第7話


 月が、私達を照らしている。


 広がる麦畑の中に、私の影が伸びていた。


 根こそぎ奪った品々が入った、パンパンの袋を担ぎ、男は街道を進んでいく。


 ここで、私は、自殺を選んだ。


 ついに決心がついた。


 魔力回路の強制分離機構を起動する。


 死への恐怖は、あらゆる生命にあるらしかった。


 ……怖くて、ずっと迷ってた……。


 でも、もう良い……。


 もう……良くなった……。


「なんだ。重くなったぞ?」


 男が異変に気付いた。


「おい、どういうことだ? 動かないぞ!」


 私に訴えかけていた。


 まずは、私の精神と体との連結が遮断されたらしい。


 体が硬直して、歩いていた姿のまま固まって動かなくなった。


「くそっくそっ! なんなんだ? 動けよ!」


 男が私の中で暴れている。


 いや、暴れようとしている。


 私の体の中に居たせいで、男も同じ姿で固まってしまっていた。


 私というものが鎧からいなくなっても、普通の鎧になるわけではないのか……。


 次いで、私の意識が薄れていく。


 ぼんやりと……してきた……。


「おい、聞こえているか! おい、しゃべれ! どういう事だ! 何が起こってる!」


 男は私に叫んでいた。


「てめぇの所有者だぞ! 命令を聞け! 何とか言え! カスが! 間抜け!」


 しばらくの間、何の返答もしない私に罵詈雑言をぶちまけ、無駄だと悟った男は外へ脱出しようと試み始める。


 しかし、これもすぐに諦めた。


 そこで男は、ようやく自分が閉じ込められたことに気づく。


「息が、苦しい……?」


 男が呼吸を荒くしながら、呟いた。


 そうだった。


 私の中は密閉されている。空気の浄化もなくなってるだろうし、男はこのままだと窒息死だ。


「そんなっ! そんなっ! そんなっそんなっ!」


 男はパニックになって体に力を籠めて、なんとか動かそうとする。


 危害を加えれた?


 加えてしまった結果になったから、できたのかな。


 なにをやってもピクリとも動かな私の体に、男は諦め、泣き始めた。


「神様、どうか、助けてください……。苦しい。息が、息が……はぁはぁ……はぁはぁ、はぁっ……はぁっはぁっ、はぁっ」


 男の呼吸が激しくなる。


「こんなことしなかったら良かった……こんな事になるなんて……、出してくれ……助けて、死にたくない……出してー、助けて―……出してー……助けて―……出してー……助けて―……」


 酸素が減って、男は意識がなくなってきている。同じ言葉を繰り返すだけになっていった。


 男の方が、私より先になりそう。


 すぐに、目を半開きになって、嘔吐して、痙攣し、男は生涯を終えた。


 次は、私の番。


 私は気づいた


 1人でいるのは初めてだ。


 所有者がいない、なんて……。


 ……もっと早く……死ねばよかった……。


 アドルさんが……殺された……時に……そしたら……ずっと一緒に……居られた……のに……。


 ……。


 そう思ったのを最後に、私の認識は途絶えた。

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リビングアーマー フィーナ 月コーヒー @akasawaon

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