第2話 覚えのない約束と気不味い真実

『…あ゛???』

「覚えてないの!?」

『うっす…。』


事の発端は先日のボイチャでのやりとりにある。

仕事が忙しく今にも寝そうな中、

ゲームのデイリーを相方の“くぅ”としていたが

途中からの記憶はなく話もほとんど覚えていない。

相槌を打っていた記憶はあるような…程度だ。


「本当の本当なの!?」

『本当にその話の記憶はございません…。』

「そう、なのね…。」


すごく悲しそうに返事をする彼女に、

唯も記憶がないとはいえ、返事をしてしまった事実は変えられないし…

と考えたが、どうにも仕事の都合が空けれる気もしない。

どうしたもんか…と頭を悩ませた。


『とりあえず、ほぼ記憶ないにしても返事たんなら

こっちに非があるし一回仕事の都合と照らしあわせますわ…。』

「無理しなくていいわよ…、

私が無理に誘ったようなものだもの…。」


彼女は自分に非があるから「この件はなかったことにして?」と悲しそうに言い始めた。

このままでは気不味いし、一緒にゲームしてくれなくなるのでは?

と悪い方向に考え始め、妥協案を必死に考えた。


『いや、実際行きたかったイベントだから

マジで、仕事の予定確認したい!!!

午後からでもいいなら、ほんと、行ける可能性あるから!!!』


妥協案じゃないし、これはただの言い訳だ!と心の中では思いつつ

自身が気になっているイベントには違いなくて、

仕事も半日で終わらせれる可能性があることも事実だった。

これを相手がどう受け取るかはわからない。

唯は気が気じゃなかった。


「…………」


長い沈黙が続き、そろそろ耐え難くなってきた頃。

彼女が「じゃあ、予定確認できたら連絡くれるの…?」と

言葉を紡いだ。


『…え、もちろん、!?』

「何で疑問系なのよ。」


彼女はくすくすと笑いはじめ

いつもの調子で話し始めてくれた。


『いや、まさか、受け入れてくれるとは思ってなかったので…?』

「自分から誘い直したようなものなのに?

意味わかんないわね。」

『自分でもそう思う。』

「ほんとシユはいつもお話ししているのに飽きないわね

それじゃあ、明日以降に予定が分かったら連絡くれるかしら?」

『うっす…、チャットに送って証拠残るようにします…。』

「別にいつもみたいにvcでいいわよ。」


彼女は先ほどと変わらず、くすくすと笑いながら返事を返してくれた。

その後「今日はこの辺りでお開きにしましょ

明日の夜、報告してくれるの楽しみにしてるわ❤︎」とvcを切った。


『ヒヤヒヤしたぁ…。』


唯は付箋に“イベ日の確認!”と書いて、

仕事で使っている手帳に貼り付けた。


〜翌日〜


『(何でこんなに仕事振ってくんだよ!

あのクソ上司め!!!)』


出勤して早々、部長がデスクに来て

「紫垣!これ、まとめるだけだから頼むな!」と

大量の紙束を置いて去っていった。

どう見ても量がおかしい。

しかも置いていった書類の大半は、来週会議に使うものばかりだった。

自身の仕事もあるのにどうやって…、大きなため息が出た。


「主任、お疲れ様です。

こちらの書類なのですが、確認していただいてもよろしいでしょうか?」


頭を抱えている中、声をかけてきたのは

我が事業部のエース“祠堂 拓哉”

外見良し、頭脳良し、性格良し

オール満点パーフェクト!みたいな男だ。

私は、まぁまぁ苦手だが…。


『…うん、よくできてると思う。』


確認した書類は彼が立っている方向へ、顔も見ずに差し出した。


「…ありがとうございました。」


一瞬の間と聞き覚えのあるような声が気になり振り向いたが、

彼はすでに背を向け、自身のデスクに向かって歩き出していた。


『気のせいか…?

ってやば、予定確認してないじゃん。』


ふと、夜中に話していたオフ会のことを思い出し

社内スケジュールと自身の手帳を照らし合わせた。

予定上いける、が、しかし部長の尻拭いの書類…。


『…オワッタワ』

「何が〜?」

『人生が…。』

「壮大すぎじゃない?

てか、連日カロリーバー食べてるでしょ!外行くよー!」

『し、仕事ガァ〜!』

「仕事は逃げませーん!」


ぬるっと現れて昼食の拉致に来たのは同期の“中嶋ほのか”

彼女は社内で唯一と言っていいほど、

私が気兼ねなく喋れる相手だ。

周りからの人望も厚いのに、なぜか昇進したがらない不思議ちゃんだ。


『…シゴト』

「はいはーい」


唯は引きずられる中、仕事に戻る意思を示すも

近くのファミレスまで連行された。

店内に入れば、スタッフに席まで案内され着席した。


「てか、さっきの人生は大嘘でしょ?」

『まぁ…、うん』

「で?本当のところは?」


話の片手間に

彼女は昼食を決めていきオーダーまでしていた。

唯は『来週の週末出かける予定だったんだけど…』と返事をしつつ

こんなに手際がいいのに…、と今考える必要の無いことがよぎっていた。


「うん?

あ、唯は今日これね!」

『私のも頼んだんかい』

「どうせ食べれるでしょ〜?

で、続きはよ!」

『えっと、いきなり部長から来週締めの書類大量に投げられた…』

「それでおわたってことだったんだ!」

『おん…』

「でもさ、書類まとめるくらいなら

他の子達に任せたらいいんじゃない?」

『冊子にする、程度の業務ならねぇ…

というか、今みんなプロジェクトとかで忙しい時期やぞ…

やっぱオワタだわ』

「そうだねぇ…」


配膳されてきたご飯を食べつつ、

どう頑張っても処理しきれない気がしてきて頭痛がしてきた。


「でも珍しいね〜

出かける予定立てるほどの仲いい人でもできたの?」

『まぁ、そんな感じ』

「煮え切らない返事〜」

『色々あるんだって』

「えぇ〜?教えてくれても良くない?

私たちの仲でしょ!」

『そうなぁ…』


ほのかの性格からして、否定しないし馬鹿にしてくることもない。

とはわかりつつも、この歳でゲーム上の人と会うって言うのは

何だかなぁ…、と思っている。


「あ、ごめん電話かかってきたからちょっと外すね〜」

『あいよ』


ご飯を食べつつ頭を抱えた。

話すべきか、否か…。


『はぁ…、どうしたもんかなぁ…。』

「唯おまたせ!」

『そんなに待ってないヨォ』

「あのさ、唯のとこの後輩くんいるじゃん?」

『いるねぇ』

「その子がね、仕事が落ち着いてきてるから

迷惑でなければ手伝いたいっって〜」

『どうしてそうなった

ありがたいけども…』

「じゃあ、戻ったら唯から声かけてあげて?」

『…っす』

「ごちそうさまでした!っと会社に戻ろ〜!」

『ごちそうさま。

お会計してくるから先出てて』

「いいの!?やった!唯ありがとー!」

『どいたま』


ファミレスの会計を済ませ、会社に戻る途中。

唯は私用携帯に入ってる通話アプリを開き、

くぅにチャットで『予定が空けれそうなので、午後からイベント行きませんか?』と送信した。

画面を落とし携帯を締まった矢先、ポケットがバイブで震えた。


『ん?ごめん、ほのか。

先会社に戻ってて、電話きた。』

「おけ〜!また後で!」

『はーい』


唯は私用携帯を再度取り出し、画面を確認したら

先ほどチャットを送ったくぅから通話がかかってきていた。


〔シユ!チャット!ほんとうかしら!?〕

『はっや…、本当です

一ミリも嘘なしです。』

〔やったわ!イベントごとに一緒に参加してみたいってずっと思ってたのよ!〕

『僕でいいんですかって感じですけど』

〔いいのよ!

むしろシユとじゃなきゃ嫌なのよ!〕


すごくハイテンションで喜んでいるくぅ。

ここまで喜ばれると、自分まで嬉しくなってくる。

が、先ほどから少し違和感があって…。


〔じゃあ、また夜に午後からの予定決めましょ!〕

『それは構わないですけど、

なんか声反響してません…?』


そう、今近くにいるわけのないくぅの声と

自分の声が重なって聞こえているような気がして…。

そんなわけはないと思いつつ、徐々に重なって聞こえてくる声に

脳内で大きな警報がなっている。

今すぐここを離れるべきと言わんばかりの音を鳴らして。


〔え?そんなことないわよ?〕

『え、僕の気のs「〔あっ…〕」…ん?』


完全に重なった。

通話越しの右耳と左耳から直に聞こえる声に振り返れば、

そこには苦手な部下の祠堂拓哉が何とも言い難い表情でこちらを見ていた。


『えっ…、、、え???』

「いや、まさか、そんなわけ…ない、ですよね???」

『それはこっちのセリフなんだけど…』

「本当に、シユさん、ですか…」

『君の携帯越しから私の声がしていて表記がシユで

目の前に立っているのが紫垣唯っていうならそう言うことになるわね。』


私は平然を装いつつも、頭の中では大パニックに陥っていた。

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ネトゲの相方は職場のオネェなエース様 さめでねこ @mizuchi_cat

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