第6話
青いジャージを着た男性教員が入ってきた。まさしく体育教師という風貌だ。教師は何か言ったが、声がぼそぼそとしていて聞こえなかった。
先生聞こえません、と前の席の女子が指摘する。
「みんな!!! おはよう。えーと、今日の欠席者は無しか。あ、ああ、ヤザワ、えーと、夏休み明けから災難だったな。怪我は大丈夫……そうだな。えーと、先週も告知した通り、今日は全校体力テストだ。怪我には気をつけて、各自取り組むように」
クラスの皆がざわざわと口々に話し出す。体力テストまじで無理、長距離一緒に走ろうね、なんて、何だか本当に高校生に戻った気がして心がざわざわしてしまう。トントン、と机をハヅキさんが指で叩いた。心配をしてくれているみたいだった。
「さっき大丈夫だった?」
「ああ。あれがさっき言ってた同じ中学のワル?俺は喧嘩でも売ったのかな」
「ナルミまじで軽い記憶喪失なの? 全然軽くないんじゃ……とりあえず体力テスト乗り越えたら、帰りに話してあげる」
ハヅキさんは物知りだ。俺の事を何でも教えてくれる。頼むよ、と俺はハヅキさんのご厚意に甘えた。学校の場所も何だかよく分からないが、周りの男子の行動を何となく真似してついていった。体操着に着替え、グラウンドへと繰り出した。
おかしい。想像以上にこの体は鈍く、重すぎる。俺は走ってきた足をへろへろと止めると、膝に手をついた。中高6年間バスケをやり、社会人になってからもジョギングは続けていた。そのはずなのに!
ヤザワナルミは運動音痴であった。ハンドボール投げは構えだけ一丁前で、腕に全く力が入らず、情けないカーブを描いた。
「はい、13メートル」
配点2点の飛行距離である。俺はショックだった。だせー、と笑ってくる先ほどのワル達に何も見返せられない。少し離れたところから黄色い声援が聞こえた。女子たちがしっかり盛り上がっている。
「スミタくーんがんばれえー!」
「せんぱーい! あともう少しー!」
先輩も後輩もこぞって応援の声をかけ続ける。声援を浴びているのは、美形を隠しきれていないスミタカエデであった。すらりとした長身で颯爽と走っていく長距離の様子は勿論のこと、そのうえタイムまでべらぼうに速いらしい。陸部は仕方ないよな、と口をとがらす男子もいた。スミタカエデは完走したらしく、また女子に囲まれていた。何気なくその様子を伺っていると、モテ男はたまたま俺の方に視線をやってきた。しっかり目が合ってしまい、俺は自然と会釈をした。スミタカエデは男からの会釈が嬉しかったのか、何故か俺の方に向かってずんずん歩いてきた。
「え? 俺?」
何何、と周りの人が囁いている声がした。スミタカエデはやはり俺に声をかけてきた。
「ヤザワくん。今日から復帰だったんだね、体の調子はどう?」
「お、俺は全然大丈夫。ていうかごめんなさい。先輩だったの知らなくて、俺病院で普通に喋っちゃって」
「こっちこそ気にしてないよそんなこと。また、何かあったら連絡して。LINE交換しようよ」
「え」
多くの生徒に注目される中、俺はモテ男と連絡先の交換をした。これほどまでに注目される連絡先交換が今まであっただろうか。いや、無い。ヤザワナルミのLINEの友達が1人増えた。
ヤザワナルミの生きなおし 琥珀 @quartet
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