第7話 ノートに情報記入

 帰宅後、机にB4のノートを開き、勉強机に腰を下ろす。学生カバンからシャープペンシルを取り出し、B4のノートに文字を書き込む。


『コンビニ? では勝手に置いてある食べ物を食べちゃいけない!! 』


『今いる世界は、私の世界とは違う』


『私は今、異世界にいる』


 今日得た情報を、ノートに1行1行記入する。ゆっくり丁寧にペンを走らせる。当然、ゆっくり書くことで、きれいで整った文字がノートに写る。


 ぱっと見で認識できるように、文章は短く纏める。簡潔を意識する。


 この世界で使用される言語は菜々子の世界とは異なる。だが、自然と菜々子は優真の世界(異世界)の言語を使えた。


 このからくりは不明だ。ベッドから目覚めた時から、使用でき、聞き取ることも可能だった。


 有益な情報を記入しておかないと忘れてしまう。忘れたら生活では不便だ。だから、必要な内容を菜々子はノートに記録として残す。


「勉強も私の世界と全然違う。共通するのは数字くらい」


 数字以外の社会や国語は菜々子の世界と全く異なる。日本史や日本語は菜々子の世界には存在しなかった。そのため、知らないことばかりだった。


「出稼ぎとかないのかな? あのきつくて嫌なことばかりの…」


 前の世界の嫌な記憶が蘇る。力仕事で重い木材や鉄を運び、所定の位置に移動させる。運ぶスピードが遅ければ、おっさんに怒鳴られる。弱音を吐けば、殴られる。


 散々だった出稼ぎ。思い出すだけで悪寒が走る。


 記憶を想起し、菜々子の身体が左右に震える。


(あの出稼ぎみたいな苦痛をまた味わう羽目になるのかな…)


 不安や恐怖が菜々子を支配する。時間が経てば経つほど、あの頃の記憶が蘇る。身近に感じるほどに。


 恐怖を打ち消すように、菜々子は自室を飛び出し、母親を探す。


 リビングのソファで寛ぐ母親を容易に発見する。


「私って…出稼ぎしなくていいの? 」


 緊張感を抱きながら、重い口を開く。心臓の鼓動は通常よりも加速する。ドクンッドクンッと脈の音が耳に伝わる。


「は? 何言ってるのよ! 出稼ぎ? そんなのしなくていいわよ!! 」


 母親からの反応は予想外の物だった。目を細め、母親は怪訝な顔を形成する。明らかに、菜々子を変な目で凝視する。


「高校生? だから。仕事しないといけないかなって」


「もしかしてアルバイト? いいわよ。いいわよ。学生の本分は勉強なんだから。あなた成績はあまり良くないんだから。勉強しなさい勉強」


 たしなめるように、母親は勉強に励むように促す。すぐに自室で勉強するように、階段の方向を指さす。


 母親の言葉を聞き、菜々子は安堵感を覚えた。先ほどまでの緊張、恐怖は大分和らいだ。


 前の世界では、学校に通いながら、出稼ぎする生活だった。学校ではいじめを受け、出稼ぎでは怒鳴られる生活だった。最悪の生活だった。


 1日中、菜々子には自由が存在しなかった。過酷でハードな生活だった。


 しかし、この世界では出稼ぎは必要ないようだ。菜々子には幾分か自由な時間が提供される。


 菜々子は救われた感覚を味わう。


 他人に勉強に集中しろ、なんて初めて言われた。


 ならば、自由な時間を勉強に費やそう。母親を少しでも喜ばせるために。


「うん! 分かった!! 勉強頑張るね! 」


 元気に返事し、駆け足で菜々子は階段を駆け上がった。いち早く勉強机に腰を下ろし、勉強に着手するやる気が収まらない。初めて掛けてもらった母親からの、勉強への催促。出稼ぎが必要ない解放感。それらの要因が菜々子に興奮を与える。


「あの子…本当に変わったわね。大の勉強嫌いだったのに。何か変な感じ…」


 菜々子の後ろ姿が2階に消えた後、意外そうに母親は言葉を紡いだ。その言葉はリビング全体に行き届いた。

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ヒロインは俺の世界の人間ではない 白金豪 @shirogane4869

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