない。

 隠しているのではなく、あらゆることをただの知識として吸収するので、使わない知識は頭のなかのタンスにしまって、ずっとほこりをかぶったままなのだ。

 そして今、やっと数十年ぶりに、ベルリラの知識の引き出しがこじ開けられた。

「赤い月を作ったのはね、たしか……ベリーマフィン家のご先祖さまだよ。たしか名前は……トット・ベリーマフィンといったかな」

「はあ!?!? い、今、なんと? おじいさま」

 聞き間違えか、とポインセチアは聞き返す。

 ソーダも戸惑った顔をしていた。

「トット・ベリーマフィン。千年前のベリーマフィン家のご先祖さまの名前だよ」

 気の長い祖父は、ゆったりと答えてくれる。

 しかし、ふたりにとっては、戸惑いを深めるだけの答えでしかなかった。

「おじいさま。トット・ベリーマフィンといいましたが……それは、今のベリーマフィン家の息子と同じ名前です」

「おや、そうなんだね。昔の先祖の名を授けるとは、血筋を大切にする家柄なんだねえ。すばらしい」

「気にならないんですか。ベリーマフィン家が先祖の名前を今さら、その子孫に授ける理由」

「いや、別に」

 ベルリラは、興味のあることにしか興味のない、魔法師のなかの魔法師だった。

 しかし、いくら天才ともてはやされていても、ふたを開けばただの〝天災〟魔法師。

 ベルリラがやった数々の天災レベルの魔法実験の尻ぬぐいは、おもにリースの仕事だった。

 今回の不老不死の件も、そろそろリースに報告しなければならない。

 しかし、ベルリラの前ではいいづらく、ポインセチアはなかなかスマホに手をつけられないでいた。

「まあ、とりあえず、今はおじいさまの天災実験が赤い月にバレるのをふせぐことを考えましょう。何か策があるらしいですからね。さっさとそれを披露してくださいよ」

「おお、気になるかい。じゃあ、ポーチのために、おじいちゃんがんばるよ」

 貴族風のスラックスに通したワンドホルスターから、いそいそと杖をとりだす、ベルリラ。

 美しい装飾がほどこされた、金色の杖。

 先端には、黄金の三日月とブルーの宝石が埋めこまれた星。

 ベルリラの杖は、どんな魔法師よりも尊く、気高く、まばゆいものだった。

 しかし、誰かしらに、どんな経緯で作られたものなのかをたずねられても、ベルリラは決して答えないのだという。

「精霊たちよ、目覚めなさい。わたしの声を聞き届けなさい」

 雄大な草原を吹きぬける風のような呪文に乗せ、ひとふり杖が振られれば、目を開けていられないほどの光が屋敷をおおいつくす。

 一瞬だった。

 まぶしい光が消える。

 ポインセチアはぼうぜんとしながら、祖父にたずねた。

「今、何を?」

「精霊たちに、今すぐ赤い月をぶっ壊せって命じたよ」

「……はい!?!?」

「すごいでしょ」

「いやいやいやいや」

「あの月がなくなったら、みんなびっくりするんじゃない?」

「待て待て待て待て!」

 ポインセチアとソーダはあわてて空を見あげた。

 きらきらと黄金色の光をまとった精霊たちが、天へと登っていく。

「赤い月をぶっ壊したら、大魔法戦争はどうなるんですか!」

「あ、忘れてた。願いを叶える蜜の紋章は赤い月からこぼれ落ちるんだったっけ。うーん、こまった」

「ジジイーーーーーーーーー!!!!!!!」

 どおーーーーーーーーーん!!!!!!!

 精霊たちのありとあらゆる魔法が、赤い月を攻撃する。

 地の精霊、風の精霊、炎の精霊、水の精霊、光の精霊。

 ベルリラの偉大なるちからによって、魔工衛星・赤い月が破壊されていく。

 あっというまに赤い月は、三日月ほどになってしまった。

「ああああああ……」

「ぼくたちでどう止めたものか」

 ソーダのつぶやきに、ポインセチアは「ジジイを羽交い締めにしてみよう」と返そうとした。

 そのときだった。

「ぐおおおおおお……」

 地をはうような、気味の悪い声だった。

「なんだ?」

 ベルリラが「ふむ」とうなった。

「赤い月が壊れたから、〝黒魔法浄化作用〟も働かなくなったか。庭の黒魔法師くんたち……おさえつけられていた魔力が暴走しはじめているね」

「おじいさま。今、何といいましか?」

「え? こんなに近くでいったのに、聞こえなかったのかい。ポーチ。まだ十二歳だというのに、なげかわしい。おじいさま、心配だよ」

「違うわ! あまりにも信じたくなくて、嘘であってくれという気持ちで聞き返してるんだよ、こっちは!」

 これだから、ベルリラの屋敷に来たくなかったのだ。

 一族のトラブルメーカー。

 会うたびに問題を積み重ねていく、スーパージジイ。

「おじいさま。もう大人しくしていてください!」

「ええ。なんで……せっかく不老不死になったんだからさあ。もっと褒めてよ、ポーチ」

「ああ、すごいすごい! おじいさま、さすがですねー!」

「へっへへへ」

 こんなお世辞にも、素直に嬉しそうにするジジイに、ポインセチアはため息が止まらない。

 ドドドドドド。

 地響きが、ベルリラの屋敷を揺らした。

「ああ、黒魔法の気配……」

 ポインセチアが、息を吐くようにいった。

「ポーチ。おじいさまが、やっつけてこようか」

「いえ、ここは私たちにまかせてください」

 これ以上、状況をひどくしたくないし、と祈るようにいった。

「おじいさまはおとなしく……そう。具体的には、本でも読んでいてください。むこう千年は読み終わらないようなやつをお願いします」

「なるほど。わかったよ。孫の活躍を取りあげてはいけないものね。途中読みだった禁書でも読んで、待ってるよ!」

「禁書はもう読むな!」

 スキップをしながら地下書庫に向かうベルリラを、目を細めて見つめるポインセチア。

 その肩にソーダはそっと、手を置いた。

「マジの、大魔法戦争になりそうだな!」

 笑えない冗談に、ポインセチアは「ははは」とあえて笑ってみた。

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