第4話

 完璧に他人の家の匂いがした。というより、変なアロマオイルみたいな匂いだった。玄関は整頓されていた。

 リビングに向かうと、母親は何かに手を合わせていた。仏壇では無かった。仏壇でも神棚でも無いそれに、母は懸命に拝んでいた。


「ほら、ナッちゃんも大真子様にお祈りして」

「オオマコ? 」

「とぼけないで。ほら」


 よく分からないまま大真子様? に向かって手を合わせた。安っぽい神像である。個人宅へ営業をしていた時代、稀にだがこういう家があった。仏壇でも神棚でも無い無名の神像に手を合わせる家が。大体が新興宗教やカルトのそれで、そういう時は良い感じに距離を保ちこちらからフェードアウトすることが多かった。

 しかし今回はフェードアウトするわけにもいかず、正直厄介である。


「もう9月も終わるっていうのに、暑かったわねえ今日も」


 冷蔵庫の中には、浄めの水と書かれた1リットルペットボトルが詰め込まれていた。なるほど。それを母親はコップに注ぎ、俺の近くのテーブルに置いた。


「ナッちゃんお腹は空いてる?」

「うん」

「そうだ、冷やし中華にしましょうか。ナッちゃん好きでしょ」


 変に母親はニコニコとしていて不審感を覚えた。上機嫌で食事の支度を始める母親。俺は何だか気まずくなりこの場から立ち去りたくなった。


「お、俺部屋行ってるね」

「ええ。……ありがとうね、ナッちゃん。大真子様にお祈りしてくれて。きっと明日からの学校も上手くいく」


 俺の部屋は2階にあった。どきまぎしながら戸を開けると、また独特なアロマの香りがした。臭い。


「これ服に付きそうな匂いだな」


 部屋に入って驚愕した。どう見ても男子高校生の部屋とは思えない綺麗さ。机の上は綺麗に整理整頓されており、タンスにも洋服がちゃんと畳まれてしまわれていた。本棚にはやはりラノベと漫画がずらりと並んでいた。


「1冊も知らない……」


 机の中、ベッドの下、色々勝手に漁ってみたが、男子高校生とは思えないくらい怪しいものが1つもなかった。こんなことある? 男子高校生だぞ? ラノベが好き、くらいしかこいつの好きな物が分からない。あまりに趣味を表すものが1つもないので、背面にあったクローゼットに手をかけてみた。コートがたくさん入っていた。全部クリーニングの袋に入ったままだ。靴箱がいくつか積まれていた。靴が趣味なのだろうか。それにしてはお高い趣味だ。俺の予想はやはり外れ、靴箱はただの靴箱で靴が入っている訳ではなかった。


「何だろう……」


 何か小物のようなものがたくさん入っていた。黒い手袋、懐中時計、ネックレスなどなど。母親とクローゼットを共有でもしているのか?


「また鍵か……」


 鍵がかかっている箱がいくつかあった。ほとんど100均で買ったような南京錠ばかりだった。鍵を探さずとも最悪壊して開けられそうだ。


「ナッちゃん、冷やし中華できたよー」


 下から母親の呼ぶ声がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る