第13話 自称悪役、決断する

「シルバ・ノーマンクライ!!」


 その声に振り返る。俺はそこにいる人物の姿を見て目を見張った。


「……ミハエル……?」


 短い金髪の青少年。ミハエル・ハルトマン。このゲーム世界における主人公であり、俺が打倒の目標にしていた人物である。本来、二週間後に出会うはずの彼が、そこにいた。俺は思わず動揺しながら問いかける。


「こ、ここで何やってるんだ? お前。なんでこんな所にいる?……」

「俺を覚えているのか。感心だな。忘れたのかと思ってたよ」


 彼は犬歯を見せながら、手に持った剣を構える。


「そして、俺は運が良い。貴様を倒す為の修行をしていただけなのに、偶然こうして出会えるなんてな」


 ――あぁ、なるほど。つまり、こういうことか。


 俺はシナリオとはまるで違う行動をしてきた。本来ならシルバはぐぅたらしているだけの存在。魔獣の森になど行くことはない。だが、俺は違う選択肢を選んできた。それが巡り巡って、この偶然を引き起こしたというわけだ。


 二週間早い決闘。その偶然を。


「え? え? 知り合いなの? 二人」


 シルフィが動揺しながら視線を彷徨かせる。


「ここで会ったが百年目。俺と決闘しろ。父の仇を、ここで取る」

「まぁ、構わないが」


 俺は構えながら言う。


「吠え面かいても知らないぞ」


 どのみち戦う相手だ。それに、俺はいま自信に満ちあふれている。


 負ける気は――。


「三魔法同時展開:ヤマタノオロチ」


 俺は驚き、眉を上げる。奴の周囲に、炎、水、雷の龍が出現した。そのどれもが、頭目のものよりも大きい。明らかに、オールレベル10のものではなかった。俺がレベルを上げたことで、相対的にあちらも強化されたのだろうか。


「いけっ!!」


 三匹の龍は俺に襲いかかってきた。俺はその攻撃をもろに食らう。


「それに加えて――」


 ミハエルはジグザグに素早く動きながらこちらへ接近してくる。彼は俺の眼前まで来ると、そこで姿を消し、いつの間にか、俺の背後で剣を構えていた。


「剣技:影踏み」


 ミハエルの剣が俺の背中に向かって振られる。そして、俺は――、


「フレアストーム」


 周囲に炎の竜巻を起こして、彼を吹き飛ばした。


「ぐあ――!」

「確かに強いな。だが、もう俺の敵じゃねぇ」


 俺は三匹の龍をかき消しながら、ミハエルを見おろす。


「悪いけど、お前はもう俺には追いつけねぇよ」

「何を馬鹿な!」


 ミハエルは歯を食いしばり、刺突の構えを取る。


「剣術奥義! 一本光――」

「ファイアボール」


 俺は手に火球を作り出し、ミハエルに向かって放った。最初から使える魔法と、剣術の奥義。通常なら後者が打ち勝つものだが、俺の圧倒的な魔法攻撃力によって、その勝敗は逆転した。


「がぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ミハエルが地面を転がり、倒れ込む。彼は煤だらけになった顔で、俺の事を見上げた。


 陽光を背に、涼しげな顔を浮かべる俺の事を。


 もはや、こうなってしまっては剣術云々は関係ない。両者の実力は大きな隔たりを持ってしまった。


「――なぜだ……」


 ミハエルは悔しげに歯を食いしばる。


「俺はずっと努力してきた。お前を殺すために。お前に万が一にも負けないために! なのに、なのになんで――なんでお前の方が上なんだ!! なぜ!!」


 ミハエルの瞳には涙が滲んでいた。俺は目を細める。


 俺は、そんな彼に言ってやった。


「なんで、そんな無駄なことをしてたんだ?」


 ミハエルの目が見開かれる。


「なんでそんな、無駄な努力をしてきたんだ。そんな、無意味なことを」

「――お前も、無意味だと言うのか」


 ミハエルが憎悪の眼差しで俺を睨んできた。


「お前も俺の復讐を無駄だと言うのか! お前が悪いのに! 全部お前が悪いのに!」


 俺は眉を寄せる。ミハエルは土を握りしめた。


「それなのに――……」

「何言ってんだ? 俺は別に、復讐が無意味だなんて言ってない。なんでさっさと俺に挑まず、努力なんてしてきたんだって言ったんだよ」


 ミハエルが怪訝に少し口を開けた。俺は彼に背中を向けながら言う。


「復讐は、自分の運命に決着をつける行為だ。俺はそれを否定しない。だけど、そのためにお前がやってきたことは無意味だよ。さっさと俺に挑みさえすれば、勝ちの目があったんだからな。迂闊に時間をかけた、お前の負けだ」


 ミハエルは少しの間目を瞬かせていた。だが、やがて悔しげに視線を下げた。俺は彼に向かって炎のたぎる手を向ける。


 だが、少しの間沈黙した後、それを下ろした。

 

「だから、また挑んでこい」


 ミハエルは顔を上げる。俺はポケットに手を突っ込んで歩き出した。


「強くなって、せいぜいまた挑みに来い。俺を殺しに来いよ」


 俺は思う。


 正義の味方を叩き潰す。


 叩き潰して叩き潰して、負かし続ける事。


 それこそ、悪役の本質だと。


 だから、俺は逃げない。復讐を受け続ける。


「悪役として、お前の憎悪を受け止め続けてやるからさ」


 俺はそう言い、ミハエル達の前から去った。夕暮れに近づく空を見上げながら。


 きっと、ミハエルはこれから強くなる。


 死に物狂いで強くなって、俺を殺しに来るだろう。


「ここからが、大変だな」


 まったく、悪役は辛いぜ。


 そう苦笑しながら、俺は一人また歩き出した。


                 


                       完

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ゲームの悪役貴族に転生した俺は、最低な悪役のまま生きていくことに決めました。なのに、なぜか感謝されるし人には好かれるし、意味がわからないんですけど~悪役ムーブで何故か善行を積んでいく男の転生譚~ 堕園正太郎 @takezonosyoutarou

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