起源

遠藤世作

起源

 大きな本棚が四方に並んだ部屋。部屋の中央には複雑な形をした大型のプロジェクターのような物が置かれていて、その照射先となるであろう場所には、パイプ椅子がぽつんと置かれている。地下に作られたその部屋は、年老いたタナカ博士の研究室兼書斎であった。そこで博士は、本棚から取り出した古い書物を開き、手元の電子拡大鏡を使って中を眺めては本棚に戻す、という作業を繰り返している。

 タナカ博士は無神論者である。といっても、神の存在を頭ごなしに否定するような輩とは違った。むしろ彼は他の宗教家よりも熱心に神と向き合っていた。

 すなわちタナカ博士は、神をこの目で拝みたいと考えていたのだ。偶像ではなく本物の神。人智を越えた奇跡を起こす、いや奇跡そのものと呼べる存在。それをどうにか、一目でも拝むため、博士は人生の大半を神の研究に捧げた。

 彼はこれまで古今東西、あらゆる宗教家を訪ね、また様々な宗教にまつわる文献を読み漁った。だが殆どは昔にとされる神を崇めていて、宗教家たちに「ではその神を昨日今日見たことはあるか」と問うても、首を縦に振るものはほぼいなかった。

 時には寝てる時にお告げがあって神を見たという者や、いいや何を隠そう私自身が神であるのだと不遜に唱える者もいた。しかしそういう者に神に会わせてくれとか奇跡を見せてくれと吹っかければ、ならばウチに入信しなさいと返される。そういう文句に乗って、タナカ博士は今まで何個の宗教に入信したか。けれど入信したぞ、早速神にあわせてくれと言えば、今度はどこも、修行が足りない献金が足りない、汚れがあるぞ欲があるぞと色んな高説を垂れのべて、結局、神の"か"の字も見せてはくれないのだ。

 そうして入信と脱会を繰り返していれば、いかに博士といえども神に愛想が尽きて無神論者になるというもの。そんな博士が、それでもなぜ研究を続けているのか。それは、これまた博士が一生と全財産を賭け、極秘裏に作ったある装置が完成したからだった。

 その装置に名前は無かったが、あえてつけるならば「逆タイムマシン」とでも名付けようか。従来タイムマシンとは、現代の人間が過去へと赴くのが常だが、この装置は逆。つまり装置に年代と場所を打ち込めば、過去の人間を一人、ホログラムではあるが呼び出すことができる代物だった。部屋に置かれたプロジェクターのような装置がそれである。博士は現代の不可視を、過去の可視として求めようとしたのだ。

 タナカ博士は本棚の研究資料をあらかた探って、やはり古代メソポタミア、宗教の発生とされるここらあたりの年代が妥当だと思い至った。最後に見ていた本を開いたまま、無造作に机へと置いて、その時代へとメモリーを合わせて装置のボタンを押す。装置はゴゴゴとかなりの大きな音を立てると、しばらくしてから一人のホログラムを椅子へと向かって吐き出した。


 「おや、これはどうしたことだ。私は部屋で眠っていたはずだが」

 

 現れた男は遠く、古い時代を思わせる風貌の男。目鼻立ちも現代人と比べればどことなく奇妙で、話す言語も古代語であるから、博士は異星人と出会ったような気分に襲われた。それは、相手からしても同じようだったが。


 「むう、貴様は誰だ。何者なのだ、ここは何処だ」

 「や、急にお呼びだてしてすまない。少し聞きたいことがあって、ワシは君をここへと呼び出したのだ」


 文献の研究に古代語の習熟は必須だったから、博士は拙いながらも男と話すことができた。急に呼び出された彼の混乱は重々承知だが、しかし喚かれたりしては話が進まない。なるべく穏便にと、言葉を選びながらも話しかける。


 「というのもだね、君に聞きたいのは神を知っているか、あったことはあるか、ということなのだが」

 「何だ、その神というのは」

 「なに?神を知らんのか」


 なんと、この男は神を知らないらしい。タナカ博士は泣き出したくなった。人生を賭けてここまでの苦労をしてきたのに、こうまでしても収穫が無いとは。


 「おいおい、何をガッカリしている。説明をしてくれ。神とは何なのだ」

 「はぁ、そうだな、呼び出しておいて何もしないのも忍びない。いまから、説明してあげよう」

 

 博士は悲しみに浸りながら、男に神という存在を事細かに説明した。さすが博士、生涯を神の研究に捧げた者の説明だ。明瞭、それでいて様々な深い事柄に触れている。


 「ほう、そんな存在が。私の頭では思いつきもしなかった」

 「そうだろう。私は君が、それを知っているかもしれないと期待して呼び出したのだが」

 「残念だが知らない。だが、戻ったら私も周りの者たちに聞いてみよう」


 と、ここまで話すと突然男の姿が消え、同時に装置がボンっと音を立てた。焦げた臭いが鼻につき、博士は慌てて装置を止める。だが煤けた装置内部の破損状況は酷く、もう動きそうにない。修理を行うにしても、その費用も博士の手元には残っていないのだ。最初で最後の逆タイムトラベルは、これで終わってしまったのである。


 「はあ、これで、全てが無駄になってしまった」


 タナカ博士は落ち込んだ気持ちのまま、机の上、放りっぱなしにしていた本を何の気なしにめくり、驚きで目を丸くした。

 そこにはさっきまで話していた、あの男の肖像画が載っていたのだ。「ある日、夢のお告げで神の存在を知り、それを広めた宗教家」として……。

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起源 遠藤世作 @yuttari-nottari-mattari

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