第10話
私はアイシャさん達と依頼を受けた後、街の外に出ていた。今回受けた依頼はコボルトというモンスターの討伐だった。私が初めて見たモンスターであるリザードマンと同じ、人に近い形をした二足歩行で多少の武器を扱う程度の知性を有するモンスターが属する亜人系モンスターに属するらしい。といっても、コボルトはゴブリンとほぼ同等の軟弱なモンスターだから、脅威度でいったらリザードマンには遠く及ばないとルナが言っていた。
「アリスちゃんは魔法使いだし、戦闘経験とかはないだろうから私達の後ろに居てね?」
「わ、分かりました………えっと、アイシャさん達は前線で戦うんですか?」
「私とイリーナはね。ナタリーはアーチャーだから、私達よりは後ろかな。だから、アリスちゃんはナタリーと一緒か、それよりも後ろでもいいかも」
ナタリーさんより後ろだと、流石に戦いに参加してないと言えると思うんだけど、多分この人たちはそれでもいいと思っているんだろう。コボルトの群れなんて、Dランク冒険者のパーティーにとっては取るに足らないくらいの相手らしいし、私が参加してもしなくても変わらないんだと思う。
けど、それじゃ今回同行させてもらった意味が無いから。ルナの力を使いこなすためにも、戦う勇気を持つためにも、私はナタリーさんの隣で戦おうと決めた。
「………そういえば、あなたは願いを叶える力を私の力だと言うけれど、私は貴女の願いを叶える以外の力はないわ。だから、これは自分の力だと素直に認めて良いわよ」
「え、でも………」
「いい?結局、この力を使うかどうかは貴女が決めるの。それは貴女の力と言っても変わりないじゃない。意識から少しずつでも変えて行かないと、いざという時に困ってしまうわ」
「………分かった」
ちなみに、ルナと私が話せることは三人には既に伝えている。正直、戦いになった時にルナのアドバイスは貰えた方が助かるし、だったらアイシャさん達には先に知っていてもらった方が助かるから。
そんな事を思いながら街道を歩いていた時、アイシャさんが曇った空を見上げる。
「それにしても、今日はちょっと天気が悪いねー。雨が降らなきゃいいんだけど」
「そうね。私も雨の中で戦いたくはないし、早めに終わらせましょう」
「雨が降っちゃうと、矢の軌道が変わっちゃうんだよねぇ………当たっちゃったらごめんねー?」
「仕方ないよー。ってなると思う?」
なんて、緊張する私とは全く違って冗談を交わし合う三人………本当に冗談だよね?と不安になりながらもコボルトが出る森に着く。なんでも、最近街道までコボルトが出てきて商人を襲う事が増えてきているらしい。大規模な群れという訳じゃないみたいだけど、最近リザードマンの集落が出来ていたばかりだし、早いうちに潰してしまいたい。というのが依頼だった。
「森に入るよ。アリスちゃん、準備は良い?」
「だ、大丈夫です!」
アイシャさんの確認に、私は出来るだけはっきりと答える。その分緊張していることも声からはっきりと伝わってしまったけれど、アイシャさんは笑顔を浮かべて頷いた。私達はそのまま街道から外れて森に入る。凸凹道は嫌だし、雨の気配を察知したのか鳥や虫の姿は少ない。
それに今日が曇りだったのもあって、森の中はとても暗く不気味に感じた。ちょっとお化けでも出てきそうな雰囲気で、危険なモンスターとは別の意味で早くも森に入ったのを少しだけ後悔してくるくらいには。ルナは顔を引きつらせる私を見て、からかうように声を掛けて来た。
「怖いのは苦手かしら?」
「………知ってるくせに」
「ふふ。そうね」
明らかに面白がってる声色にちょっとだけ不満に思いつつ森を進む。しかし、中々コボルトとは遭遇せず、多分森に入って30分程したことだと思う。水滴が私の頭を打つ。私が空を見上げると同時に、水滴が落ちる量が増してザーザーと音を立て始めた。
「うっわぁ………最悪………」
「………はぁ」
「あーあ………降っちゃった。この辺じゃ雨なんて珍しいのにねー」
本当に憂鬱そうな声でアイシャさん達は呟く。今も十分足場は悪いのに、雨なんて降ったら足を滑らせてしまう可能性だってあるし、戦いの邪魔になるのは間違いない。っていうか、それ以上に雨に濡れるのは嫌だ。
ルナはどうなんだろう。猫だし、濡れるのは嫌がると思うんだけど。と思って肩にいる彼女を見てみたけれど、特に気にした様子も………それどころか、濡れてる様子すらない。
「………」
「あら、なぁに?」
「………ううん。なんでもないよ」
彼女が普通の猫じゃない事は分かっていたし、深く考えても無駄なんだろう。そんな風に一人で納得していると、更に雨は激しさを増していき、あっちじゃ大雨と呼ばれる程度のものになっていた。
けれど、三人は引き返すことは無くこのまま依頼を続ける事に決めたらしい。無言で頷き合うと、再び森の中を進み始める。
「雨ってやだよねー。濡れるし地面は滑るし。私の場合は矢が落ちちゃうし」
「私達は剣が錆びるかもしれないわね」
「はー、雨ってどうしてこうも悪い事ばっかりなんだろ………」
「そうでもないでしょう。この辺だと雨は珍しいし、自然にとっては大事な水分確保よ」
「私達にとっては邪魔じゃん?」
「………まぁ」
なんて話しながら森を歩いていた時だ。不意に先頭にいたアイシャさんが立ち止まる。すると、先ほどまで雨の話をしていた二人も立ち止まって周囲を見渡す。私はそれを見て今の状況を察する。
「やっとお出ましね」
「………」
「ほら、深呼吸して。緊張したままだと大事なところでミスをしちゃうわ」
私が返事も出来ずにいると、ルナは優しく語り掛けてくる。私は彼女の言うとおりに深呼吸をして、みんなと同じように辺りを見渡す。コボルトは素早いモンスターだって聞いたから、僅かな足音を聞き逃しちゃいけないとアイシャさんが言っていたけれど………
「ちっ………雨音で足音が聞こえづらいわね………!」
「静かに」
イリーナさんの悪態に、今までおっとりとしていたナタリーさんが豹変したかのように落ち着いた声で窘める。そして、ナタリーさんは私をチラリと見て手招きをしたのを見て、私は急いでナタリーさんの近くに向かった。
「いい?私から離れたらだめだよ?もしアリスちゃんに何かあっても、絶対に守るからね」
「わ、分かりました」
「ん、良い子。それじゃあ、油断はしないでね」
そう言ってナタリーさんは弓を構えて周囲を鋭く見渡す。始まるんだ。
「………っ!」
茂みから何かが飛び出し、アイシャさんが剣を振るうのは同時だった。肉を切り裂く音と共に鮮血が舞い、小さな体躯のそれは地面を転げる。人のような身体と犬の頭と転げ落ちる剣。間違いなく、話で聞いていたコボルトだ。
「いくよ!」
「えぇ!」
一体のコボルトが飛び出したのを皮切りに、次々とコボルトが襲い掛かって来る。ナタリーさんはすぐにアイシャさんとイリーナさんの援護をするのではなく、自分の付近にいるコボルトから射貫いていった。
「ごめんね。あんまり頼るつもりはなかったんだけど、援護頼める?」
「は、はい!」
ナタリーさんの言葉に頷き、私は杖を作って一度目を閉じる。思い浮かべるんだ。私は魔法使い。アニメやゲームに詳しい訳じゃないけど、全くそう言う物に触れてこなかった訳じゃない。魔法使いを題材にした映画やアニメだと、どんな攻撃をしてたっけ。
少ない記憶を想起して、私は瞳を開く。
「お願い………!」
私が呟くと、杖の先から青い光の球が放たれる。それは飛び出して来るコボルトに直撃し………その肉体が消滅した。想像していた以上の威力に私は絶句してしまうけれど、思えば私はその攻撃がどのような力を持ち、どのように作用するかを全く考えていなかった。
コボルトの消滅を見ていたアイシャさんは一瞬だけ動きを止めたけど、すぐに次のコボルトを切り伏せる。私に問いかけたのはナタリーさんだった。
「………え、マジ?実はアリスちゃん、ウィッチとかの階級だったりする?」
「え、えと………見習い………ですけど」
階級が何かも正直分かんないけど。少なくとも、偉い人じゃないから冒険者としての身分を言っておく。
っていうか、そんなことを話している場合じゃない。確かに威力は想定外だったけれど、倒せるのならそれでもいい。正直、血を見なくていい分そっちの方が助かるから。とにかく絶対にアイシャさんとイリーナさんに当たらないように………!
私は更に願いの条件を想起しながら杖を向ける。細かいことを考えず、ただ願いをより詳しく、鮮明していく。向けられた杖から連続で青い光が放たれ、それらはアイシャさんとイリーナさんを回避するような動きを見せながらコボルトに直撃して消滅させていく。
「………嘘でしょ?」
「………あの子、本当に見習いかしら?」
二人がどんな動きをしても、絶対に当たらない。いや、何があってもコボルトだけに命中するように。常に明確な願いを頭をに浮かべ続けないといけないから、出来るだけ考えることは効率的に纏める。絶対に必要なイメージと条件だけに絞って。
そうこうしているうちに襲い掛かって来るコボルトの数は徐々に減っていく。そしてついに三人が対処しようとする前に、私が放つ光でコボルトを全て消滅させることが出来る程度には勢いが落ちた時、ぱたりと襲撃が止む。
「………終わっ、た?」
「みたいだね………アリスちゃんすごいねー。私達が引っ張るつもりだったのに、寧ろ君の独壇場になっちゃったよー」
「え!?い、いえ、そんなことは………」
正直、一人だと戦う勇気を持てたかも分からない。さっきは私に敵意を向けて襲ってくるコボルトがいなかったから冷静に慣れただけで、一人の時に私へ飛び掛かられていたらパニックを起こしてもおかしくない。
だから、私はナタリーさんの言葉を否定しようとして………こちらに向かってくるアイシャさんのすぐそばから飛び出した影に、私とナタリーさんは目を見開いた。
「アイシャ!」
「え?」
アイシャさんが振り向く。そこにはすぐにでも手に持った斧を振り下ろそうとするコボルトの姿があった。振り下ろすのに1秒も必要ないのに、私はその瞬間が酷く遅く感じた。降り注ぐ雨粒一つが見える程に。私はその間に杖を構えたけれど、あの光がコボルトに届くより先に、斧は振り下ろされてしまうだろう。
私のためにと言ってここまで一緒に来てくれた優しい人が、目の前で命を奪われようとしている。そんなの………そんなの。
「駄目」
刹那。周囲の降り注ぐ雨がコボルトを包み込むように圧縮された水の塊を作り出して………弾ける。
「きゃ!?」
「っ!?」
この降水量だ。たかが雨とは言え、降り注ぐ全てを集めれば相当な量になるし、それを圧縮してコボルトを包み込める程度の小さな玉にすれば内部の圧力は深海とも遜色ない。それが弾けた衝撃で二人は吹き飛ぶけれど、すぐに体勢を立て直すことで怪我には繋がらなかった。
勿論、そんな水の塊に押しつぶされたコボルトは例外として。どうなってしまったかは伏せておくけれど。そんな光景を見て、アイシャさんがゆっくりとこちらを見た。
「………アリス、ちゃん?」
「っ………あ、わ、私………えと………アイシャさん、怪我はないですか………?」
「え?あ、うん………あはは、ごめんね?ちょっと油断しちゃった」
特に支障はなさそうにに立ち上がるアイシャさんとイリーナさんを見てホッとため息を付く。けど、同時に自分のしてしまったことに深い後悔が募って来る。もちろん、だからって目の前で人が殺されるのを黙って見てるわけにもいかなくて。けれど、その衝動に駆られて力を使ってしまった自覚もあって。
私がやったことの罪悪感と、仕方ないと責任から逃れようとする心がせめぎ合って少しだけナーバスになっている私の頬に、ルナがそっと触れた。
「アリス。自分に自信を持ちなさい。あの時の助けたいという気持ちは嘘偽りない貴女の本心なの。まだ突然持ってしまった強い力に戸惑う事もあると思うけれど、貴女のやったことは正しいって私が保証するわ」
「………ほんとに?」
「えぇ。とにかく、反省は後にして今は帰る準備をしなさい。丁度雨も止んだみたいだしね」
ルナの言う通り、あれだけ降っていた雨は止んで、少しずつ雲が晴れ始めていた。今日やったことで、私の力は自分の意思で簡単に何かの命を奪う事が出来るのがはっきりと分かった。
今度はもっと慎重にやらないといけない。たった一度の過ちだって、私はきっと許せないから。必要な事に、必要な力を使えるように。私はそう自分に言い聞かせながら、四人で森を出たのだった。
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