あれやこれや

岡田旬

あれやこれや

 「あれ。

あの映画のタイトル。

なんて言ったっけ?」

妻が眉根を寄せてスプーンを咥える。

ふと、初めてデートをした時の彼女を思い出した。

「あの映画?

どの映画?」

僕はマンデリンのカップを口に運ぶ。

休日の午後。

僕たちは窓の大きなオシャレなカフェに夫婦で来ている。

「えーと。

宇宙で戦争する映画に出ていた人が主人公のSF映画」

妻が頼んだホットスフレには洋酒の入ったカスタードクリームが付いている。

スプーンでホットスフレにクリームを載せて、妻は本当に嬉しそうに口に運んでいる。

「宇宙で戦争?」

「そっ。

大きなゴリラみたいのが相棒で、柔道着を着た背の低い子が光る刀でチャンバラするやつ」

僕はそこでピンときた。

「スターウオーズだよそれ」

「それそれ。

スターウオーズ。

その中に出てくるゴリラ・・・。

あれって・・・」

妻もスマホを取り出して検索をはじめる。

・・・チューバッカの相棒の人が出てるSF映画」

「あの役者なんって言ったっけ?

ウ~ッ思い出せない。

ちょっと待て検索してみる」

僕はコーヒーカップを皿に戻しスマホ手にした。

「・・・ハリソン・フォード。

そうだ。

チューバッカの相棒といえばハン・ソロ。

ハリソン・フォードだ。

裏方の大工仕事やっててスカウトされたって言う俳優だよ。

柔道着はマーク・ハミルで光る刀はライトセーバー」

僕はスクロールを続ける。

妻がスフレを飲み込んでスマホをテーブルに置いた。

「そーよ。

そのハリソン・フォード。

彼が出ている映画。

人間みたいなロボットがいっぱい出てきて、ハリソン・フォードはロボットを追いかける刑事なの」

「それはあれだ。

あれ」

「そうあれなの」

妻の目が輝く。

だが自分でスマホを手に取ろうとはしない。

「ちょっと待って。

検索する」

僕は再びスマホにキーワードを入力する。

「ブレードランナーだ。

ブレードランナーだよ」

「そうだわ。

ブレードランナーよ」

妻が再び口にスプーンを運んだあとにっこり笑う。

「で、あのロボットににも名前があったはず。

あれよあれ」

「えーっと。

あれだよな」

僕はスマホをスクロールする。

「レプリカント。

レプリカントだ」

「そうレプリカント。

人間そっくりでなんだか可哀そうなロボットだったわね。

・・・レプリカントのリーダーをやってた俳優さん。

白髪の。

脇役で渋い味出してたわよね。

ヒッチハイクを題材にした怖いやつとかに出てた。

あれ、あの映画ってなんだっけ?」

「あれだよなあれ。

レンタルで借りて見たよな。

えーっと」

僕は更にスクロールする。

「えーと。

ルトガー・ハウアーだ。

あの俳優」

「そう。

ルトガー・ハウアー。

何気にかっこよかった」

僕は新たなキーワードを入力する。

「ヒッチャー。

あの映画ヒッチャーだよ」

「そー。

ヒッチャー。

怖い映画だったよね」

妻が満足げな微笑みを浮かべて最後のスプーンを口に運ぶ。

 「なんだか、会話があれとかそれとか。

指示代名詞ばかりになっちゃってるな」

僕もカップに残った最後のマンデリンを飲んだ。

「あれとかそれでイメージはちゃんと浮かぶの。

でも名前がどうしてもね。

出ないときは出ない」

「それだよそれ。

名前が浮かばない。

ところでここから次はどこ行くんだっけ?」

「あそこよあそこ」

妻がいたずらを思い付いた少女のように口角をあげる。

「あそこって?」

「ついてくればわかるわ」

「あそこが?」

「そうあそこが」


 妻がウエイトレスさんを呼んでお勘定を済ませている間に、僕はスマホの検索画面を呼び出す。

妻の言う“あそこ”と言う指示代名詞の場所を知るためにね。

さてキーワードは何かな?


 老夫婦はスマホがないと往々にしてイメージだけで会話が進む。

あれとかこれとかそれとかがどうしたこうしたああなりこうなった。

なんて具合にね。

お互いそんな感じで話していても大筋は分かるし不都合もない。

しっかり意思の疎通はできるし不便も感じない。

若い夫婦には真似の出来ない一種の超能力みたいなものだな。

だが時として、イメージだけではちと気持ちが悪いこともある。

そんな際には、まさにスマホ様様だね。



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あれやこれや 岡田旬 @Starrynight1958

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