重幽機3G(Gravity Ghost Gear)
高戸 賢二
第1話 プロローグ
惑星カナントの首都カナント・シティー。
惑星の名を冠した都市は空気のドームに包まれているのだが、周囲には凍った大地しかなく草木の一本も生えていない。
凍てついた風が吹き荒れる荒野を、1台の車が走っていた。旧石油時代を彷彿とさせる、4つの丸い車輪の付いた大地色の軍用ジープだ。軍用といっても兵装の一つすらないのだが。
強風に煽られふらつきながら車はひた走る。目的地は目の前の山脈の向こう側。超高層ビルを隙間なく並べたようなバカ高い塀に覆われた、とある施設へと。
「おおっと!!」
運転しているバトマ・コインブラは、大きく左にハンドルを切る。タイヤが軋み、不快な音を奏でた。軍用ジープのすぐ脇を、車と同じくらいの塊が掠めていく。リーゼントの黒髪が揺れた。
車を擦り抜けた塊はタンブルウィードのように見えるが、草木の生えない荒野で転がる物体の正体は繊維状の鉱物だ。番線の塊のような球は、見た目よりもかなり軽い。なので車に当たったところで被害は皆無なのだが、どうしても反射的に避けてしまう。ハンドルを切りそこなって横転する方が危険なのは百も承知だ。
「いっそのこと、目を瞑って運転してやろうか」
リーゼントから解れた前髪を弄りながら呟くコインブラ。しかし考えをすぐに改める。何故なら眼前に数々のクレーターが迫ってきたからだ。落ち方が悪ければ、車は大破してしまうだろう。極寒の荒野で足を失えばどうなるか、考えなくても答えは出ている。
多数のクレーター。先の大戦の傷跡。帝国と連合の間に繰り広げられた、通称「10年大戦」によるものだ。
帝国の属国に過ぎなかったカナントは、否応なく連合との戦争に巻き込まれた。希少価値とも言える
大戦は連合の勝利に終わった。敗れた帝国は、属国の一部を連合により解体された。おかげでカナントも独立国家となったのだ。カナント市民は帝国からの解放を喜んでいた。
コインブラは元帝国軍の正規兵だ。大戦中はカナントに派兵され、カナントで敗戦を知った。
そのまま帝国に還らずにカナント移民として残ったのだが、別にカナントに愛着があったわけではない。戦時中に恋仲になった女に子供が出来たからである。女を孕ませた帝国兵は他にも多くいたが、カナントに残ったのはコインブラぐらいだ。敗戦したとはいえ裕福な帝国と、貧しいカナントでは比べるまでもない。残る方が奇特なのだ。彼が知らないだけで、他に残った帝国兵がいてもおかしくはないが。
コインブラの妻となった女は、元々惑星カナント南部の田舎から出稼ぎにしていた娼婦だった。見た目は美しくても、器量の良くない田舎娘では客も少ない。無口で不愛想なマグロでは、客に暴力を振るわれるか変態的プレイを強要されるのがオチである。
真面目で律儀な黒髪の男は、女に娼婦を辞めさせて庇護した。そして敗戦と共に所帯を持つ。貧しくても細やかな幸せを手に入れればいいと、戦争に疲れていたコインブラは思っていた。
帝国兵を辞めたコインブラは、帝国兵だった経験を活かし首都の警備兵となった。しかし元帝国兵という肩書は、独立したての市民からは嫌われる存在だ。警備兵の上層部といえども例外ではなく、彼の仕事は首都の外の警備だった。
必然的に新婚夫婦の住居は首都の外縁付近、貧民街とも呼べる地区となる。元帝国兵であることを隠していても、いつの間にかバレていた。周囲からの妬みや嫌悪は日に日に増していく。広大な荒野を警備するので家を空けることも多く、仲のいい知人もいない夫婦の子育ては苦労が絶えなかった。とりわけ妻の負担は重く伸し掛かる。 コインブラの留守中のいじめは酷く、まともに買い物すらできないほど。
単身子育ての心労も重なり・・・妻は失踪した。幼い娘と夫を残して。
「元気にしてっかな?マイ・・・」
黒髪リーゼントの強面の顔が、無様にニヤける。もうすぐ3歳になる娘は、自分の遺伝子を受け継いでいるのかと疑うほどにかわいい。自分に似た黒髪は艶やかなストレート。将来は妻をも超える美人になると予想している。親バカと呼びたければ呼ぶがいい。
コインブラの仕事中は、無理を言って孤児院に娘を預けている。娘のマイには同世代の友達をたくさん作ってほしいからだ。帝国軍からの恩賞もあり裕福なコインブラなら、家政婦や乳母を雇うことも可能だった。しかし元帝国兵ということは知れ渡っており、家政婦も乳母も信用できない。多額の寄付金を費やしてでも、彼は孤児院に預けたかった。自分も孤児院育ちのコインブラにとって、孤児院とは我が家のような意味合いを持つのだった。
先程まで崩れていた顔が引き締まる。軍人の顔で見上げた無機質で黒い壁。首都よりも強固な壁で覆われた施設の中を伺い知ることはできないが、コインブラはここが何であるかを知っている。
帝国籍企業「帝国人体バンク」の実験棟。帝国領内では法に触れるような実験が主体の施設だ。
コインブラが帝国兵だった頃、戦時下ということもあり守備に就いたことがある。
今回の仕事はこちらの警戒任務だった。
上司によると、実験棟に帝国の大物がお忍びで訪れるらしいとのことだ。帝国の情報がカナントごときに漏れるとは、コインブラも信じがたいのだが。
「警戒っつったってな・・・」
実験棟の周囲を囲む黒い壁には、地表からの出入り口などない。中に入るには空から入るしかない。しかし黒い壁の上部には、下からは見えないが多数の武装が施してある。侵入など映画や空想の世界でも不可能だろう。何しろ連合の攻撃を防ぎ切った 「要塞」でもあるのだから。
「帝国人体バンク」といえば、連合とも取引のある超巨大企業グループだ。クローンによる人体育成で、顧客の要望に応える。用途は多岐にわたり、欠損した部位の補填や病気になった臓器の交換。老化した体をクローンと移し替えれば、永遠の命も夢ではないという。帝国兵だった頃の噂だが、1000年を生き続けている「化け物」も顧客だとか。1000年前といえば、まだ地球に人類が住んでいた時代である。尾ひれがついた眉唾物だとコインブラは思っていた。
ジープから下りたコインブラは、黒い壁を見上げていた。一応は空の監視である。壁の近くであれば
本来であればカナントの人間が近づくことすらできない場所だ。従来の
帝国人体バンクに惑星カナントの法は通用しない。超巨大企業グループの私設軍といえば、装備も設備も軍事力もカナント正規軍を遥かに凌ぐ。装備に関しては最新鋭の実験機を多数配備しており、帝国正規軍より優れているのだ。警備兵の一人や二人死んだところで、抗議の言葉すら届きはしない。
遠方の高台からでも施設の様子は見ることはできる。出入りする艦船を監視するだけなら、そちらの方が効率はいい。
しかし旧石油時代の乗り物で来たのは、番線玉に紛れて近づくためだ。遠くからではわからない肌感覚。例え中の様子が窺えなくても、感じることはできるはず。
コインブラの見上げた空は、静かなものだった。これが生産育成工場であれば大きさも様々な空飛ぶ艦船がひっきりなしに出入りするのだが、実験棟では出入りも稀なのだろう。何もない空を見上げ続けること10分、リーゼントの髪をかき上げたコインブラはすでに飽きていた。
「帝国の大物が来るなんて言っていたが、船一つ来やしねえ。・・・無駄骨だったかな」
首都からは1000マイルは優に超えて離れている帝国籍企業の実験棟。いくら首都外周の警備兵とはいえ、100マイル離れることすら滅多にない。極寒の悪路を丸三日もかけて来たのに、報告できる出来事は無さそうだ。
「無駄骨じゃあねえか。出張費は出るし」
ニヤリと笑った黒髪リーゼントの男は、妻の失踪というショックと惑星カナントの気風によって様変わりしていた。「真面目、正直、従順」を美徳とする帝国兵気質は、コインブラの中からすっかり消え失せたようだ。
「さすがに丸三日の移動で10分の滞在じゃあ、よろしくないか。せめて20分は監視しよう」
もう一度空を見上げた時、ズーンという地響きが起こった。車に乗っていては気付かないような微かな揺れだが、明らかに施設からだ。確実に
コインブラは辺りを窺う。20ヤード程先の地面に
「!!」
コインブラは恐る恐る、傷つけないように優しく拾い上げた。
「・・・フッ」
リーゼントの強面から笑みがこぼれる。
コインブラの腕の中で、
重幽機3G(Gravity Ghost Gear) 高戸 賢二 @tomo52
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