最終話 機会があれば、2人で幸せになろうって約束を果たしたい

 お父さまの言う事はほとんど真実だと思う。

 ただ、お父さまの言葉だけを鵜呑みにして、いきなり創と別れるなんてできない。


 せめて自分で真実を確かめてからにしたい。


 そう思って、少しだけ時間がほしいとお父さまにお願いし、創からお家の住所を聞き出した。

 諸悪の根源から直接話しを聞けば、真実がわかるだろうと思って。




 もしも本当に私達に血の繋がりがあったとしたら、私はつくるとお別れしないといけない。

 彼の幸せを、少しでも妨害するのは絶対に嫌だから。


 創が幸せになる未来を守るためには、私が創と別れる理由が、血の繋がりのせいだってことを知られるわけにはいかない。

 優しい創は、きっと「それでも構わない」って言ってくれるだろうから。そうしたら私は絶対甘えちゃうだろうから。


 だから創にはバレないように、真実を確かめて、そのあとは............お父さまが用意した婚約者とやらと婚約することにしたとでも言えばいいだろう。

 きっと創は食い下がってくるだろうから、そこで創よりも木用きようさんとやらの方がいい男だとか適当なことを言って、創から嫌われよう。


 こっぴどく嫌われて、創が新しい恋に進んでくれるように、普通の幸せを掴んでくれるように、せめて私が悪役ヒールを引き受けよう。


 君と2人で幸せになりたかった。でも、それは許されない。

 だからせめて、君だけでも、幸せになって欲しい。


 そう考えて、でも一縷の望み、お父さまの話が間違っている可能性にも賭けて、創が講義を受けている時間に、青鐘あおがね宅を訪れた。


 震える指でインターホンを押すと、すぐに女性の声が返ってくる。


「はい?」


「あなたが、青鐘妃依瑠......さん......ですか?」


「えっと、はい、そうですけど......。えーっと、ごめんなさい、どちらさまでしょうか? 創のお友達?」


「私の名前は、端月妃涼はしづきひすずです」


「っ!? ま、まさか」



 そこまででインターホン越しの会話が切られ、バタバタと足音が聞こえたと思ったら、勢いよく玄関のドアが開く。



「あ、あなた......妃涼......なの?」


 出てきたのはやや老け始めてはいるものの、きれいな容姿を残した女性。



 ひと目見てわかった。この人は私のお母さんだ、と。

 自分の面影がある。いや、正しくは、自分にこのひとの面影があるのだろう。


「はい、そうです。えっと、あなたが青鐘創くんのお母さん、ですか?」


「え......? 創......? 確かに彼私の息子だけど......?」



 どうやら、全部間違いじゃないらしい。

 儚い最後の希望も潰えた。


 もう用は済んだ。でも......せめてこの女には、言いたいことだけ言ってから帰ろう。



「はい、あなたが考えている通りだと、思います。私が誰なのかは、これ以上語らなくてもいい、ですよね?」


「あ......え、えっ......と」


「とりあえず、少し聞きたいことがあります。中でお話しさせていただいても?」


「あ、え、えぇ。ど、どうぞ」



*****



 そこからは私が産まれてこの方溜めに溜めた恨みつらみを吐き出して、「ごめんなさい」と謝るばかりの女性を見下ろしながら罵倒した。


「あんたのせいで......私の人生、めちゃくちゃだよ!!!!!」


妃涼ひすず......ごめんなさい......」


「簡単に謝らないでよ! 謝られたって、私は許せない!」


「ごめんなさ............『謝るなって言ってるでしょ!』............ごめんなさい。でも私には謝ることくらいしかできないから......」


「謝られても......私と創は......一緒には......なれない......っ!」


「あ、あなた、まさか創と......?」


「つい昨日まで、私も知らなかったんですけどね」


「そ、そんな............」



 何をショックを受けたような顔をしてるんだ。泣きたいのは私、絶望してるのも私、不幸を背負ってるのも......私と創でしょ。

 悲劇のヒロインぶるのはやめてよ。


「まぁいいです。私は創と別れます。二度と会うつもりはありません。あなたのことも、これ以上責めるつもりもありません。顔も合わせたくないので」


「あ......えと」



 優柔不断そうなところがありありとでてる。こんなグズの血を、私は引いているのか。

 端月の家で散々聞かされた通りの、だめな母親っぽい。


「その代わり、私と創の血が繋がってたってことは、墓場で持って言ってください。創には、幸せになって欲しいので。私のことを引き摺らないでほしいので、盛大に嫌われて別れます」


「そんな......でも、それじゃああなたは......」


「あんたに心配される謂れはない! その罪は一生背負って生きて」


「あ......あ......」




 そういうくだらないやり取りをして、青鐘邸を後にした。


 帰り道、重い重い脚を引きずるように、帰路につく。

 何も考えたくないけど、どうでもいいネガティブ思考が勝手に頭の中を流れていく。







 後は創をこっぴどく振って、嫌われて、別れるだけ。


 あぁ、私の幸せ、ほんとに泡沫で幻想だったなぁ。

 私、なんのために産まれたんだろ。


 創の時間を無駄にするため?なんてね。


 創に会ったら、覚悟が揺らいじゃいそうだし、できればSNSのメッセージだけで終わらせたいけど、創の性格的にもきっとムリだろうなぁ。

 それに、SNSじゃあ、心の底から嫌われるのはムリだろうし。


 あーぁ、人生の最期にする仕事が、人生で一番好きな人に嫌われることなんてなぁ。

 他のやり方もあるかもしれないけど、なんかもうどうでもよくなっちゃったし。


 私にとって唯一の、生きてる理由も、なくなっちゃうわけだし。


 創が私以外を見て幸せになってくれるなら、もう、それだけで、いい。


 せめて、君には、私の分も、幸せになって欲しいから。





 創には、どういうこと言って嫌われようか。

 どんなやり取りをすることになるかな。

 途中で泣いちゃわないようにいろいろシミュレーションしとかないとなー。




 あーあ、無駄な人生だったなぁ。

 遺書には、なにを書こうかな。せめてお父さま......いや、あのクソオヤジにちょっとでも意趣返しできるような内容に、しようかな。


 一番楽で苦しくない方法って、なんだろう。帰ったら調べよう。



 本当に、こんなカスみたいな世界なんて、滅んでしまえ。








*****









 40歳も中盤に差し掛かった俺は、未だにEDも治らず、恋人もいない。

 何度か女性と付き合ったこともあったが、長くは続かず、かといって切実な問題意識を抱くこともなく、仕事と趣味に多くの時間に費やしていた。


 ただまぁ、さすがにこの歳になってくると、遊びに行くにしても友人と一緒に遊ぶということはほとんどない。

 今でも連絡をとって飲みに行くような仲間はいるが、彼らはみんな結婚して家庭を持っている。


 いつまでも友達と遊んでいるわけにもいかないのだ。


 自由な時間の少ない彼らのことを不憫に思う気持ちと、幸せそうに家庭の愚痴をこぼす彼らの姿に憧れを抱く気持ちが共存する今日このごろ。



 そんな日々の中で、最近また時々思い出すのは、大学で出会って、初めてできた彼女で、俺の幸せなキャンパスライフの象徴で、トラウマを植え付けられた最悪の思い出の相手。

 端月妃涼はしづきひすずさんのこと。


 別れて以来、1度も連絡をとってない。サークルのメンバーも彼女と連絡のつく人はいないらしく、俺もサークルメンバー以外の彼女の知り合いは誰も知らない。

 彼女の境遇のこともあり、彼女の家族に会うこともなかった。


 今彼女がどのように過ごしているのか、全く情報は入ってこない。

 疎遠な人間の情報なんて、入ってこないのが当たり前だし、そういうもんだと納得する。


 敢えて、自分から積極的に彼女の情報を集めようとは思わないし、トラウマのきっかけになった、裏切られた気持ちが完全に消えたわけでもない。


 それでも、最近時々夢想することがある。


 やっぱりあのときの彼女は、敢えて俺を遠ざけようとしてたんじゃないか。

 何かしら脅されて、もしかしたら俺のことでなにかあって、端月の家に強要されて、俺に辛辣に当たることで嫌われて、俺を危険から遠ざけようとしたんじゃないか。


 そんな都合のいい妄想を垂れ流すわけだ。


 あのときは俺も若くて冷静じゃなかったし、今更思い出したところで何か変わるわけでもないんだけどな。


 でも、もし万が一、偶然にでも道端ででもすれ違ったりして、万が一にでも彼女がまだ独り身だったり、離婚していたりしたら......そのときは......。





 今度こそ、2人で幸せになろうって約束を果たしたいな・・・・・・・・・・・・。



<終わり>

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君と幸せになりたかった。君には幸せになってほしかった。 赤茄子橄 @olivie_pomodoro

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