第5話

 俺の母親では無い母親と、冷やし中華を食べる。確かに俺の知ってる冷やし中華だ。キュウリにハムに、トマトにたまご。よく見かけるどこにでもあるシンプルな冷やし中華。母親はテレビを眺めながら食事をしていた。映るテレビも、生前見たことあるような番組だった。

 やはりここは異世界では無い。明日からの登校に備えて、できるだけ情報を集めたかった。


「あのさ、ハヅキさんって」

「ハヅキちゃんがどうかした? ……まさか、あんたハヅキちゃんのことまで忘れちゃったの?あんなに仲良かったのに」


 あんなに仲良かった、とは。本当にハヅキとは付き合っているわけではないのだろうか。謎が深まる。それ以上は聞かないでおいた。真相は全て明日分かるはずだ。


 髪が上手くまとまらない。制服も何だかしっくり来ない。俺が洗面所の前で唸ってると、玄関のチャイムが鳴った。


「はーい。ハヅキちゃん、わざわざありがとうね。何だか見ないうちに雰囲気変わったみたい、びっくり」


 出迎える母の声を聞いて、俺はドキリとする。とうとうハヅキさんとの対面である。女子高生相手に無駄にドキドキするな俺。落ち着けや。玄関へ向かうと、ハヅキさんはそこに立っていた。彼女は俺と仲良くしているのが不思議だと思うくらいギャルだった。

 少しプリンになりかけている金髪の長い髪、こめかみにはヘアピンをクロスして止めており、ピアスもしていた。スカートの丈は膝上で短く、靴下も短い。だるっとしたカーディガンを羽織っていた。


「おはよう、ナルミ」


 明るい声で挨拶をしてくるハヅキさんは、本物のJKだった。ギャルでありつつも化粧はケバくなく、これはいわゆる元から可愛いってやつだ。俺はふっと息をついてから、挨拶を返した。


「ハヅキさんおはよう」


 その後、ハヅキさんに連れられて俺は高校へと向かった。通学途中の電車の中、ハヅキさんは学校のことを俺により詳しく教えてくれた。高校1年生、夏休み明け、9月。若々しい皆にとっては素敵な日頃のはずが、どうやら俺にとっては最悪な状況らしい。

 ハヅキさんによると、同じクラスに俺と同じ中学のワルが居るとのこと。ハヅキさんは悲しそうな顔をして言った。


「ナルミごめん。男子にはやっぱ喧嘩じゃ敵わないから……でも、ちょっと安心した。私、あれが原因でナルミが……何か相談があったら私聞くからいつでも話してよ。よろー」


 表情がころころ変わるのもまた女子高生らしい。おう、と俺はうなずき、ハヅキさんと共に校門をくぐった。周りを歩く生徒達は皆若い。知らぬ間に26歳のリーマンになってるなんてことは無い?全く違和感でしか無かった。俺のクラスは1年2組。ハヅキさんは何人かの女子に挨拶をされていた。人並みに友達がいる。コミュ力の塊だ。教室に入ると、懐かしき高校生活を思い出してきた。


「ふーんなるほど」


 あからさまにゴミが置かれている机があった。そう、あれがまさしく俺の席なんだろう。感じ悪く笑う2~3人の集団が近くに居て、俺の様子を伺っていた。


「……ナルミ、私ゴミ箱持ってくる」

「あ、待って。大丈夫、自分で片すよ」


 きょとんとした顔を見せてくるハヅキさんを置いて、俺はゴミ箱を片手にまっすぐ席に向かった。ゴミ箱の中身をひっくり返したかのような惨状だったが、特に気にせず素手でゴミを掴み処分した。気まずそうな様子でハヅキさんが隣の席に座る。


「ヤザワーお前生きのびたのかよ。供え物の代わりになったかと思ったのに」

「いやーおかげで席が綺麗になったよ。ありがとうございます」


 ウザい上司に嫌味を言う時よりも遥かに戦いやすいチンピラ共め。俺の反応にしっかり腹を立ててしまったらしい。


「何ヘラヘラしてんだてめえ。てめえのくそばばあと似たような笑い方しやがって」


 俺は席に座り、机の中身を確認した。それよりも、今の台詞は何だ? "お前のかあちゃんでべそ"の派生版?


「お前が死んでくれれば、ばばあも少しは観念するだろうな。大間子の泥水のせいで俺の部屋がどんどんどんどん狭くなんだよ」


 メンチを切ってくるそいつに何か言い返したかったが、大間子が何だったかすぐに思い出せない。聞いたことはあるが、ここでその意味を聞くとこいつをブチギレさせてしまいそうだ。ちょうどタイミング良くチャイムが鳴り、そいつは舌打ちをすると席へ戻っていった。

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