2 選択肢

 鈴李はほどなくして目覚めた。


 彼女は自分が生きていることにこそ混乱したが、もともと年齢よりもずっとさとい子だ。


 久瀬よりもずっと早く状況を受け入れ、


「状況はよくわからないけど、助けてくれてありがとう……」


 しみじみと久瀬と戦闘人形に礼を言った。



 久瀬は、鈴李とともに、自分たちが生きている理由を尋ねた。


 遠い昔、今では『害光』と呼ばれるものを使った魔術なるものが存在し、その魔術では、自分の命の代わりに他人の命をよみがえらせることができたという話。


 遠い昔、戦闘人形は『反転』と『死者蘇生』という魔術の、相互作用の偶然から不死になったという話。


「死者蘇生には自分の命を使うけど、不死のあなたは、いくらでも死んだ人を呼び戻せるってこと?」


 鈴李が尋ねる。


「そう。でも、万能じゃない。死んだばかりの人間でなければ蘇生はできないし、蘇るたびにその人の生命力は減っていく。試したことはないけど、最後には蘇生したあと数秒で亡くなってしまうことになるだろうね」


 戦闘人形はさきほどまでのやわらかい表情は完全に抜き去り、きわめて事務的に話している。


「だから久瀬も鈴李も、寿命は普通の人より短くなったはずだよ。死ぬ前に助けられなかったわたしのせいで」


「いや、それは気にしてない。本当なら、死んでたんだから」


「そうだよ。人形さんはやれることをやってくれたよ!」


「そう言ってくれると助かる。わたしは不死で、強力な魔術も使えるけど……慈悲神と違って、ただの人間だから。期待しすぎないでもらえるとありがたいかな」


 戦闘人形は石の上にあぐらをかいたまま、自嘲するように笑った。


 その言葉で、『生きていてよかった』と言った時に、なぜか彼女のほうが感謝してきた理由が、なんとなくわかった。


 彼女は不死だ。彼女以外の人間が死んでいくのを見ていることしかできない。そして死者を蘇らせることしかできない。


 ――もう死なせてくれ。生き返らせないでくれ。


 戦いの中で死の苦痛が繰り返されることに耐えきれず、そんなふうに懇願されたこともあったかもしれない。


「ま、自虐はこの辺にしておいて。今後の方針について決めないとね」


「そうだな」


 もう村には戻れない……と続けかけた言葉を、久瀬は寸前で呑み込んだ。

 炉地村には、鈴李の家族も友人もたくさんいる。 


「ざっと思いつくのは3つ。

 1。山奥で自給自足の生活をする。

 2。慈悲神を倒す。

 3。旅をする」


 指を一本一本立てていった戦闘人形は、手で3を作ったまま、指先を顎に当てた。


「わたしのおすすめは1かな。魔術が使えるわたしが支援するから、生活に困ることはない。寿命までのんびりと暮らせる。人寂しくなったら、2人でアレしたりアレしたりアレすれば済む話だし」


「アレって……」


 鈴李が少し耳を赤くした。


「おい変なこと吹き込むな」


「とりあえず、2人の現段階の意見を聞く。目を閉じて手を後ろにやって、指で番号を示して」


 言われた通りにする。


「わたしに見せて。……はい、目を開けていいよ」


 久瀬は1を選んだ。鈴李は2を選んだ。

 久瀬は驚いて鈴李の顔をまじまじと見てしまった。


「理由。鈴李から」


「わたしは……ただ時計を作っただけで、殺されるところだった。実際に、おにーさんと人形さんがいなかったら、神在都市の牢で死んでいたんでしょう。でもそれって……やっぱりおかしいと思うんです。他にもこんな目に遭う人がたくさんいるなら、わたしはそれを変えたい」


「ずいぶん立派な理由」


 戦闘人形が、冷めたように言った。


「本当は?」


 鈴李は小さく笑って、こぶしを握った。


「わたしはお母さんや友達や工房長と会えなくなったのに、わたしを終身投獄にした連中が普通に暮らしているのが許せない。わたしがされたのと同じように、めちゃくちゃに殴りつけて、泣き叫ぶまで痛めつけてやりたい。他の村のお目付け役人も同じようなことしてるなら、同じようにしてやりたい! 全員殺してやりたい!」


 これまで静かに事態を受け入れているように見えた鈴李が、しゃべっているうちにどんどん声を大きくして言って、最後には怒鳴った。


 憎悪を宿した目で地面を見つめていた彼女は、ひとつ息を吐くと、歯を食いしばりながら涙をこぼした。


「やめてって、死んじゃうからやめてって、何度も言ったのに……」


 戦闘人形は石から降り、鈴李に近づいて、やさしく抱き寄せた。


「次、久瀬」


 鈴李を胸に抱いて背中をぽんぽんと叩きながら、戦闘人形が言う。


 鈴李の壮絶な思いを聞いた後で、久瀬は理由を言うのをためらった。


 戦闘人形が目でうながしてきたので、仕方なく告げる。


「俺は単純に……鈴李が平和に暮らせるなら、それでいいか、って……」


 その鈴李は、平穏なんて望んでいない。


 無意味な選択だ。


 それを聞いた鈴李が、戦闘人形に抱かれたまま、嗚咽交じりに言った。


「やっぱり武芸者向いてないよ、おにーさん……」


「そうかもな」


「鈴李の意見を聞いて、何か変化は?」


「鈴李に戦うつもりがあるなら、俺は3を選ぶ。2を選ぶには戦力的に厳しい。戦闘人形は強いけど、俺は村の護衛官を奇襲でどうにかした程度だしな。何より慈悲神を守る神使は、不老不死だと聞いたことがある」


 戦闘人形は頷いた。


「それは本当。夕景世界を召喚したリンナバラ40万人の魔術師が、慈悲神に不老不死の肉体をさずけられた。同じような体をもって、神使を殺す魔術を持っているわたしでも、ひとりじゃ40万人は相手にできない」


「だから、旅をしながら情報を集めて、時と場所を選んで、目に入る悪事を少しずつ正していく。それなら、俺がもともとやろうとしてたことと、あまり大差はないから」


 戦闘人形は頷いた。


「まとめると、わたしの意見が自給自足。鈴李の意見が慈悲神を殺す。久瀬の意見が旅をする、とキレイに分かれたわけね。わたしはもともとこだわりはないからいい。鈴李はどうしたい?」


 戦闘人形が、鈴李の肩をつかんで、ゆっくりと離す。


 鈴李は、涙のにじんだ目をこすりながら、久瀬の方を振り向いた。


「さっき、鈴李が平和に暮せるならって言ってくれたおにーさんの言葉……。うれしかった。わたしは、おにーさんについてくことにしたよ。それが……どんな道でもね」









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