第9話

 翌日。私は朝食を食べた後に昨日と同じくギルドに向かっていた。昨日ミリナさんから聞いた話だと、初めてのランクアップ試験は大体1週間以内で承認されるらしい。ルナが言うに、この期間はギルドに依頼される雑務を処理させる目的らしいから、そんなに頑張って依頼を受けたりする必要はないみたい。ほっといても勝手に試験を受けれるようになるって言ってたし。

 けれど、だからってサボるのは何となく嫌で。というか、まだルナの力を使いこなせる自信もないし。そう思ってギルドに足を運んだんだけど、扉を開くや否や、カウンターの前にいた冒険者の人たちが驚いたような顔をした。もしかして、また宿を案内される………?なんて思っていたら。


「嬢ちゃん、昨日登録した子だろ?なんでまたここに」

「え?えっと………い、依頼を受けようかなって」

「………そりゃ熱心な事だ」


 なんて、感心したように呟かれてしまった。そんなに見習い期間は依頼を受けない人が多いのかと不思議になるけれど、冒険者の本分はモンスターの討伐だって聞くし、やっぱりお手伝いくらいの下積み仕事をしたがる人は少ないのかもしれない。私は取り敢えず、何かしておかないと駄目かな。って思ったんだけど。

 取り敢えず、カウンターの前に立って、低ランクの依頼が貼られている場所を見る。勿論、私は読めないからルナに読んでもらうしかないんだけど。


「んー………駄目ね。殆ど何かを取ってきてほしいとか、お店を手伝ってほしいとかお使いみたいなのばっかりよ」


 でも、依頼があるってことは居たら助かるってことだよね?だったら、別にそう言うのでも受けたっていいと思うんだけど………そんな風に思っていると、ルナは困ったように小さく息を付く。


「いい?こんな風にどうでもいいような仕事がギルドに流れてくるのは、見習い冒険者なら安価な報酬で雇えるからよ。居てもいなくても困らないけど居たら楽が出来る。それくらいの仕事しかないと思った方が良いわ」

「………んー」


 そう言われると迷ってきた。というか、誰も見習いの依頼を受けようとしない理由が分かったかもしれない。本当に困っている状況なら、少しは依頼金が高かったり、逆に極端に少なかったりするらしいけれど、そういう訳でもないみたいだし。

 そうこうしているうちに、周りにいた冒険者達は殆ど依頼を選んでカウンターに向かっていた。周りに人が少なくなったから、私は声を出してルナと話す。ルナは心を読んでくれるけれど、やっぱりちゃんと会話をしているって感じがするから、私はこっちの方が好きだ。


「………じゃあ、特にお仕事が無いって事?」

「そうねぇ………まぁ、受けるに値する仕事はないわね。一応、カウンターの方でこっちに張り出されてない依頼が無いか聞いてみましょうか」

「うん、わかった」


 ルナの言うとおりにカウンターの方に向かう。ミリナさんが居たから、私はそっちのカウンターに並ぼうと思っていた。やっぱり、一度でも言葉を交わしたことのある人の方が色々と相談しやすかったから。

 どのカウンターも列になっていたから、そこに並ぼうと思った時だ。ギルドの中にある酒場から、赤髪を後ろに束ねた女性が手招きしているのが視界の端に映った。その女性の席には、仲間だと思われる2人の女性が座って朝食を食べていた。

 見間違い………ではないから、私かどうか判断するしかない。周りを見回して誰か彼女の方を見ている人はいないかと思ったけれど、特に誰も彼女を気にしていないようで。というか、明らかに私と目が合った気がする。


「………あれ、私かな?」

「………完全に目が合ってたじゃない。ほら、待たせると悪いでしょう」

「う、うん………」


 ルナが呆れたように言うから、私は少し急ぎ気味で列から抜けて酒場の方に向かう。酒場と言っても流石に朝からお酒を飲んでいる人はあんまりいないみたいで、そんなにお酒の匂いとかはしなかったけれど。殆どが朝食を食べる冒険者だった。

 私が手招きしていた赤髪の女性の所に行くと、女性は申し訳なさそうな顔をして私に声を掛けて来た。


「急に呼んじゃってごめんねー。びっくりしちゃった?」

「え、あ、いえ、その………大丈夫です」

「はは、思ってた以上に人見知りだね………んっと、君は昨日登録した魔法使いちゃんだよね?」

「は、はい。アリスって言います」

「じゃあアリスちゃんはお仕事を探しに来た………ってことでいいよね?」

「………はい」


 なんか、お金に困ってると思われてる?今の話の流れだと、怪しいお仕事とかちょっとあれなお仕事を紹介されそうな流れなんだけど。ルナも同じような事を思ったのか、女性の一挙手一投足を見逃さないと言わんばかりに見つめているし、私もちょっと怖くなって無意識に身を引いてしまっていた。

 すると、女性の向かい側に座っていた青髪のショートヘアをした女性が凛とした声で赤髪の女性に声を掛ける。


「アイシャ。あなた、いつもの事だけど会話の順序が怖いわよ。自己紹介もしてないじゃない」

「あ!そうだった………」

「ごめんなさいね。怪しい仕事の紹介じゃないから、もうちょっとだけ話を聞いてくれないかしら?彼女、いつもこうなの」

「え、えっと、分かりました………」


 取り敢えず、怪しいお仕事という訳ではないみたい。周りにいた冒険者さん達も苦笑を浮かべてこちらを見ていたから、割といつもの事なのかも。そんな風に思っていると、アイシャと呼ばれた赤髪の女性は恥ずかしそうに頭を掻く。


「ご、ごめんねー………えっとね。まず、私達はDランク冒険者でパーティーを組んでるんだ。私はアイシャ。青髪の子はイリーナで、こっちはナタリー」

「よろしく」

「よろしくー」

「よ、よろしくお願いします」


 先ほどアイシャさんを止めたクールな雰囲気を纏ったイリーナさんと、アイシャさんの隣に座っていたのはナタリーと呼ばれた緑髪のおっとりとした雰囲気を纏った女性だった。Dクラスという事は、ある程度経験を積んで一人前と認められるくらいのランクだ。


「えっとね?私達、やる気のある新人の子を………なんていうんだろう?お仕事に慣れさせる?みたいな感じで、ちょっとだけ依頼に同行させたりとかで、経験を積ませたいなーって思っててね?君みたいに、新人なのに積極的に活動しようとする子と一緒に依頼を受けたりするんだけど」

「そ、そうだったんですね………えっと、なら、私が?」

「うん。一応、一時的にパーティーを組むから依頼の上限は私達と同じになるけど、流石にそんな危ない依頼に連れて行こうとは思ってないから安心してほしいんだけどね?」

「な、なるほど………」


 冒険者の仕事に慣れさせる。というのはやっぱり、モンスターと戦うってことなのかな。ちょっと不安になっていると、それを感じ取ったのかアイシャさんが慌てたように言葉を続ける。


「いや!ほんとに出来るだけ安全………というか、危険度の低い依頼は選ぶから!それに、新人で魔法使いのアリスちゃんを前線に出したりはしないよ!でも、戦うって感覚を先に知っておくのは大事かなぁって思ってさ?いざ戦場に出た時、緊張とか恐怖で何も出来ないって人が沢山いたのを知ってるから………」


 後半の言葉は、少しだけ雰囲気が暗くなったのを感じた。それに、命の駆け引きの場所で何も出来なくなってしまう感覚は、こちらの世界に来て間もなく学んだ事だった。私が死ぬかもしれない、そして相手を殺してしまった。単純だけど、そのどちらも私にとってはとても重い意味に感じたこと。

 あの時はルナがいたし、そのあとはライルさん達が来てくれたから良かったけれど。もしあの時と同じことが、たった一人の冒険者が対面してしまったら。そこまで想像したら、後を察するのは難しくなかった。


「そう………ですよね」

「うん。だから、折角冒険者として頑張ろうと思ってる子には出来るだけ生きててほしいんだ。人数が居れば、もし何かミスしちゃってもカバー出来るし………どうかな?」


 私はそう聞かれ、答えに困ってちらりとルナを見る。すると、ルナは呆れたように私を見ていた。そして三人には見えないように私の後頭部を軽く叩くと………


「何でも私に判断を委ねないの。昨日も言ったでしょう?何を想い、何を目指すのかって。これはあなたの選択だから、自分で決めなさい」

「………えっと。じゃあ………その、同行させていただけますか?」

「ほんとに!?よかったぁ………」

「じゃあ決まりね。依頼を見に行きましょうか」

「おっけー。今日はこんなかわいい子と一緒なんて、私嬉しくなっちゃうなー」

「あはは………」


 なんだか、傍から見るとバラバラな三人だけど、とても仲が良いのは何となく感じる。席から立ってカウンターの方へ向かう三人を見ていると、こんな風に一緒に戦ったり、笑ったり、話したりする仲間がいると楽しそうだなぁ………なんて思っていると。


「あら、あなたには私がいるじゃない。それじゃ不満?」

「ううん、全然不満じゃないよ。でも、お友達は多いと楽しそうだなぁって」


 ちょっと羨ましいけれど、勿論ルナに不満があるとかそんなんじゃない。だって、前にも言ったように唯一の家族なんだから。でも、やっぱり語り合ったりとか、同じ志を目指したりだとか。そういうのはちょっとだけ憧れてしまうと言うだけで。


「………同じ志、かぁ」


 そういえば、今の私にはそう言うのが無いなぁって。何かになりたいとか、何かをしたいとか。強いて言えば、自分を変えたいってことだけど。そのために何かをするとか、そんなことは全然考えてなくて。

 どうやって変わりたいとか、どんな私になりたいとかも分からない。人が変わるには、沢山の時間と経験が必要だって聞いた事がある。多分、この街で出来る事は沢山あるけれど、それだって限界があるはず。だったら私は………


「アリス、呼ばれているわよ」

「え!?あ、はい!すぐ行きます!」


 ルナにまた後頭部を軽く叩かれ、アイシャさん達に出入り口から呼ばれている事に気付いてすぐにそっちに走る。不安だってあるし、またあんな風になっちゃたらと思わない訳じゃない。けれど、やっぱりいつか必要になる事だから。昨日のルナの事をもう一度頭に甦らせながら、私達はギルドの外へと向かった。

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