第11話

 依頼が終わった後、私達は街に入るために門の前で順番待ちをしていた。今が特に人の出入りが多い時間らしく、私はずらりと並ぶ人の列を見て最初は驚いたけれど、アイシャさん曰く普段に比べればまだ少ない方らしい。

 アイシャさん達とちょっとした雑談をしながら時間を潰していたけれど、内容はやっぱり今日の戦いに関して聞かれる事が多かった。今もアイシャさんにその事を聞かれていて………


「ねぇアリスちゃん。もう一度聞くんだけどさ、君って本当に見習い魔法使い?」

「え?はい………そうですけど………」

「………あれだけの魔法が使えるのに、見習い卒業をさせてもらえないって………?」


 見習い卒業をさせてもらえない?もしかして、魔法使いって………そこまで考え、私はユアさんと彼女の下で魔法を学んでいた弟子さん達を思い出す。すると、ルナが私に声を掛けてくる。


「あなたの思っている通りよ。一般的に見習い魔法使いは上の階級にいる魔法使いに弟子入りして、見習い卒業の証を貰ってから魔法使い連盟に初級階級の登録する事で初めて「魔法使い」として認められるの」

「………じゃあ、私ってまだ魔法使いじゃないの?」

「正式にはそうね。冒険者としての活動では、あんまり関係はないけれど………強いていうなら、魔法使い指定された依頼は受けづらいかもしれないわ」

「そっかぁ………」


 そうは言っても、私は正式な魔法使いじゃないどころか魔法使いですらないんだけど。魔法使い限定の依頼も私が受けたらちょっと困ることがあるかもしれないし………でも、ずっと見習いって言ってると、いつかそうじゃなくなるみたいになっちゃうよね………


「もしかして………アリスちゃん、魔法使いに弟子入りしてないの?」

「え?あー………そう、ですね」

「なんで!?アリスちゃんくらいの魔法使いなら、少なくともキャスターくらいなら簡単になれるって!」

「アイシャ。人の事情に無遠慮に踏み込むのは悪い癖よ」

「あ………ごめんね?」

「い、いえ………」


 ここで諦めてくれたことに私はホッとする。上手く誤魔化せる自信はなかったし。色々と話している間に、並んでいる列はかなり進んでいてもうすぐ私達の番だった。とにかく、宿に帰ったら一度着替えて………そこで私は着替えなんて持ってないことに気付き、自分の服に視線を下げる。


「それくらい、あなたの力で乾かしちゃえばいいのよ。もう私が教えなくても出来るでしょう?」

「………分かった」


 服を乾かすくらいなら、そんなに危険なことは無いよね………?と少し不安になりながら、杖を取り出して左手の袖に当て、私の服が乾くように願う。すると、あれだけびしょびしょで重くなっていた服が一瞬で軽くなり、肌に張り付く不快感も消え去った。

 それを見ていた三人は再び驚いたような顔を浮かべる。イリーナさんが呟く。


「うわぁ………そんな魔法もあるんだ。羨ましいなぁ………」

「あ、良ければ皆さんのも乾かしますか………?」

「ほんと!?じゃあお願い!」


 私は頷いて、さっきと同じように心の中で願う。それと同時に三人の服が一瞬で乾燥し、三人は自分たちの服を見下ろす。


「おー………アリスちゃん、ありがと!」

「うちにも魔法使いがいたらなぁ………」

「その歳で無言術を習得してるなんて、将来有望ね」

「あはは………ありがとうございます………ルナ、無言術って何?」


 こっそりと三人に聞こえないようにルナに無言術について尋ねる。ユアさんの所の弟子さんもそんな事を言っていたような………?


「詠唱って分かるかしら?」

「………?」

「そうね………今風に言うなら、呪文と言うのかしら?」


 ルナの説明で、何となく頭にイメージが浮かんだ。魔法使いが魔法を使う時に言葉を発したりするけれど、それなのかな?


「そうよ。この世界では詠唱と言って………まぁ、それを呼び出すための魔力を込めた言葉が必要なの。魔法として高等な物になればなるほど、詠唱もより長く、魔力の操作も複雑になっていくわ」

「じゃ、じゃあ私がやってたのって………」

「そうねぇ………さっきの戦いなら、実質的な最高位とされるグランドに指定される大魔法を無詠唱で使っていたことになると思うわ」

「………まずいよね?」


 グランドがどれくらいすごいのかは分からないけれど、取り敢えず目立ってしまいそう。それだけは何となく理解できた。そうなると、師匠がいない。無言術。大魔法とか悪目立ちする要素しかない事に気が付いた。もう少し規模を小さく………一般程度の魔法を知った方が良いのかな?なんて思っていると、ルナが呆れたように返事をする。


「何を言ってるのかしら。この世界がどんな場所か、忘れたとは言わせないわよ?毎日当たり前のようにモンスターに人が命を奪われているの。ただでさえ非力なあなたが凡庸な魔法使いの真似事なんてしていたら、それこそ明日にでも死んでしまうでしょうね」

「う………」

「今のあなたは必要以上の加減なんて考える段階にすら至ってないんだから、今まで通りで良いの。分かった?」

「………わかった」


 やっぱり、こういう時は親に諭されている気分になってしまうなぁ。実際、私はこの世界の事を何も知らないし、何でも知っているルナは今の私にとっては保護者同然だ。素直に言うことを聞いておくのが自分の為なんだと思う。

 ようやく私達の番が来て、門の検問を受けた後で中に入る。そのままギルドに戻って私達は依頼達成を受付嬢さんに報告していた。私が知っているミリナさんとは違う人だ。


「アイシャさんお帰りなさい。急な大雨が降ってましたけど、大丈夫でしたか?」

「そうなんだよねー………一応、怪我はないかな。ちょっと危なかったところはあったけどねー」


 アイシャさん達とこの受付嬢さんは親しいのか、軽い感じで言葉を交わす。しかし、アイシャさんの言葉にイリーナさんがとんでもないと言うように口を開く。


「ちょっと、では済まないでしょう。この子が居なかったら、あなた死んでたかもしれないのよ?」

「あはは、雨のせいで気配がさー………なんて言い訳は意味ないよね………」

「まぁまぁ。結果無事だったんだからそんなに怒らない怒らない」


 誤魔化すように頭を掻いたアイシャさんと、イリーナさんを窘めるナタリーさん。けれど、この冒険者という仕事がどれほど危険で油断が許されない仕事であるのかを目の前で見てこれ以上ない程に実感できた。

 アイシャさん達にとっては格下だったはずのコボルトが相手でも、時と場合によっては命を失うことになるかもしれない。そして、そんな偶然はきっと世界中で見たらきっと珍しい事ではないのだと思う。


「あら、今回の新人さんは期待大ですか?」

「うん、凄く頼りになったねー。いっそのこと仮とかじゃなくて、私達と一緒に組まない?」

「え、いえ………あはは………お誘いは凄く嬉しいんですけど………」


 正直、ここで頷くことも考えた。仲間が居た方が安心は出来るし、今回の依頼と違って私が危ない時は助けてもらえるかもしれない。でも、そうしなかったのはやっぱり私がまだあの力をちゃんと使いこなせていない事もあるし、仲間になると決断するにはまだ私はこの世界の事を知らなさ過ぎるから。


「そっかぁ………残念」

「まぁ、新人なんだし一人でやってみる期間も大事よ。それで気が変わったらいつでも来なさい。歓迎するから」

「あ、ありがとうございます!」


 本当にいい人たちだなぁ………と思っていながら、依頼達成の手続きが行われていくのを眺める。冒険者カードには直近で倒したモンスターの記録が残されるらしく、それを読み取るマジックアイテムを使って確認しているらしい。私たち4人がそれぞれ冒険者カードを渡していき………私のカードを見て、受付嬢さんは驚いた顔をする。


「アリスさんが一番討伐数が多くなっていますが………」

「そりゃあ、この子が一番コボルトを倒してたからね」

「そ、そうでしたか………」


 受付嬢さんが一瞬だけ私を見たけれど、特にその後は何もなくカードを返されてアイシャさんが報酬を受け取る。そして、そのうちの半分を取って私に差し出した。


「これアリスちゃんの分ね。ランクの高い依頼じゃないから多くは無いけど………」

「そ、そんな半分もなんて………」

「あはは、今回は私が君に助けられちゃったしね。私からのお礼ってことで受け取ってくれないかな?」

「で、でも………」


 依頼に同行してもらった上に、報酬まで多めに貰うなんて流石に申し訳が無いと思って私が渋っていると、ルナが口を挟んだ。


「受け取っておきなさい。アイシャ達だって、お金に困っているのならあなたに構ってる暇なんて無かったはずよ」

「………わ、わかりました………えっと………ありがとうございます」

「お礼を言うのはこっちだよ!君にはこれからも期待してるね!それじゃあ、私達の仕事をしなきゃだから、今日はここで。アリスちゃん、またね」

「またね。頑張りなさい」

「アリスちゃん、また機会があったら一緒に依頼に行こうねー」

「は、はい!今日はありがとうございました!」


 手を振って去っていく三人を見送り、私はどうしようかとルナと顔を見合わせる。ルナは何も言わないし、今日は色々と疲れたから帰って休もうかな。考えたいこともあるし。

 私は受付嬢さんに軽く頭を下げてギルドを出る。宿に帰る道中で、ルナが話しかけて来た。


「今日の戦いで、あなたは何を思ったかしら」

「怖い………のもちょっと。けど、やっぱり………」

「あんな事をしたことに、まだ罪悪感があるかしら?」

「………うん」


 勿論、コボルトを殺したという意味ではその方法は大して重要じゃないことは理解していた。でも、それ以上に衝動的に能力を使って起こってしまったことは間違いなくて。


「そうねぇ………確かに、もう少し冷静に慣れたら良かったのは否めないわ。でもね、必要以上に罪の意識を抱える必要はないのよ。モンスターは決して人とは相容れない存在なの。誰かを守るために、何かを退けなければいけない。それだけの話なんだから」

「………うん」


 頭では理解しているんだけどなぁ………どうしても、あの力を使うたびにあの光景を思い出して怖くなってしまう。あの炎は、私の脳裏に深く焼き付いていた。

 勿論、二度とあんな事を起こさないでいいように正しい力の使い方を学ぶと決めたけれど。その成長の機会を得るためには、やっぱり。


「ルナ。やっぱり、私は旅をしようと思う」

「あら、随分と速い心変わりね。私としては嬉しいけれど」

「………色々考えたけど、私が変わるには色んな経験をして、もっとこの世界を知るべきだと思うから」

「そう自分で思えたのなら、きっとその旅を通じて貴女は変われるはずよ。でも、まずはこの街で必要な準備と土台を整えましょう。少なくとも、ランクは少しあげておきたいわね」

「うん、わかった」


 ルナの言葉に私は頷く。今の新入り同然の状態じゃ、旅先で依頼も受けれないし。戦う勇気は………持ったとは言えないけれど、一歩は踏み出せた。だから、ルナの力を正しく使えればきっと大丈夫。そう自分に言い聞かせて、私は帰路を進むのだった。



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口下手でぼっちだった私が異世界でネコと和解して賢者と呼ばれるようになる話 白亜皐月 @Hakua_Stuki

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