最終話

「そうなると、まずは情報網を作ることが必要になってくる。情報がなければ、悪事のにおいはかぎとれない。もともと、わたしが雇っていた情報屋はいる。それでもまだ足りない。となると新たに雇わなければいけないわけだけど……。久瀬。雇うとしたら、どんな人間?」


「え? えーと。お目付け役人に家族や大切な人を殺されている人間……しかないんじゃねえの」


「それだけじゃない。頑張って考えてみてほしい。これからは頭も使わなきゃいけなくなる」


 戦闘人形はそういうと、口を閉じた。

 鈴李とふたりでうーんうーんとうなり、まず鈴李が思いついて、手を挙げた。


「わたしみたいに、作ってほしくないものを作ってしまう職人」


「それも正解。まだあるよ、久瀬」


かすなら、なんか手がかりくれ」


「炉地村にもいたね」


 炉地村にいた人間。

 どの人間もお目付け役人の神罰裁判には特に異議がないようだった。

 異議がありそうだったのは工房長……鈴李の母……。


「塔見か!」


 書生風の怪しげな男の顔がぱっと頭に浮かんだ。


「禁止されてる害光の使い方やら、旧時代の歴史やらに興味を持ってるやつが、お目付け役人とうまくやっていけるわけがない!」


「正解。広くいうと、知識をテリトリーにしている人間たち、かな。彼らはあらゆる研究に制限をかけられていて、それに不満を抱いた人間は、地下にもぐったり山にこもったりして、あちこちを転々としながら研究を続けている。


 普通の人は、慈悲神からあらゆるものを与えられている状態で、発明なんてしようとは思わない。最初からあるものを、わざわざ1から作ろうとは思わない。だけどその中で生まれた突然変異が、あの変人たち」


「そんな連中なら、悪事の情報をつかんでいてもおかしくないし、裏切る可能性も低いか」


「そういうこと」


「すごい。話がどんどん進んでく! さすがだね。わたしも師匠に弟子入りしていい?」


 鈴李が興奮したように言った。


「いいよ」


「よろしくお願いします、兄弟子!」


 鈴李がふざけて声をかけてきた。


「だれが兄弟子だ」


「え。弟子じゃないの?」


「ちが」


「あのときは、最高の師匠だって言ってくれたのにな……」


 あからさまに落胆した声を戦闘人形が出す。


「違うって、師匠だとは思ってるよ」


「よかった」


 戦闘人形が微笑んだ。

 もうだめだ。手玉に取られている。覚醒した戦闘人形にはへたに抵抗せず、大人しくからかわれよう。そのほうが被害が少ない。


「塔見との接触はわたしがやる。まだこのあたりには、わたしが殺した土山村のお目付け役人の捜索隊がいるだろうから。お前たちは、できれば魚、無理そうならきのこや野草でも集めておいて。人の手が入っていない山は方向感覚が狂う。くれぐれもこの場から離れすぎないように」


 師匠らしく言ったあと、戦闘人形は歩き始めた。


「じゃあわたしは、この川を、上流に向かって歩いてみる」


 鈴李が自発的に動き始める。


「わかった。俺は下流側だな」


 増水した川に近づきすぎないよう気を付けながら、それでも魚は見逃さないように目を凝らしながら、久瀬は歩き始めた。戦闘人形と同じ方向だった。


 戦闘人形は久瀬が同じ方向に来たことに気づくと、わざと歩く速度を落とした。


 左側の川を見つめている久瀬の右側に、ぼんやりと、戦闘人形の気配だけがある。


「久瀬」


 声をかけられ、戦闘人形に視線をやる。


「言う機会を逃していたから今言う。前に……久瀬が鐘の音を使って勝負を仕掛けてきたときがあったよね。あのときはかなり怖がらせたと思う。申し訳なかった」


 いまの戦闘人形は、堅苦しい言葉遣いと、くだけた言葉遣いが入り混じっている。くだけた言葉遣いのほうが、昔の戦闘人形の普通のしゃべり方だったのだろう。


「なんだ、そのことか。俺が卑怯な手を使って返り討ちにあっただけだからな。もう気にしてない。鐘の音に、何か嫌な思い出があるんだろ」


「あれは……わたしが普通の人間だったころ、わたしの大切な人たちが死んだときに鳴っていた音だった」


「そっか……こっちこそ、申し訳なかった。数百年もずっと痛みが残り続けるなんて、それほどつらかったんだな」


「普通の人間から不死の肉体へ転じたときの記憶は、なぜか、不死になってからの記憶よりも強く残ってる。だからあの音にまつわる記憶を振り払うのは、難しいんだよね」


 数百年前に死んだ、彼女の大切な人。


 ときどき戦闘人形が、久瀬を通して誰かを見ているように感じたときがあった。それが、その人なんだろう。それほど強く大切な人の記憶が残っているなら、これから先、ずっと比べられるのかもしれない。久瀬は自分が愛情を抱いてしまった相手が、あまりにも厄介であることを改めて認識させられた。


 けれど、簡単に手放すつもりもなかった。


「俺は、その人の代わりにはなれない」


 久瀬は、小さな声で告げた。


 戦闘人形がほほえむ。


「嫉妬しちゃった?」


 彼女のからかいに、久瀬は応じなかった。


「だけど俺は、その人に負けないくらい強く、お前の記憶に、残りたい」


 戦闘人形は笑みを消した。


 そして前髪をいじりながら何かを考えたあと、


「素直なのが久瀬のいいところ、か」


 彼女は前に自分が言った言葉を、もう一度つぶやいた。


 そのあとしばらく彼女は黙り込んで歩いたが、やがて、歌の旋律を口ずさみはじめた。


 久瀬が起きたときに歌っていた曲だ。


「それ、何の曲なんだ? 詩が結構怖かったけど」


「ああ、これ? 天津原あまつはらの歌」


「自分で作ったのか?」


「歴史を織り込んだ童謡だよ。ずっと昔の天津原は、周りの国に何度も滅ぼされかけた弱小国だったんだ。特産品は奴隷と言われたくらいの。いじめられ続けてどうにか編み出したのが死霊術。わたしも使ってる術ね。で、死霊術が当時は超強力な魔術だったから、当時の王様は死霊術師を大量に動員して、周りの強国を次々に滅ぼしていった。

 天津原の人々はいままでの恨みを晴らすみたいに、残虐な戦争と政治を繰り返した。でも、死霊術に対抗する魔術が編み出されて、結局はバレク連合と呼ばれる反乱軍によって滅ぼされた。わたしが生まれたころにはもう、バレク連合のひとつの州になってたよ」


 説明を終えた戦闘人形がまた口ずさむ。


♪ふうーふうー

死人しびとは炎で燃やそかな

死人しびとは炎で燃やそかな


 戦闘人形は最後の詩だけを歌って、


「わたしは死人しびとだよ。数百年前に燃やされて残った灰みたいなもの。久瀬には見合わない」


 そうつぶやいた。


 久瀬は立ち止まった。戦闘人形もつられて立ち止まる。


「お前は、生きてるよ。生きてなきゃ、体があんなにあったかい訳がない」


 戦闘人形は黙って久瀬を見上げてくる。


「それに灰は、畑で次の作物が育つための肥料になる」


 戦闘人形が驚いたような顔をした。


「天津原の生まれなのに、そんなのも忘れてたのか?」


 ようやく言葉でやり返せた久瀬は、笑みまじりにからかった。


「うっれしそうに……」


 戦闘人形は、少し呆れたように笑い、久瀬の方に歩み寄ってきた。何かと思うと、いきなり武道服のえりもとを、右手でつかんで引っ張られた。それから、あごにそえた左手で静かに顔の向きを変えられ、唇に柔らかいものが触れた。


 唇を離した彼女は微笑んだ。


 むつみあいのはずなのに、まるで判定人との立ち合いのような勢いで、一方的に済まされてしまい、久瀬はあっけにとられた。感動も何もない。


「死人の唇はどうだった?」


 すぐに離れて後ろ向きに歩き始めた戦闘人形が、久瀬をからかうように言ってくる。


「わっかんねーよあんな速さじゃ!」


 久瀬は抗議しながらも、なかば諦めの境地に達していた。


 戦闘人形の手綱たづなを握るのは、自分には無理だ。


「純真な男心がもてあそばれてる……」


「大変だね」


「他人事かよ」


「だって、もてあそんでるつもりはないし。今は、自分の気持ちに素直になろうって決めてるから。久瀬みたいにね」


「どこが!?」


「愛してるよ、久瀬」


「なんか軽いんだよな……」


「信じられないか」


「そりゃそうだろ。何百年も生きてるお前から見たら、赤子の手をひねるみたいなもんだろ、俺の心をあやつるなんて」


「じゃあ、わたしが大事にしてるもの、ひとつあげる」


「なんだよ。もういいよからかうのは」


雨衣あまい


「アマイ?」


「そ。わたしの名前」


「雨衣」


 とりあえず呼んでみる。


 戦闘人形は――雨衣は、小さく笑った。


「贈り物、気に入ってくれた? いま、わたしが雨衣だってことを知ってるのは、わたしと久瀬だけ。独占してる気分はどう?」


「まあ……うれしいよ。雨衣、ありがとう」


「ふふ。名前を教えるのも、呼ばれるのも、ずいぶん久しぶり」


「でも、ずっと『お前』って言ってたから、なんか慣れないな」


「慣れて」


「わかった。雨衣」


 久瀬はもう一度、雨衣の存在を確かめるように呼ぶ。彼女は死人や亡霊や人形ではない。


「そう。わたしは、死霊術師の、雨衣」


 彼女もまた、自分の存在を確かめるように言った。


 久瀬は食料集めのことなどすっかり忘れて、さまざまなものを背負ってきた雨衣の小さな背中を、目で追い続けていた。







(終わり)

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夕景世界の死霊術師 SET @consider21

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